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29話

「ッ……!オレは、おまえのそういうところが大っ嫌いだ」


彼がそう言い放った瞬間、片手で顎を掴まれてそのまま捕食されるように口を塞がれた。


「ん、ぅ……っ」


急なことで混乱している間に、口をこじ開けられてあたたかいものが侵入してくる。

彼の舌だ。くちゅくちゅと、恥ずかしくていたたまれない音をたてて、私の舌を絡めとる。

これ以上はだめだ、力が抜けちゃう…!

そう直感した私は思わず彼の舌に歯を立てていた。


「いッ……この…っ!」


彼が怯んだ隙に、なんとか顔だけでも離すことには成功した。


「はぁっ、はぁっ…」


肩で息をしていると、サミュエルは顔に嘲るような笑みを浮かべて告げる。


「…はは。嫌いなやつにこんなことされてさァ、どんな気分…?」


「っ…は……?」


何それ、どういう意味?

なんで、こんなことしてるあなたの方がそんな苦しそうな顔をしているの?


何がしたいのかまるでわけがわからない。困惑が抜け切れてなくて、思うように頭が回らない。


「どんな、きぶんって……?」


問いに問いで返す私に答えることなく、彼は私の服の襟元に手を添える。

人気のない部屋、男女二人。これから何が起きようとしているのか、それくらい想像できない私ではない。


たとえ好きな人からだとしても、これは絶対に受け入れちゃだめだ。ここで一度でも受け入れてしまえば、ずっとこの曖昧な関係を続けなくちゃいけなくなる。

そんなの、嫌だ。ちゃんと、ちゃんと伝えたいのに。


「ねぇ、待って…!」


「待たない」


声を振り絞った説得も虚しく、服のボタンが一つずつ外されていく。

とうとう胸元の下着があらわになってしまった。ああもう、なんでこんなことに…!


今度は鎖骨あたりに唇を押し当てられる。肌が吸われるような感覚。キスマークをつけられているのだと理解するのにそう時間はかからなかった。


●○●○


「い、や……っ!」


クレアの一挙一動すべてがオレを拒絶しているのは明白だった。オレの腕の中からどうにか逃げ出そうともがき、触れ合うのを必死に拒む。さっきは舌も噛まれた。そこまでされても、オレは止めなかった。


絶対に、忘れられない存在にしてやる。既成事実でもなんでも作って、一生縛り付けてやる…ッ!

そんな激情を抱えてこうまでしたが、こんなの許されないことだってわかってる。でも自分の傍にいさせるためにはそれしかないんだと、もう後がないんだと、心の中で惨めったらしく言い訳をした。


「はなし、てッ!」


おれからにげるなよ。にげないで。

焦りに似た衝動に従うままに、その唇に噛み付く。


「いッ、〜っ!!」


彼女のその柔らかい唇には、いとも簡単に歯型がついた。それだけじゃ満足できなくて、首や喉元に自身の唇を押し当てたり、挙句の果てには肩や鎖骨の辺りに噛み付いたりした。

彼女の口から痛みを訴えるような悲鳴が零れるのを聞こえないフリして、狼が獲物を喰らうようにその身体にオレの跡をつけ続けた。その間もクレアはずっと抵抗していた。


跡をつけた瞬間だけは、ほの暗い喜びが心の深いところで湧き上がるが、それも瞬く間に消えていく。罪悪感やら加虐心やら焦燥感やらが混ざって、頭の中がぐちゃぐちゃで、自分で自分がわからない。

求めているのはこれのはずなのに、すればするほど喉の渇きが酷くなって、気分はマシになるどころかどんどん悪化していく。


「っ…もう、やめなよ……」


息も絶え絶えになりながら、彼女はそう告げた。

思い通りにならない現状に、思わず奥歯を噛み締める。口の中の皮膚が切れたのか、少しだけ血の味がした。


受け入れて貰えないことなんて火を見るより明らかだったのに、それがどうしようもなく辛かった。このまま無理やり一線を越えてしまったら、どんなことがあろうと、きっともう元には戻れないだろう。


……おれ、なんでこんなことしてたんだっけ。

確か、欲しかったモノがあったはずなんだ。

それが手に入ったら、この受け入れ難い感情もどうにかなると思ったから。誰かにとられるくらいなら身体だけでも自分のモノにしようとしたのに。

なのに…なんで、こんなに苦しいんだ。なんでこんなにも満たされないんだ。


オレが欲しかったのは、こんな虚しくて空っぽなモノじゃない。おれが、オレが本当に欲しかったのは……。


「わからない…あなたが分からないよ」


声が教室にこだまする。


「何がしたいの。何を考えてるの」


「知りたいのに、全っ然わからない…!」


涙でぐしゃぐしゃな顔をして、震えた声でクレアはそんなことを言った。その顔に、その声に、心臓が張り裂けそうになる。


……もう、やめにしよう。はじめから無茶だったんだ、こんなこと。

拘束していた手をそっと外す。クレアは何故か逃げ出さずにそこにいた。今から思いっきりビンタでもされるのかな。クレアに訴えられて、退学になったら自身の親にも彼女の親にも合わせる顔がないな。…いや。もう、そんなのどうでもいいか。


いっその事お前のいちばん嫌いな人になってやろうと思ってた。

だけどさ、やっぱり出来ることなら嫌われたくないよ。

好かれていたかった。いちばん嫌いな人じゃなくて、いちばん好きな人になりたかった。

もう、この先叶わない願い。この身と共に捨ててしまおう。


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