4話
14歳の誕生日を迎えたオレは、晴れて社交界デビューすることになった。この国の貴族は皆、大体13か14の時に社交界入りしているのだから、妥当な年齢ではある。
同い年くらいの子息や令嬢たちが、やれ誰々が素敵だとか、誰々が綺麗だとか、浮ついた話で盛り上がっているのを右から左へ流しながら、目の前のご令嬢の相手をする。
「サミュエル様はもう婚約者候補は決められたのですか?」
「それが、素晴らしい方ばかりで決めかねているところでして」
にこりとなけなしの愛想を振りまけば、ご令嬢は流し目を送りながら「なら、私も立候補しちゃおうかしら」と話す。
婚姻を結ぶのなら家の為になるような相手でなければ。オレはノゼアン家の一人息子。一時の熱で、なんてとんでもない。
ただでさえ断り文句を考えている最中なのに、これ以上増えるのは面倒だ。そう思ったことをおくびにも出さないで、静かに笑って受け流した。
オレたちのような貴族がそんなふうに夢見たって、将来結ばれるのは政略的に有益な相手だ。
例え、そんな中で奇跡的に相手に特別な想いを抱けたとして。「愛してる」とか、「好きだ」とか。熱に浮かれてそんな恥ずかしいことを素直にぶちまけるヤツの気が知れない。
相手がどんな反応をするのかもわからないのにそんな気持ちをさらけ出すなんて、目の前に自分の首を差し出すのと同じじゃないか。
もし相手にその気持ちを受け入れて貰えなかったら、とか想定してないんだろうか。きっと脳の作りがそもそも違うんだろうな。そうに決まってる。オレはあんな浮かれた連中とは違うんだから。
賑やかな人だかりから目を逸らして窓を見ると、晴れやかな空が広がっている。
青。クレアの髪と同じ色。
あいつはこの場にはいない。当たり前だ、いくら規模の大きい商会といったってあいつは商家の娘で、貴族じゃない。
あいつがこの場にいたら、きっと「つまんないからこっそり抜け出しちゃおうよ」なんて言って、脳天気な顔して笑うんだろう。
「くくっ……」
「サミュエル様?」
「あ、いや…何でも。喉が渇いたのでドリンクでも取ってきます」
どうにか切り替えるために、その場から立ち去ってドリンクの置いてあるテーブルへと足を運ぶ。
いけない、つい気を抜いてしまった。
あーもう、あいつのせいだ、あいつのせい。
この社交場がつまらないから、あいつの顔なんか思い浮かぶんだ。
そういえば、このオレを面と向かって叱ったやつなんて、あいつだけだったな。
父親はあんな気弱な性格のためオレに怒ったことはないし、母親に至ってはオレを産んですぐに亡くなったものだから顔すら知らない。使用人たちだって、オレの不興を買って職を失うことを恐れ遠巻きに見つめるだけ。
だから幼い頃は、世界は全部自分の思い通りにできると、本気で思っていたんだ。この世のものは全部自分のもので、誰もオレには逆らえないと。今思えば思い上がりもいいとこだ。
だけど、あいつに出会った日から、世の中にはどうにもできないことがあると知った。オレより優れたやつはそこら中にごまんといるし、オレがどうにかできる範囲なんてほんのごく一部でしかないわけで。
それこそ、クレアがいい例だ。今までオレの言うことを聞いた試しがない。
最初は絶対にオレに従わせてやるって、そう息巻いていた。なのに今じゃむしろオレはクレアに振り回されてばかりいるし、それすら悪くないと思い始めている。
最悪だ、あいつがオレを狂わせた。あいつがオレを変えたんだ。こうなったのも全部、あいつのせい。
ホント、責任とってほしいくらいだ。
オレは心の中で悪態をつきながら、窓の向こう側の、清々しいくらいに澄み切った空を見つめていた。




