32.正体 -TrueName-
ジャックの胸で泣き続けるシオンを彼は何も言わず、その小さな体をしっかりと片腕で抱き寄せて支えている。
そんな二人の姿にロザリアはどういった声をかけていいのかわからず、またこの場所で初めてできた友達に対して何もできないことに無力感を感じていた。
ロザリアの力は誰かに与える者であって自身に戦う力は何もない。ゆえに傷つくのは自分以外の誰かだ。
ロザリアが目覚めたとき、周りの人間からは無意識に避けられ、その視線は見世物小屋を見るような好奇の視線ばかりで話しかけてくる者は少なかった。
ロザリアには自分の使命の記憶しかない。何をすればいいかはわかるがそれ以外の事、そして目覚めたこの世界のことについては何もわからなかった。
周りには知らないウィズピースの人たちが彼女に対して丁寧な対応をしていたが、ご機嫌を取るような気味の悪い笑み、どこか冷たい視線が彼女にとって恐怖と孤独を植え付けていった。
そんな中、初めて正面から話してくれたのがエトワールだった。彼女もロザリアの正体とその使命を知っていた。
話しかけてきたのもそれが任務からだったのかもしれない。それでも彼女はほかの者とは違い、ただ真っ直ぐにロザリア自身を見つめ、人として話してくれた。
そして今回はエトワールがロザリアの力を使い戦うことを知った、それは彼女が傷つくことになる。
自分を見てくれた人を傷つけてしまうことにロザリアは、エトワールの優しさに罪悪感を覚え、距離を縮めることができなかった。
エトワールも何となく察していたのか、自分に対して踏み込んだことを聞くようなことはせずに一定の距離を取っていた。
そんな中、何も知らないからこそ自分に対等に接し、エトワールとの壁を取り払ってくれたシオンは、彼女にとって友人以上に大切な存在になっていた。
しかし、ジャックが現れたと同時に溜まっていたものを吐き出すように素直になったシオンを見て、彼に少しばかり嫉妬を覚え、そんなことを考えてしまった自分に罪悪感を覚えた。
「リアちゃん、大丈夫ですか?」
シオンとジャックの二人をじっと見つめていたロザリアにアステルが心配して話しかけてくる。
ロザリアは一瞬で我に返ると少しばかり元気のない返事をする。
「うん……、大丈夫」
「シオンちゃんも心配ですね」
「……うん」
ロザリアの淡白な返事にアステルは言葉をどう続けるか悩む。
その間に入るようにシールウッドがアステルに近寄り話しかける。
「あんた、ピースメイカーなんだろ。黒の王について詳しく教えてもらえないか?
威圧感はあったが、見た目は砂狼が異常に巨大化しただけの個体に見えた」
「簡単に言うと、黒の王はその……砂狼に憑りついた精霊の別称です。私もこの街に来る前に初めて知りました」
シオンの事もあり聞き返しはしなかったが、ジャックはアステルの話におかしな部分があった。
一般的に精霊が人と繋がることは契約といい、だから契約獣という言葉もある。しかし、先ほどの言葉の中でアステルは「憑りついた精霊」という言い回しを使った。
考えすぎなのかもしれないが、憑りついたという言葉からは精霊に意識を乗っ取られたと受け取れなくもない。
ジャックの疑問をよそに、シールウッドが続けて質問をする。
「じゃあ、その精霊は一体、奴はどんな力を持っている?
ジョーカーは何かに気付いて逃げろとまで言った正体はなんだ」
「それは……」
アステルが何かを言いかけたその時、予兆もなく強い風が吹き始め、全員がその風の方向を向く。
そこには少しくたびれた様子のステラと大剣の上に乗ったエトワールと意識を失っているライラックの姿があった。
「もう無理……、今日はもう魔法は使えない」
ステラはその言葉とともに崩れるようにその場に座り、二人を浮かせていた風魔法を解除した。
ゆっくりと地面に着地したエトワールは労わるようにステラに優しく声をかける。
「ありがとう、他人を風魔法で飛ばすのはかなり神経を使うはずだからあとは休んでて。
あと、リア、来てくれ。ライラックが大変なんだ!」
エトワールの二言目にしてジャックとシオンも反応して、ロザリアを含めた三人がエトワールのもとに駆け付けた。
気を失っているライラックを見て、シオンはさらに顔色を悪くして、ライラックに近寄ろうとするがエトワールに止められ、ジャックはエトワールに険しい表情で詰め寄る。
「何があった、ライラックは無事なのか?」
「説明は後で。リア、魔力に充てられたみたい。相殺してあげて」
ジャックとシオンの様子に当てられて、動きが止まっていたロザリアはエトワールの言葉に、すぐにライラックに近づいて彼の胸元に手を当てる。
シオンもロザリアの隣に座り、ライラックの事を呼びかける。
ライラックの苦しそうな表情が和らいでどこか血色も良くなったように見えた。
それを見て、エトワールはほっとしたように一息つく。
「これで一安心かな」
「だったら早く説明しろ。アステルから少し話は聞いたがあんたたちが来て途中だ」
ジャックの表情が珍しく表に出ており、怒りと焦りが読み取れる。
それを受けてエトワールは少しだけ驚きの表情を見せ、アステルを見ると彼女は少し申し訳なさそうにする。
「そうなんだ。まあここまでの事態になったんだから、言わないわけにはいかないよね」
そう言ってエトワールは立ち上がろうとするが、少し苦痛な表情を見せて片膝をつく。
その姿を見たアステルが焦った様子で彼女に駆け寄る。
「エト姉ちゃんももしかして魔力に?」
エトワールは首を横に振って答える。
「いや、私は自分の魔法の反動だよ。想定以上の出力で使ったからね」
「だとしたら、話は街に戻って、落ち着いてからのほうがいいか。ここが安全と決まったわけじゃねえしな」
シールウッドがジャックを抑えるように肩に手をかけ話の間に入ってくる。
アステルも同意するように頷いて言葉を続ける。
「私からもお願いします。スーちゃんも疲れていますし」
ジャックは表情では納得していないように見えるが二人の言葉に頷き、その場から渋々引き下がって船へと向かおうとする。
しかし、引き留めるようにエトワールがジャックに向けて言う。
「ごめんね、でも何も言わないままじゃ君は納得しないだろう。だから、奴の正体は教えておくよ」
エトワールの言葉にジャックは立ち止まり、エトワールを見る。
エトワールが一呼吸を置くと周囲の全員に聞こえるように伝える。
「『黒の王』、その名はクライーマギアス。だけど君たち知っている言い方をすると、おとぎ話に登場する魔王だよ」




