35話
迎えたダンスパーティーの本番当日。
父親に奮発してもらった紫色を基調としたドレスに身を包み、ミアに手伝ってもらってちょっとしたヘアアレンジもした。それから、あの日以来なんだかんだで遠ざかっていた化粧もしてみた。
やっぱり、恋人には可愛いと思ってほしかったから。
学園長の挨拶が終わり、とうとうその時はやってきた。
周りの人がちらほらとパートナーに誘われ始める。
まだかな。早く来ないかな。
心がそわそわして落ち着かない。試験でもないのに、なんだか緊張してきた。緊張感から思わず視線がキョロキョロしてしまう。どうにか落ち着こうと、横髪を何となく指で弄る。
コツコツ、と足音が近づいて来るのが聞こえてきた。
顔を上げると、そこにはいつもと雰囲気の違うサミュエルがいた。
癖毛の髪を片側だけオールバックにして、黒でまとめられたきっちりとした服を着ている。胸元にある青色のネクタイもよく似合っていた。
サミュエルは、私の目の前まで歩いてきて動きを止める。
言葉を探しているのだろうか、ちょっとした無言の間が少し怖い。前に喧嘩したあの出来事が脳裏にチラついて不安になってくる。
沈黙に耐えきれなくて私が「変かな?」と口に出す前に、彼は緊張した面持ちで言葉を紡いだ。
「綺麗だ。その…思っていたよりも、ずっと」
彼は欲しかった言葉を、愛おしさの宿った瞳で見つめながら与えてくれた。
思わずにやついてしまいそうだ。じわじわと、心が満たされていくのがわかる。
「サミュエルから、そんなふうにキザなセリフを言われる日が来るなんて思わなかった」
「そこまで言うことないだろ…オレだって、本気を出せばこれくらいはなあ……!」
「あはは!……サミュエルもかっこいいよ」
「…よせ、照れるだろ」
そう言って照れくさそうに片手で口元を隠して視線を逸らす彼を、「嬉しいくせに」と肘でちょんちょんつつく。
そんな私の手を両手ですくい上げて、彼は少し真面目な顔をして告げた。
「オレと、踊ってくれませんか」
「ええ、もちろん」
●○●○
紫色のドレスに身を包んだ彼女は、誰にも負けないくらいに綺麗だった。胸を打つような、目が覚めるような美しさだった。
人は本当に綺麗なものを見ると声が出なくのだということを、まさか身をもって知る日が来ようとは。
彼女の化粧した姿を初めて見た時のことが脳裏をよぎる。
あの時だって、本当は可愛いと、綺麗だと思っていたんだ。でも、いろんな気持ちが邪魔をして、意図的に彼女に酷い言葉を投げつけた。
傷つきたくない。
たったそれだけのことで、随分と遠回りする羽目になってしまったけれど。
あの時伝えられなかった言葉と想い。
「綺麗だ。その……思っていたよりも、ずっと」
やっと、伝えられた。
その言葉を聞いた彼女は、すこし恥じらいながらも嬉しそうに目を細める。
意識する前までは、ちょっと馬鹿ですぐ表情がコロコロ変わる面白いやつという印象が強かった彼女だが、今ではすっかり大人びて、オレの方が翻弄されているように感じる。
ありえないくらいに可愛い。そんなに可愛くしてオレをどうする気だ。
「サミュエルから、そんなふうにキザなセリフを言われる日が来るなんて思わなかった」
「そこまで言うことないだろ…オレだって、本気を出せばこれくらいはなあ……!」
「あはは!……サミュエルもかっこいいよ」
「…よせ、照れるだろ」
たった一言で機嫌がなおってしまうなんて、一体いつからオレはこんな単純になったんだろう。腹黒い社交界を渡り歩かねばならない、次期伯爵という立場であるのに。
……でもそんなことも彼女の笑顔を見ていると、今は何だかどうでもよくなってきた。
もういい。惨敗でも、ダサくても、何でもいい。
おまえになら、弱みをみせてもだいじょうぶ。弱い自分をさらけ出せる。こわくない。
おまえがそばに居てくれるのなら、このさらけ出すのが恥ずかしい想いも、全部あげる。
「オレと、踊ってくれませんか」
「ええ、もちろん」
彼女が微笑む。それは、青い空に向かって咲き誇る向日葵みたいな笑顔だった。
●○●○
恋人と踊る彼は傍から見ても幸せそうで、自分が入れるような隙はないのだと、身をもって痛感させられた。
きっと、『幸せ』はあの2人みたいな形をしているんだろう。
