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Ender Magia Chronicle  作者: 真夜
第一章 報復人 -BIRTH AVENGER-

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26.記憶 -Memories-

 オアシスで体を休めていたエトワールたちはそれぞれが思うがまま行動していた。

 ピースメイカーの三人は白い制服を脱ぎ、インナー姿でオアシスの水を汲み、砂で汚れた体を拭く。

 残りの二人は水辺に足を付けて、両足をバタ足するように動かすシオンに、ロザリアはそれを真似して足を動かしていた。

 特に面白いことをしているわけではないが、ロザリアはとても楽しげだった。

 その様子を見ると今の状況も相まって、シオンも楽しく感じられた。


「気持ちいいねぇ」

「うん、気持ちいい」


 言葉も反復するロザリアにシオンは妹ができたらこんな感じなのかと想像する。


「そういえばどうしてリアちゃんはここに?エトさんたちはピースメイカーだからわかるけど、リアちゃんは違うんだよね?」

「私にしかできないことがあるから。エトワールたちはそのために私を守ってくれてる」


 詳しい内容までは話さなかった、だがそれは踏み込んで聞いてはいけないことをジャックやライラックの様子から予想していた。

 シオンはその理由を追求せず、代わりに少し寂しそうに語った。


「でも、いいな。自分にしかできないことがあって。

 私、身体が弱いから、お父さんやお兄ちゃんのお手伝いも、普段はできないから。

 自分だけができることがあるのは羨ましい」

「できてることあるよ、……シオンだけに」


 ロザリアは両足を抱え、顔を少しだけ隠す。そして恥ずかしそうにシオンを見る。しかし、シオンの事を励ましているように優しく呟く。


「私の……友達になってくれたこと」


 その言葉にシオンも少し顔を赤らめると同時に自然と笑みがこぼれる。

 お互いに妙な沈黙を生み、シオンは照れ隠しのために、ロザリアに聞く。


「リアちゃんってさ、ここに来る前は何してたの?」


 シオンの何気ない質問に驚きと戸惑いの表情を見せて、ゆっくりと答える。


「……ごめん、覚えて……ない」


 申し訳なさそうに謝るロザリアの反応にシオンの表情にも影がかかる。


「あっ……こっちこそ、ごめん。聞かれたくないこと聞いて」

 ロザリアはすぐに首を横に振り、足りなかった言葉を続ける。

「ううん、記憶がないのは私のことだけ。それに、記憶がないのは仕方がないの」

「えっ……?」


 シオンはロザリアの言葉に違和感を覚える。記憶を失っていることが当たり前であり、その原因も、記憶がないことも受け入れているように感じた。


「あっ……、でもね、ずっと覚えていることもあるよ。お母さんのこと」


 ロザリアは先ほどの不安の表情は一瞬で消え、満面の笑顔に変わる。


「どんな、お母さんだったの?」

「すごく優しい声でとても暖かい手をしてるの」


 ロザリアの抽象的な答えにシオンは嫌な予想をしてしまう。

 悩んだ果てにシオンはロザリアに恐る恐る尋ねる。


「お母さんはリアちゃんに似て美人なの?」

「お母さんの姿は覚えてない。でもその声や感触だけは何となくわかるの。

 それを思い出すとすごく気持ちが暖かくなる。

 だから、お母さんが大好きってことはずっと覚えてられるの」


 ロザリアのその表情は虚勢も悲劇もなく、一点の曇りもない純粋な笑みを浮かべていた。

 そんなロザリアを見て、シオンは自然と涙を流していた。

 自分にロザリアのようなことが言えるだろうか。彼女のように前向きに考えられるだろうか。サルビアもライラックも、そしてジャックを忘れて彼女のようにいられるだろうか。

 彼女は記憶がないことを不幸とも悲劇とも、あるいは恐怖とも感じていない。ただ唯一の体が覚えている温もりが彼女を支え、それだけがまるで彼女のすべてだと言っているようだった。


「あっ……、大丈夫、シオン?」


 シオンの涙を見て、自分の事よりも他者を思う、それはきっと彼女に与えられたその温もりが、とてつもなく大きいものだったのだろう。

 シオンは涙を拭き、ロザリアを優しく抱き寄せる。


「いっぱい思いで作ろ、二度と忘れられないぐらい、いっぱいに」


 突然なことにロザリアは驚くが、シオンの思いを受け止め、その体をシオンに委ねる。


「シオンも……暖かいね」


 二人の間に先ほどは異なる暖かな沈黙が流れる。お互いが目を閉じ、その耳には水の音、お互いの温もりだけを感じていた。

 そんな二人を少し離れたところから見ていた三人は、それぞれが異なる表情をしていた。


「いいですね、なんだかこっちまで嬉しくなっちゃいます」


 感動しつつ、嬉しそうに笑うアステルに対して、ステラは心配そうに視線を向けている。


「エト姉さん、リアは……」


 何かを言いかけたステラを遮るようにエトワールが言葉を続ける。


「わかってる。そのために準備をしてきた。だから、彼らの信頼を裏切るように秘密にした。

 もし、これが失敗すれば……リアはまた自分を犠牲にするだろう」


 エトワールのその表情は冷静でありながら、どこか悔しそうだった。

 全員がオアシスで穏やかな時間を過ごしていたが、すぐにその時間は終わった。

 ロザリアが急に立ち上がり、とある方向をしばらくじっと見つめる。

 そして、その様子に気付いたエトワールはロザリアに近づく。


「……エトワール」

「……感じたの?」


 ロザリアは頷く。アステルが焦ったように声を出す。


「今ですか?私の銃の準備、出来てませんよ!」

「ジャックもいないから船を動かすにも……」


 エトワールはシオンのほうを見る。


「あの……なにがあったの?」


 一人だけ状況がわからないシオンはロザリアの隣に立つ。


「うーん、仕方がないか。

 ごめん、シオン。どうしても様子を見に行かないといけない。

 必ず戻るから」

「えっ、でもジャックがここに……」

「うん、あとでちゃんと説明する。ステラ、アステル、二人を頼んだよ」


 エトワールはインナー姿のまま傍にあった大剣を掲げ、シオンとロザリアに近づく。


「エトワール、私も一緒に」


 そう言って近づくロザリアにはその表情はいつもの穏やかさはなかった。


「いや、様子見だけだから。それに船もないし、リアだけ連れて行っても守り切れない。

 それに離れていても、力は問題なく渡せるはずでしょ」

「でも、離れればどんどん弱くなる」

「わかってる、無茶はしないよ」

「うん、わかった」


 するとロザリアはエトワールの手に触れる。するとエトワールの手甲に契約陣のようなものが浮かぶ。

 しかし、その様子はシオンには見えないようにエトワールが体で隠していた。


「じゃあ、行ってくるよ」


 そういって、エトワールはロザリアが向いていた方向に大きな砂煙を上げて走り出した。

 シオンは状況がわからず、エトワールの行動を眺めるしかなかった。

 そんなシオンを我に戻したのはロザリアの手がシオンに触れてきたからだった。

 そしてロザリアはシオンに少し寂しそうに、そして呟くように言った。


「シオンはずっと私の事、覚えていてね」

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