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37話

「もう大丈夫なのか?」


保健室から帰ってきた私に、心配そうにサミュエルが問いかける。


「うん、この通り!」


彼に心配はかけまいと、口元を上げ笑みを作った。めざとい彼に追求される前に、私はまた口を開く。


「今週末は空いてる?暇ならピクニックにでも行こうよ」


彼らの運命の日までは、まだ少し時間がある。

どうせ会えなくなってしまうのなら、今生きている間にたくさん思い出を作ろう。

彼は私の顔を少しの間じっと見つめた後、いつも通りの声で「ああ」と短く返事をした。


・・・


彼がピクニックにいい場所があると言って連れてきてくれたのは、近くに湖のあるのどかな公園だった。時間帯をずらしたのもあってそれほど人もおらず、木々の葉が風にそよぐ音が聞こえてくる。


公園を少し歩いて、木陰のある場所にマットを敷く。カゴに入った軽食のサンドイッチやクッキーは、ここに来る途中にお店で買ったもので、匂いだけでもとても美味しそうだ。


マットの上に2人で腰を下ろす。

特に何か話すわけでもなく、2人で穏やかな景色を眺めていたが、不思議と気まずさは感じなかった。


このあたたかい時間を、心に刻みつけよう。世界から消えてしまう前に後悔のないように。彼の声も、仕草も、表情も、満足のいくまで。

そう思って、隣に座る彼に目を向ける。


彼は、全てを包み込むような柔らかな瞳で、遠くの空を見つめていた。髪がそよ風で少しなびいて、彼の頬を撫でる。元々冷酷な悪役だったことなんて信じられないくらいに、それが神秘的だと思った。


この世でできた、愛おしいもの。大切なもの。近いうちに、手放さなければならないもの。


私のことを愛してくれた彼は、もうすぐお別れが来るのだと伝えたら、どんな言葉をくれるんだろうか。

少しの間だけ私を想って泣いてくれたら嬉しい。その後は私の声や、仕草や、表情なんて忘れてくれたらいい。そうして、いつか彼が別の人を愛する日がきたって構わない。

ただ、この世界にあなたのことを愛している人がいたということだけ、覚えていてくれるのなら、私は……。


「好きだよ、サミュエル」


「へ、なん、なんだよ急に……」


「今、言いたい気分だったの」


唐突な私の言葉に驚いたサミュエルだったが、私がなんでもないようにそう言うと、彼は少し眉を下げて優しく微笑んだ。


「その……オレも、好き」


「ふふ、急だね?」


「今、言いたい気分だったからいーんだ」


私の適当な理由をまねして彼がさっきの仕返しのように付け加えるのを聞いて、思わず「ふふっ」と笑い声が零れる。

彼の肩に身体を少しだけ寄りかければ、彼は私をそっと抱き寄せた。


「あのね、サミュエル」


「ん、なに?」


「あなたはひとりなんかじゃなくて、あなたのことを愛している人がいるんだってこと、サミュエルはちゃんと知っていて。…忘れないでね」


話している途中で前がぼやけてきたのに気づいて、さりげなく目を伏せる。

ああ、やだなあ。

しにたくない、しにたくないよ。

この温もりを失いたくない。

大切な人を失いたくないくせに、こんなの…我儘かな、私。

……でも、この命ひとつで、大好きな人も大切な友人も守れるなら、きっとそれも悪くないよね。


サミュエルは少し黙った後、私の手に自身の手を添えて、凛とした声で言った。


「『忘れないで』って言うんなら、お前がずっとオレの傍で伝え続けろよ」


「っ……それは……」


「勝手にオレから離れていこうとするな」


彼が私の手をぎゅっと握る。

ああ、手が震えてるのがバレちゃうな。


「は、はは…やだなあ、離れるなんてひとことも言ってないでしょう?サミュエルってば、すぐ早とちりしちゃうんだから」


「そんな下手な取り繕い方で誤魔化せると思ってんのか」


彼にそう言われたのがあまりにも図星で、私は何も言えなくなってしまった。


「その様子だと、本当はオレのことが嫌いになったから離れたい…ってわけでもなさそうだな?」


「嫌いになんて……!」


「まあ、本当に嫌われた場合はまた惚れさせるだけだけど」


真剣な顔でそんなことを言うものだから、思わず見とれてしまう。自信がついたのは何よりだけど、破壊力……!!


「だからさ…本音で語り合おうか、クレア」


『本音で語り合おうよ、サミュエル』


いつの日か言った自分の言葉がよみがえる。

今では、あんなことを言った私の方が、本音を隠してしまっていたのだと気付かされた。


「もし、今クレアが自分だけじゃどうしようもないことで悩んでいるんだったら、できればオレを頼って欲しい。けど、まあこの際オレじゃなくたって構わない。プリズムのやつらでも誰でもいい」


「多分お前なら、手を差し伸べてくれる人はきっといるから」


誰かに頼ってもいいのだという彼の真摯な言葉が、心の奥深くまで染み渡っていくような気がした。

今度は、私が本音を伝える番なんだ。


「……サミュエル」


「おー」


「サミュエル」


「うん」


「…………たすけて」


風にかき消されてしまいそうな声。

諦めていた、たった4文字。


「わかった。まず、どうして欲しい?」


彼はそれを聞き逃すことなく、ちゃんと拾い上げてくれた。


「…今から言うこと、信じて欲しい。到底、信じられないかもしれないけど……」


「信じる。クレアがそういうのなら」


『信じていいか分からない』と言っていた彼が、すぐに「信じる」と言ってくれたことに嬉しくなる。きっとその言葉は、嘘や強がりなんかじゃない。紛れもない彼の本心。


「……ありがとう」


そう呟けば、彼は「お礼を言うのはまだ早いだろ」と笑い飛ばしてくれた。


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