私には手に入れることの出来なかった『幸せ』。
胸がナイフで刺された後のようにじくじくと痛む。
今まで、誰かに好かれたことはあれど、誰かの特別になりたいと思ったことはなかった。
笑顔を張りつけておけば、物事が全部上手くいった。あの頃は世界がぜんぶ、全部灰色に見えた。
でも、初めてこの学園に来た日。
きっと、あれは一目惚れだった。
何故だか目が離せなくて、これが恋なんだって初めて思えたのだ。
あの人が、あの人こそが、私の運命の人だと思っていたのに。
絶対に手に入れたくて、焦りを隠しながら今までにないくらい必死にアピールした。
だけど、必死になればなるほど空回って、しまいには疑われる始末。いつもなら、こんなに必死にならなくとも相手からお誘いが来るのに。
こんなことは初めてだった。笑顔の仮面を被っていなければ、涙が零れてしまいそうだった。
家柄に、容姿に、言い寄ってくる人は沢山居たけれど、こんなふうに振られたことなんてなかったから。
幸せそうな2人を見るのが辛くて、私はひっそりとパーティーの会場を抜け出した。
・・・
私の心とは反対に、太陽は穏やかな様子で私を照らす。
2年生になる前に、私はこの学園から去らねばならない。
はじめはそんなに短期間でも大丈夫かしらと思っていたが、今の失恋した私にとってはそれでちょうど良かった。辛いことなんてさっさと忘れてしまおう。またあの灰色の日々に戻ってしまえば、この胸の痛みもじきに感じなくなるはずだから。
……そろそろ会場に戻らないと。行方が分からなくなったと思われて探されてしまっては困る。
誰も見ていないからと、駆け足気味で向かったのがまずかったのだろう。
私はドレスの裾につまづいて、そのまま転んでしまった。普段ならしないような失態だ。何だか最近上手くいかないことばかりだ。
「大丈夫か?」
上から少し低めの声が降ってくる。
転けて俯いたままだったから、私のことが誰かわかっていないようだった。
「……はしたないところをお見せしてしまって、申し訳ございません」
顔を上げると、薔薇のように赤い瞳がこちらを見つめていた。金色の髪をした彼は、転けた私を丁寧な手つきで起こす。
「あなたは、クリソベリル公爵令嬢だっ……でいらっしゃいましたか」
「申し遅れました、お……私は、ウィリアム・ガーネット。アベンチュリン家専属の騎士…です」
ところどころカタコトになってしまうところを見るに、彼は敬語にあまり慣れていないようだ。
「そこまで無理して敬語になさらないでいいのよ?」
「あ、それでは、お言葉に甘えて……」
「どうしてこんなところに?」
大体の生徒はパーティーの会場にいるはずなのに。……まあ、そう言う私だってここにいるけれど。
「俺にはパーティーのように華やかな場所は向いていないから、息抜きをしようとここへ」
そう言うと、「あなたは?」と彼が問いかけてきた。
「……少し、辛いことがあったの」
いつの間にか、私はそう零していた。
もしかしたら、私は誰かに話を聞いて欲しかったのかもしれない。この辛さを知って欲しかったのかもしれない。
……いえ、私は公爵家のご令嬢。今あったばかりの方に失恋の辛さを共有しようなどと思うなんて、どうかしてるわ。
「では、私は会場に……」
「戻らなくてもいいのでは?」
「……え?」
思わず聞き返してしまう。
戻らない、なんて考えもしなかった。
「あなたは俺に『無理して敬語で話さなくてもいい』と言った。なら、あなたも無理して戻る必要はないはずだ」
「俺で良ければ、話し相手になろう」
彼は、元気のない私を心配してくれているようだった。
曇りのない真っ直ぐな紅い瞳が、私を射抜く。
また私は、性懲りも無く二度目の運命を信じてしまうのだった。
閲覧してくださっているあなたへ。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
このシリーズはまだまだ続く予定ではあるのですが、現在リアルの方で書き起す時間があまり取れない状況になっております。
したがって更新のペースが以前よりも落ちてしまいますが、その分、より執筆を丁寧にこなす所存ですので、どうか彼らの物語をのんびり見守って頂けたら幸いです。
それでは、また次回で。




