28.相殺 -Antagonize-
エトワールの大剣はジョーカーのとは違い、何かが回転するような静かな駆動音を立てながら、再び白雷を纏う。
黒の王と呼ばれた、漆黒の狼は先ほどとは動きが大きく変わり、その毛を逆立てて、エトワールから目を離さずに動きを止めていた。
風と機械音のみが二人の間に鳴り響く。二人のプレッシャーにあてられたのか、徐々に風が弱くなる。完全に風が止まると同時に両者が動き出す。
エトワールは大剣を軽々と取り回して、大振りであるが素早い二連撃を放つ。黒の王はその攻撃に対して一撃目は躱し、二撃目も爪で受け流した。
しかし、エトワールが大剣を振るった軌跡には白雷が残り、大剣の表面には魔法陣が存在していた。
「Elect Shadow」
彼女が呟くと空中に残っていた白雷が、黒の王に向かって飛ぶ斬撃のように襲い掛かる。
黒の王は尻尾で砂を巻き上げ、雷の斬撃の威力を弱らせてから、爪で雷を踏み潰す。
そして流れるような動作によって、エトワールを丸呑みできそうな大きな口で噛みつきにかかるが、エトワールはその攻撃を見た瞬間、人とは思えない瞬発力で後方へ跳び、中指と人差し指を黒の王に向け銃の形を作る。
「Guns lance」
エトワールの周りから四つの魔法陣が現れ、そこから槍の形をした雷が飛び出す。
雷属性の性質通り、魔法陣の展開、そして発生からの発射速度は速く、四本の雷槍が弾丸のように襲い掛かる。
しかし、その高速の雷槍は、狼に近づくにつれ、表面が削り取られるかのように小さくなる。その威力は黒の王の爪で薙ぎ払われ、ほとんどダメージを与えていなかった。
エトワールがその姿をよく見ると体の模様が薄暗い藍色で発光し、全身から目に見える黒い煙のようなものを纏っていた。
「なるほど、まだ本気じゃなかったってことね」
エトワールは大剣を強く握り直し、再び黒の王へと攻撃を仕掛ける。
エトワールは相手との体格差を活かそうとその周りを縫うように走る。そしてタイミングを見て大剣を振り、魔法を飛ばすが、黒の王は前足と後ろ脚、そして尻尾を使い分け、その大剣を捌く。
何度も大剣と爪がぶつかり合いながら火花を散らす。
今までどこか余裕があった黒の王の動きは今まで以上の機敏さ、そして荒々しさを感じ、相対するエトワールも見せたことのない魔法と剣を駆使し、ピースメイカーらしい戦いをしていた。
その戦いは拮抗しており、お互いが決め手のない状態が続いた。
エトワールは一度大きく距離を取り、自分の体の調子を確かめるかのように手を開いて閉じるのを繰り返しつつ、その場で何度か垂直に跳ぶ。
エトワールの呼吸は少しだけ乱れ、額からは汗が流れているが、身体はまだ問題ないことはわかる。
だが、この状態で戦い続けても先に力尽きるのは自分だとエトワールは考えていた。
その要因は二つあり、一つは相手が契約獣クラスの身体能力を持った魔物であることだ。
彼女の予想では、人間が黒の王と契約していると想定していた。
今回初めて獣についたことで、人以上の身体能力に加え、人と同等の知恵を手に入れ、想像以上の強さになっていた。
同じ人間ならば相手の能力を相殺できることから、エトワールのLimit Overで優位に立つことができるはずだった。
そして、もう一つの問題がその彼女の能力の制限時間だ。
近くにいないロザリアの力で相手の能力は相殺できているが、やはり彼女が近くにいないことで相殺しかできていなかった。
最初はこちらが少しばかり優勢と考えていたが、黒煙を纏いだしてから、こちらが普段と同じレベルでしか能力が使えなくなっていた。
戦いが拮抗していると言っても、エトワールは雷魔法で肉体の限界を超えた状態を維持し続けていた。でなければあの狼のスピードとパワーを相手にすることは出来なかった。
