8.境界 -Boundary-(1)
シオン達が建物の中に入るとバーのような配置のカウンターと椅子が並び、ギルドより空間が狭いにもかかわらず、むさ苦しさは感じず、清潔感もある。そして珍しく小物等も置いてありこだわりを感じた。
また奥の棚には酒樽と酒瓶そして食料が並んでいた。
「ここって酒場?」
「そうだけどいつでも来ていいって言われてるしいい人だよ」
彼女たちの声に気が付いたのか奥からどこか貫禄のある女性が出てくる。
「子供が来たかと思えば、シオンとその兄貴か。それと……随分と小綺麗なお嬢さんたちだね」
ロザリアを見た女性は一瞬固まったように見えた。
「はじめまして、エトワールと言います」
「私はマーザだ。まあ座りな。ウィズピースの人間とはいえシオンが連れてきた客だ。飲み物くらいは出してやるよ」
正体が割れていることに全員が驚いたが、マーザは淡々と準備を始めながら言葉を続ける。
「もう噂になっているよ。この街はその辺りは敏感で噂が広まるのは早いからね」
各々適当な席に着くとシオンはジャックがいないことに気付く。
「お兄ちゃん、ジャックがいないけどどこにいったの?」
「外で見張ってるってさ」
「えー、私呼んでくる」
マーザが首を傾げて言った。
「ジャックってジョーカーのところのか?」
立ち上がりジャックを呼びに行こうとしたがマーザの一声でシオンは動きを止めた。
「ジャックを知ってるんですか?」
「あいつが赤ん坊のころから知ってる。坊主の事はほっておきな。ここには入りたがらないよ」
「そうなのか、マーザさんはジャックとはどういう知り合い?」
ライラックがマーザにその関係が気になり質問をする。
シオンもそれが気になるのか席に戻り耳を傾ける。
「ジャック……ねえ……。坊主の母親はここで働いてたんだ。それで付き合いがある」
目を輝かせたシオンは少し食い気味に聞く。
「じゃあ、子供の頃のジャックも知ってるんですよね。どんな感じだったのですか」
「どこにでもいる普通の子供だよ。少し気弱で母親にはべったりだったけどね」
「今のあいつからは想像できないな」
「ですね、ちゃんとした子供時代があったんですね」
懐かしむように語るマーザに、付き合いの浅いステラとアステルすら驚いた表情を見せる。
同じように驚いた表情を見せるシオンとライラックを見て、エトワールは二人に聞く。
「シオンたちはジャックと昔からの知り合いじゃないの?」
「俺たちはジョーカーの弟子になってからの付き合いでそれより前はあいつ自身何も喋らないから」
「そりゃそうだ、この街の人間なんてほとんどが過去にしがらみを持ってるものさ。坊主もそうだ」
マーザは遠くを見るような顔で呟く。その視線先には何かが飾ってあったが布が被っていたためライラックたちには何かわからなかった。
ライラックはジャックとの付き合いが長く、彼のこと知っているつもりだった。今初めて彼の過去については何も知らないことに気が付く。
そして初めてジャックと会ったときのことを思い出す。その姿は生気のない死人のようだった。
「なあ、ジャックの過去に何があったんだ?」
「……それは私から話すことじゃない。知りたければ本人に聞くんだね」
マーザのその言葉の重さは周りにも強く伝わったのか皆が無言となる。
「暗い話は終わりだ、それよりせっかく来たんだ。くつろぎな」
全員の前に飲み物が入ったグラスが置かれる。
「ありがとうございます、マーザさんは私たちに対しても特に気にしないのですね」
エトワールは自分たちがウィズピースの人間だと知っても動じないことに感心したように礼を言いつつ聞く。
「別に私は客として相手をしているだけだ。あんたたちが不用意にこっちの境界線を踏み越えなければいいさ」
「境界線?」
「私たちには私たちの価値観、そしてあんたたちにはあんたたちの価値観がある。それを超えれば必ずどちらかが不幸になる」
マーザのその言葉はまるで自分にも言い聞かせるように言っているようだった。
「それは経験からですか?」
「ああ、しっかりとこの目で見たことだ。ここで何をしようとしてるかは知らないが思った以上にそっちとは世界が違うのさ」
「もしそれを超えようとすれば」
「さっきも言ったけど必ずどちらかが不幸になる。それだけさ」
「そうですか」
エトワールはその言葉を聞いてこれ以上聞くことはしなかった。
「まあ、客としてならまた来るといい。金はしっかりともらうけどね」
「ありがとうございます」




