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三題噺もどき4

集中

作者: 狐彪

三題噺もどき―ろっぴゃくはち。

 



 軽く伸びをして、凝り固まった体をほぐす。

 どうしても、仕事に集中していると姿勢は悪くなるし、同じ格好で居続けることになるから、体の節々が悲鳴を上げる。

「……」

 少し疲れた目をいたわりながら、時計に目をやる。

 丁度キリがいいところまで終わったし、休憩にするとしよう。

 そういえば、アイツがこの時間まで来ないのも珍しい。

「……」

 机の上に置いてあった、空のマグカップを手に持ち、立ち上がる。

 この間みたいに、戸を開けてすぐ衝突なんてことにならないように、慎重に開ける。

 あれはまぁホントに気が抜けていただけなので、よほどのことがない限り気づくんだが……ほんとに私も衰えたのかもしれない。

「……」

 灯りの消えた、ぼんやりと暗い廊下を進む。

 裸足のままで来てしまったので、足の裏が少し冷える。

 どうやらここ数日、昼間は温かい日が続いているらしい。春風と呼ぶには程遠い、詰めた風が吹ているだろうに……それでも気温だけ見て見れば、確かに高いなと思った。昼間は夜程風が強くないんだろうか。

「……」

 実のところ、昼間に出てもコートを着てしまえば、何ら問題はないんだが。

 あの、風邪をひいたあたりから、やけにアイツの監視が強くなって……昼間に外に出ることがなくなっているのだ。まぁ、そうでなくても、そんな頻繁に出る方ではないから、昼間の温かさというモノは知っているようで知らないが。

「……」

 短い廊下を歩き、リビングのある部屋へとたどり着く。

 やけに音がするが、テレビでも見ているのだろうか……珍しい。最近はお菓子作りにはまって、毎日のように何か作っていたのに。

「……」

 持っていたマグカップを置くために、一度キッチンへと向かう。

 使った痕跡があるが、これは朝食の跡だろう。まだ少し濡れている食器たちが、水切りラックの上に置かれている。

 しかしそこに置かれているはずの、もう一つのマグカップはなく、リビングの机の上に置かれていた。

「……」

 部屋の電気を消したまま、テレビの明かりだけがチカチカと光っている。

 あれだけ人に眼を大事にしろと言うわりには、こういうことをする。こっちの方がよほど目に悪そうに見えるが。あんなチカチカとした光の中で何をしているんだか。

「……」

 そのテレビの中では、ある遊園地が映っていた。

 人がぎゅうぎゅうと詰め込まれている様は、なんというか……まぁ、よく平気で居られるなと思う。正直並んだりするのは得意ではない。長時間立っているのも疲れそうだし、何よりあの人混みがどうにも。違う本能的な何かが刺激されるので、ああいう所はよくない。現代を生きていくには。

「……」

 しかし、あれは、遊園地じゃなくてテーマパークと言うらしいが、その二つの違いがいまいちよく分かっていない所がある。だいぶ昔に、夜中に忍び込んだことはあったが……はてどうだったか。あれはどこだったかな……。

 もうしなくなったと言うか、大人しくなったので、めったにそんなことはしないが。

「……」

 マグカップを静かにシンクに置き、近づいてみる。

 こちらに気づいているのかいないのか。

 何やら真剣な顔で、机の上のものと向き合っていた。手には鉛筆を持ち、傍らには消しゴムを置き。何かを書いては消し、書いては消しをしている。

 最終的には鉛筆と消しゴムを片手に持ったまま、器用に書いて消してを繰り返している。

「……」

 何をしているのだろうと、覗いてみると。

 机の上に広がっているのは、何かのレシートだったり通帳だったりするようだ。

 書いては消してをしているのは、家計簿というやつだろう。

 計算でも合わないのか、それとも今後の計画を立てているのか……そこまでは分からないが、何かが思うようにいかないらしい。

「……」

 ここまで来て、気づかないということは。

 珍しく集中しているようだ。それを邪魔するのは申し訳ないと思わなくもないが、電気はつけた方がいいだろう。コイツは結構細かい字を書くから、私にはどうにも読めないことがある。本人は読めるだろうけど、その細かさの字を書くのにこの暗さはいかがなものか。

 暗いから見えないなんてことはないが、明るい方が楽ではあるのだ。

「……」

 部屋の壁に設置された電気のスイッチを入れる。

 パチン―

 と。それは、電気のついた音で、コイツの集中が切れた音だ。

「……ご主人」

 何やら恨めしそうに見られるが、そんな目で見られるいわれはない。

 何をしているのかは、知らないが、人に言ったことを自分が実行しないと言うのはいかがなものかと思うのだが。

「目を悪くするぞ」

「……そうですね。お気遣いどうも」

 そういいながら、手に持っていた鉛筆と消しゴムを机の上に置く。

 マグカップが空になっていることに気づき、テレビに表示されている時間を確認し。

「休憩にしましょう」

 今日はマドレーヌを焼きました。

 そういいながら、キッチンへと歩いていく。

 ま、こちらも休憩をするところだったし、丁度いいだろう。ご相伴にあずかるとしよう。




「そういえば何をしていたんだ」

「ちょっとした家計管理ですよ」

「そんなに困窮していたか?」

「……いろいろと買いこんでいるので」

「何をだ」

「……何でもです」












 お題:春風・消しゴム・遊園地

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