33話
目の前にいる最近やってきた交換留学生の態度がオレに対してだけ違うということは、行動と言動からうすうす勘づいていた。
一体何を企んでいるんだ?籠絡して、オレの家の派閥との関係を結ぼうとでもしているのか?相手は公爵令嬢だ、そういった政略的な可能性は十分に有り得る。
何にせよ、そんなのに利用されてやるほどオレは優しくはない。たとえ万が一純粋な好意だとしても、それに応えるのはオレの役目じゃないだろうし。
これが元々この学園の生徒なら、オレと親しくしているクレアのことを知っているからこんなふうに分かりやすく擦り寄ってくるなんてこともなかったし、あったとしてもすぐに手を引いてくれた。
しかし、相手はこちらの事情など知るはずもない。
「貴方みたいな人と結婚できたら、きっと幸せでしょうね」
自分がどうすれば魅力的に見えるか、計算しつくされたような完璧な笑顔。彫刻のように完成されたそれは、確かに綺麗だけれど自分の胸を打つような熱は感じない。まるで仮面越しに話しているみたいな不自然。
だが世間一般で見れば美しい部類だろうから、彼女が本来所属している学園ではさぞ持て囃されたことだろう。
「ねえ…もう少しだけでいいから貴方と一緒にいたいわ」
「そう言っていただけるのは光栄ですが、何せ私には相手がいるので」
「お相手って?婚約者はいないと聞いたけれど」
どうにか上手くかわそうとしたが、食い下がられてしまった。
「それは…」
まずい。嘘をついてると思われてる。
貴族は恋人より婚約者を持つのが一般的だから勘違いされているのかもしれない。これが貴族相手でなかったらもっとはっきり言えたものを、伯爵子息という立場上、公爵令嬢相手では無下にできないのがもどかしい。
こんなことになるんだったら、さっさと婚姻を結んでおくべきだった。……相手の出方次第では、婚姻を結んでいても破談にされる可能性もなくはなかったが。
「私…諦めきれないの。もしかしたら、あなたがご冗談をおっしゃってるだけなんじゃないかって」
「いえいえ、そういうわけでは……」
ああもう、誤解したりされたりするのは懲り懲りだってのに。
交換留学生のシャーロットは、オレの目を見つめてにいっと目を細める。
少しの違和感。さりげなく観察して、口元やらに比べて瞳だけはやけに感情的で人間味があるのに気づいた。それが妙にアンバランスで、こちらを見透かされているようで少し怖気づいてしまう。
狐に狙われた兎みたいな、今にも仕留められそうな心地になって、居心地の悪さからそっと視線を逸らした。
クリソベリル家とあまり面識はないが、良くない噂も耳にするし、警戒しておくに越したことはないだろう。
相手は公爵家だ、もし商家である彼女の名前を出したらそちらに矛先が向くかもしれない。
ただでさえ付き合う前に怖い思いをさせたのに、これ以上クレアに迷惑をかけてしまうかと思うと、安直にはっきりと彼女の名前を言い出すことができなかった。
●○●○
「はあ……」
息を吐き出すが一向に気持ちは晴れない。なんにもやる気が出なくて、休憩スペースの隅っこの机に突っ伏した。
何でこんなにもやもやしてるんだろう。
サミュエルは私を選んでくれた。それを疑っているわけでもないし、何も不安になることなんてないはずなのに。
最近やってきた交換留学生の姿が脳裏に過ぎる。
公爵家のご令嬢であり、上品で優雅。美人だしスタイルも良くて、愛想もバツグン。私とはまるで正反対の存在。この学園に来たばかりだけど、めちゃくちゃにモテていたことは記憶に新しい。
この世界では同じモブかもしれないけど、まるで違う。
あんなに素敵な子に好かれたら、きっと誰だって好きになってしまうだろう。
私はオタクではあるが同担拒否ではない。これがもし同じ推しを好きになってくれたということなら、推しの魅力が他の人にも伝わってくれて嬉しくなる。もっと他の人にも推しの素晴らしさを広めて、もっともっと推しを好きになって欲しいと思うはずだ。
でも、サミュエルはどうだろう。
素敵な人だと思ってもらえるのは喜ばしいことだけど、彼の良いところも悪いところも、私だけが知っていればいいと思ってしまう。彼の全てを独り占めしたくなってしまう。
推しの『好き』とは違う、恋人としての『好き』。きっと、ただ推しを応援するときみたいな綺麗な感情だけじゃ済まなくて、自分が嫌いになってしまうような醜い感情も一緒についてくる。
……そっか。私、ヤキモチを妬いてるんだ。
だから、こんなにもやもやして、嫌な気持ちになって、そんな自分のことを好きでいられなくなってるんだ。
「サミュエル……」
彼は今頃、何をしてるかな。
最近あの交換留学生のシャーロットさんが近くにいるから、なんとなく話しかけにくくてあんまり話せていない。
「会いたいよ……」
独り言は誰に聞かれるわけでもなく、ただ静寂に沈んでいった。




