41話
たちまち黒い霧は赤い石に吸い込まれていく。
「い、今一体何を投げつけたのクレア!?」
「えっ。お、お守り!!」
そう聞かれることを全く考慮してなかったので、咄嗟に言い訳をした。
「くそっ…!悪い。間一髪お前が何とかしてくれたから結果的に助かったけど、オレの魔法が間に合わなくて怖い思いをさせて……」
サミュエルが悔しそうにそう呟く。
「私は大丈夫、その気持ちだけでも嬉しいからさ。それより……次がくるよ」
誰かが生贄になることは防げたが、まだ脅威は去っていない。
赤い石が黒く濁り不自然に膨張しはじめ、次第に巨大なゴーレムのような姿を形作っていく。
完全な姿になる前に対処しようと先生やプリズムのメンバーたちが魔法を放つが、それを上回るスピードでソレは爆発的に成長し、完全な姿へと変容を遂げた。
私たちの5倍はあるであろう巨体。
生き物をベースとしていないためか、焼け爛れた皮膚のようだった原作とは異なり、表面が黒色の鱗のような石っぽいもので覆われている。
人型に近いが、アンバランスな程に腕が大きく、あれで殴られてしまえば一溜りもないことが見て取れた。
人間で言うところの頭の位置には、爛々と光る沢山の小さな黒い石がひとつの集合体のように鎮座していて、言葉にならないような音を鳴らす。
原作と同じ点と言えば、毒ガスのように表面から黒い霧が出ているところだろうか。確か、あれが直接肌に触れたら不味いということがゲーム内では言及されていた気がする。
あまりの威圧的でおどろおどろしい姿に、私たちは恐怖で動けなくなった。
化け物が、私たちめがけて腕を横に振りかぶる。
それいち早く反応できたのは傍に控えていた先生だけだった。
先生は素早く私達生徒の前に出ると、呪文を唱えて大きな蔓で作った盾をはった。
それのお陰で私たち生徒は衝撃から身を守ることができたが、最前線の先生は蔓の盾ごと吹っ飛ばされ、そのまま壁に激突し気を失ってしまった。
「っ……!!クレアさん、先生を安全な場所へ!他の皆は戦闘用意ッ!!」
レオが自身を奮い立たせて、みんなに指示を出す。恐らく私の魔力がこの中でいちばん弱いから、運ぶ係に指名されたのだろう。私の魔力では戦闘面じゃそれほど力になれないし。
多分、今のこの4人なら、実力を最大限に引き出すことができれば倒せない相手ではないはずだ。
「『八百万の神の名のもとに』!」
指示を受けてミアが呪文を唱える。それに続いて、レオやウィリアム、アシェル、サミュエルも唱えはじめる。
「『水明の神の名のもとに』」
「『火山の神の名のもとに』」
「『樹海の神の名のもとに』」
「『業火の神の名のもとに』」
みんなが攻撃している間、どうにか先生を離れた位置に火事場の馬鹿力で移動させた。先生がガタイのいい人でなくて助かった。あやうく役目を全うできないところだった。
みんなが戦っている中、ふと私は気づいた。みんなから離れた位置にいたからこそ、私だけが気づけたのかもしれない。
化け物を召喚した子供が、もう役目は終えたと言わんばかりに、その化け物を無機質な紅い瞳でじっと見つめたまま、その場になんの表情も浮べず立ち尽くしていたのだ。
その子は見れば見るほど、幼い頃のサミュエルによく似ている。
もしかしたら、こっちのサミュエルが悪役にならなかった影響で、別の世界線から強制的に連れてこられたサミュエルとか?それにしては、目の色も性格も違いすぎる気がする。サミュエルならあんな物静かじゃなくてもっと感情豊かだし。
一応、化け物を召喚した張本人だし捕まえておいた方がいいかな……。でも、原作では召喚した人が化け物を操ると言うより、化け物自体、召喚した本人の意思とは関係なく動くんだったはずだから、あんまり捕まえても意味ないのか?
そもそも、あんな威力の魔法が使えるのに、私みたいなモブが捕まえられるのだろうか。
万が一皆の妨害でもされたら……とハラハラしながら観察してみるものの、全く攻撃する様子がない。
うーん、プリズムの皆を恨んでいるという風にはあまり見えないし、目的が全く分からないな……。
ドゴン、と地面が揺れる。
慌ててサミュエルたちの方を見ると、化け物が再び振りかぶった腕で地面がへこんでいた。幸い、誰にも当たらなかったようだ。化け物は、中々攻撃が当たらない状況に業を煮やし、力任せに何度も腕を振るう。
その腕が、サミュエルによく似た子の近くにあった大きな木に当たり、木がその子供の方へ倒れ始める。しかし、子供はその場所から全く動こうとしない。
あのままでは、木の下敷きになってしまうのも時間の問題だ。
助けるのが正しいのかなんて、分からない。助けない方がいいのかもしれない。
それでも、私は___。
地面を蹴って、その子の元へ近づく。
何の抵抗もしない自分のそれより小さな手を引いて、その子供の身体を自分の方へ引き寄せた。
ちゃんと温もりのある、幼い子供の身体。物静かであまり動かないし、何を考えているかも分からないけど……そのあたたかい身体に触れて、この子も私と同じ人間なのだと、身をもって痛感させられた。
引き寄せた後、子供のいた場所に木が倒れる。
どうやら、木の下敷きにならずに済んだみたいだ。
子供の手を引いて、戦闘している場所から少し離れた所にその子を誘導する。
「こっちにきて。ここなら安全だから」
「…なんで、たすけたの……?」
その子は赤色の目を見開いて、独り言のように舌足らずな声で呟く。
なんで助けたと聞かれたって、そんな大層な理由はないけれど、いちばんはやっぱり……。
まぶたを閉じると浮かんでくるのは、原作で化け物に変化してしまう直前、苦しそうな顔をしていたサミュエル。
「…大切な人と同じ姿をした子が、怪我をするところを見たくはないから、かな」
その子は、言葉の意図が飲み込めないのか、何度か瞬きを繰り返す。
う、ちょっと伝わりにくかったかも…。もっと国語力鍛えないとだ。
「……なまえ…」
「私?クレア・チャロアイトだけど……」
「クレア・チャロアイト……」
その単語を覚えるように、その子は俯き、私の名前を小声で何度か復唱した。
「あのー…私の名前が」
どうかしたの?と聞く前に、その子が俯いていた顔を上げる。
淡い紫の瞳と、目が合った。
あれ?この子の瞳って、こんな、私のと似たような色だっけ。
「それ、そのまりょく…」
「え、ああ…これのこと?」
その子が指さしたのは、私の服の右ポケット。
その中には、ルビーがあの日持ってきた水晶が入っている。実物を見ていないのに場所を言い当てるなんて、やっぱ魔力が強い人は私みたいなのとは違うんだなあ……。
あっちの赤い石は媒体用だったけど、こっちのはガチのお守り用で一応持ってきた代物だ。
はじめはサミュエルに持たせようと思っていたが、「ただでさえ危険な役目をこなそうとしてるんだから、これくらいはお前が持っておけ」と押しつけられたんだったか。
「ねがえばたすけになる。……たぶん」
「助け?」
どういうことだろうと視線をその子の方へ向けると、子供の身体が、恋が叶わず泡になっていく人魚姫のように消えかかっていた。
「う、うそ…そんな……」
混乱で上手く頭が回らない私に、その子はふっと頬を緩ませる。
「___ミライで、まってる」
そう言うとその子の周りが淡く光り、気がついた時には海に溶けてしまった海月みたく、子供は居なくなっていた。




