25.別れ -Bereavement-
ジョーカーの途切れ途切れの声を聞いたサルビアは唇を一度だけ噛み締めると、すぐにすべての船に連絡を行う。
「非常事態だ、すべての船は撤退だ!
撤退ルートは事前に決めたルートをそれぞれ辿れ。そして、どの船でもいい。なんとしても街にいるピースメイカーに伝えるんだ。
『敵は黒の王』だと」
サルビアの言葉に周りが慌ただしく撤退の準備を始める。そこには先ほどまでの雰囲気と一転して、不安と恐怖の色が現れ始めていた。
「サルビア、あんたは小型船で先に出て、他の船と合流してくれ」
そこにサンドワームの戦いのときに小型船でジョーカーをサポートしていた二人が覚悟を決めた様子で話しかけてきた。
「俺たちがこの船で陽動を行う。ジョーカーがやられたんなら、そいつに敵う奴はもういない。それに追いつかれるのも時間の問題だ」
「あとサルビアまでやられたら、誰が指揮するんだよ。
ピースメイカーに頼るのは癪だが、サルビアの事は信頼してんだ。
この船をぶつけてでも時間を稼ぐさ」
サルビアは苦悶の表情を浮かべながらも二人に告げる。
「わかった。あとは任せた」
「おう、もちろん。報酬はきっちりもらうから準備はしておけよ」
サルビアは小型船に乗りながら、力強く頷く。
小型船が出発すると同時に先ほどまで乗っていた船は反対方向に進路を取った。
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サルビアはライラックがいる船に合流すると同時に決められた撤退ルートを進んでいた。
船を動かしてすぐに大きな爆発音が響いたが、その音の理由が誰もが察していたため、船の中では誰も喋ることはなかった。
操舵室にはライラック、サルビア、ラベンダーの三人が静かにそれぞれの作業をしていた。
その沈黙の縛りを最初に破ったのは、サルビアの少し疲れた声だった。
「あと……どれくらいで街に着く」
「私たちのルートは最短のため、時間はそれほど掛かりません。もともと私たちは後方部隊ですし、船の速度も他より速いです」
操舵をしているラベンダーが上司に話しかけるように、丁寧な返事をする。
少しだけ緩んだ雰囲気にライラックが訪ねる。
「親父、最初に言ってたけど『黒の王』って知ってるのか?」
その質問にサルビアは首を横に振る。
「いや、聞いたことはない。ただ強力な精霊は名前を持っているが、それ以外の呼ばれ方もいろいろある。ピースメイカーにとっては知った呼び方なのかもしれない」
「でも、おかしくないですか?ジョーカーさんを追い詰めるほどの精霊がネームドではないわけがありません。私たちだって有名どころの精霊なら名前を知ってます。
それなのにジョーカーさんはどうしてその名前ではなく『黒の王』と言ったのでしょうか?」
ラベンダーの言葉にライラックはその通りだと感じた。それはサルビアも同じだった。
「ああ、もしかしたら一般的に情報が出ていない精霊なのかもしれない。だから、ピースメイカーに頼れと言ったんだと思う。
もしかしたら極精霊クラスの精霊かもな」
その言葉にライラックは声を大きくして驚く。
「極精霊って最強クラスの精霊の名前に付けられる奴だろ。それって俺らで戦えるのかよ」
「……無理だろうな。そのレベルの精霊と契約した契約獣はこの街ができてから一度も現れていない。というか、歴史上の一騎当千の英雄が契約した精霊だ。俺たちにどうこうできる相手じゃないだろう」
「それってピースメイカーがどうにかできるんですか?」
「さあな、だが今回の相手は嫌でも手を取り合わないと勝てない相手だってことだ」
サルビアはエトワールたちがこの作戦に加えてほしいと言っていたことを思い出す。
彼女たちがこの街に来た目的は極精霊の契約獣が現れたことを察して、ここに来たのだろうか。
確かに彼女たちの言動を考えればそれは十分にあり得る。だが、引っかかるのは彼女たちがそれを知りながら引き下がったことだ。
エトワールと話し、ライラックからの印象を聞く限り、街の人間を見下す、人の命を無下にする性格とは思えない。
極精霊とわかっていたなら、無理にでも参加するだろう。しかし、彼女たちはジョーカーの言葉を聞いて引き下がった。
もちろん、引き下がっても独自に調査を始めることは想定していた。だから、本来参加させるつもりだったジャックを、理由をつけて彼女たちに付けることをジョーカーと決めた。