彼女の雷魔法の身体強化――Limit Overはあくまでも日常的に無意識に制限されている人間の身体能力のリミッターを強制解放しており、使えば使うほど後の反動が大きくなるため、長時間の戦闘には不向きの能力であった。
ロザリアが近くにいれば使用時間も大きく伸ばすことができる。だが相殺されている状態ではこれが限界なのはエトワールが一番よくわかっていた。
このまま戦いが続けばこちらが不利なのは間違いない。
だが、黒の王も自分の相手をしたくはないとエトワールは考えていた。
それは歴史的に黒の王がロザリアの力に何度も負けているからこそ、今回は表立っての行動を避けていた可能性がある。
それに黒の王は積極的な攻撃を行っておらず、どこかエトワールの品定めをしているかのように観察しているように見えた。それは姿を見せないロザリアの存在を警戒しているのか、それともまだ万全の状態ではないのか。
どちらにせよ応戦はしているが、どこかその動きには慎重さが表れていた。
その様子から黒の王はロザリアが近くにいないことと、彼女の能力に限界時間があることは知らず、気付いてもいない。
エトワールはこの現状を変えるには、今出せる最高の一撃を放ち、深手を負わせ、撤退を促すしか方法はないと考えた。
その一撃を放てばエトワールも体が動かなくなる可能性があるが、その賭けをしなければいけない。
彼女は大剣を真っ直ぐに黒の王に向け構え、息を整える。そして、彼女の髪は全身に回している電気の影響か静電気の影響を受けたように不自然に広がり浮き上がる。
大剣に帯びる白雷もいままでより強く発光し、周囲の砂が震えるように揺れる。
それを見て黒の王も警戒を強め、身体を小さく、そして狙いを定めるかのように低く屈み、エトワールへと全神経を向けているようだった。
しかし、動き出したエトワールの速さはジャックと対峙したときとは比にならないほどだった。
動いたと見えたエトワールの姿を黒の王が大きく横に移動し躱したが、その体から血が噴き出し、目に映った姿は通り過ぎたただの残像だと認識する。
目に見える彼女の姿はすでに過去の映像であり、躱そうとしてもすでに二度、三度と斬撃が黒の王を襲う。
致命傷にはならないが残像となった姿を捉えた時には、すでに躱すことは不可能だった。
黒の王は自分の体を覆うように黒い煙で自身を包み込み、その姿を黒煙の中に隠す。そして周囲をどんどん黒煙で飲み込んでいく。
その直前、黒の王の眼には、まだ終わりではないと言わんばかりの底の見えない闇が宿っていた。
それに気付いたエトワールはその黒煙から距離を取り、大剣の柄を槍投げのように構える。
大剣を中心にして魔法陣が三重に現れて、エトワールは大きく叫ぶ。
「Lightning Ray‼」
エトワールから放たれた大剣の投擲は稲妻が落ちるかの如き轟音を鳴らし、黒煙を砂煙で上書きするほどの爆発を起こした。
帯電する電気の音と砂埃が舞う中、エトワールが最後の虚勢を張って、その場に立って様子を見ていた。
やがて砂埃が晴れると、そこに黒の王の姿はなく、焼け焦げた砂に突き刺さった大剣。そこにわずかに残る血の跡はライラックが逃げた方向とは逆方向へ向かっていた。
その方向に目を向けると黒い影が小さくなっていくことが見える。
エトワールはその姿が消えるまで立ち続けた。そしてその姿が見えなくなった瞬間、瞳から光輪が消え、帯電の名残か少しぼさぼさになった髪のまま、砂の上に大の字になって倒れ込んだ。
魔法名の命名規則は地方等で変わります
ウィズピースは基本的に英語の組み合わせです※例外もありますが