ピースメイカー側も極精霊クラスとは想定していなかったこともあり得るが、何か引っかかりをサルビアは感じた。
「なんにせよ、ジョーカーが残した情報は必ず持ち帰らないといけない。今まであれと出会って生き残ったやつはいないんだからな」
その言葉にラベンダーの握っている舵にも力が入る。
だが、間が悪いのか操舵室の扉を壊すような勢いでシールウッドが入ってくる。
「状況が悪い中、さらに悪いニュースだ。後方に情報と一致する狼が見えた。
間違いなくこの船を追いかけてきてるぜ」
言葉の軽さに対して、シールウッドの表情は真剣だった。
「どれくらいで追いつかれそうだ」
「まだ、少しは余裕がある、だがこのままいけば狼に街の場所がばれて、最悪次はそっちが狙われるだろうな」
「サルビアさん、進路を変えますか?」
サルビアはしばらくの沈黙のあと、少しの間ライラックを見つめてから言う。
「……俺がこの船で囮をやる。俺が乗ってきた小型船があるはずだ。それを使って逃げろ。
街までなら小型船の魔石燃料も足りるだろ」
その言葉にライラックは何を言っているか理解ができなかった。
初めに反論したのは意外にもシールウッドだった。
「それなら俺がやる。おやっさんはこの後も作戦指揮や他にもいろいろあるだろ」
「いや、それなら私のほうがいいです。船の操縦が一番うまいのは私です。時間を稼いで見せます」
シールウッドに続いて、ラベンダーも声を上げるが、シールウッドは首を横に振る。
「ウッディ、お前はまだこれから必要になっていく存在だ。隠居生活を引退して、また狩人として生き残ってくれ。そして、まだ未熟なラックやジャックのために色々教えてやってくれ。
ラベンダー、お前は運転が上手いからこそこいつらを街まで送り届けてやってくれ。本来ならお前ほどの運転スキルなら前線に出るべきだが俺のわがままでここに配置して悪かった」
サルビアはまるで最後の言葉を残していくように語る。そんな父親に我に返ったライラックが掴みかかる。
「何言ってるんだ、そんな死にに行くような作戦に賛成できるかよ!」
「じゃあ、お前ならどうする?代わりに残るのか」
一瞬言葉に詰まったライラックはまるで思いついたことをそのまま吐き出すように喋る。
「……もう少しで街が見えてくるだろ。そこまで行けば、ジャックかエトワールたちが異変に気付いて助けが来るかもしれない。それ以外の誰かが来てくれるかも」
「それはもしもの話だろ。それに街の場所がわかれば次にそこを襲うかもしれない。それに今いるピースメイカーだけじゃ対処できないかもしれない。そうなればジャックやシオンはどうなる?」
ライラックは再び言葉に詰まるがサルビアを掴む、指にはさらに力が入る。
「……でも……だからって、はいそうですかって言えるわけないだろ!」
ライラックは顔を下に向け、心のままに叫ぶ。床には水滴が落ちる。
そんなライラックにサルビアは頭に手を置き、やさしい声で語る。
「お前は真っ直ぐすぎるところがある。だが、俺にとってはこんな街でその真っ直ぐに育ったお前が俺の誇りだ。
苦しいときだって辛いときだって、きっとその真っ直ぐさがお前にたくさんの仲間を呼び寄せ、力になる。それがお前の最高の武器だ。
だから、仲間とジャックとシオンとともに一人前の狩人になって生きてくれ」
ライラックが顔を上げてみたサルビアの顔は、よく見慣れた狩人ではなく、父親の顔だった。
サルビアを掴んでいたライラックの腕がだらりと垂れる。サルビアは笑って、ライラックのその頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「ああ、シオンにも伝えておいてくれ。強要して悪かった。お前の思うまま幸せに生きろって」
ライラックは裾で顔を拭き、しっかりとそのサルビアの顔を見ると力強く答える。
「……ああ」
その言葉を聞いて、サルビアは安心した様子を見せ、シールウッドとラベンダーの二人の顔を見て伝える。
「親としての我儘になるが、ラックを任せた」
「任された。だがおやっさんも最後まで生きることをあきらめんじゃねーぞ。ぜってー見つけるから」
「大丈夫です、必ず連れて戻ります」
そう言って三人は操舵室を出る。
そして、サルビアはそこから小型船が先に進んでいくのを優しく見守った。




