27話
最初は、向こうの第一声が謝罪でもない限り、絶対に許さないでおこうと意地を張っていた。話しかけられても、「はい、そうですか」とそっけなくあしらったりといったふうに。
しばらく顔も見たくないくらいには、本気で怒っていたのだ。だって、好きな人に可愛いと、綺麗だと言ってもらいたい一心で、ミアちゃんの手も借りて前世から未だに慣れない化粧を頑張ったから。あんなことを言われてしまっては、私としては許せない。
だけど段々冷静になって、やっぱり私も大人げなかったかなと考えるようになっていた。口こそ悪いが彼には今まで世話になってきたのだ。それなのに『嫌い』だなんて、本心でもないのに流石に駄目だろう。
いっその事、本当に嫌いになれたら良かったのに。嫌いになれないのは、惚れた弱みというやつか。
話そうにも今更どんな風に話しかければいいかわからないし、ああ言った手前顔を合わせるのも気まずい。
そんな状態のまま1、2ヶ月か経った。
協力してくれたミアちゃんには未だにちゃんと話せていないが、何となくその辺の事情は察したようで、なるべくその話は避けてくれたし、私が辛いことを忘れられるように楽しい話題を振ってくれた。やはり持つべきものは友達……。
しかし、いつまでも彼女に気を遣わせるわけにもいかない。
気分が晴れないまま廊下をうつむいて歩いていると、誰かとぶつかりそうになってしまい、慌てて避けた。
「ご、ごめんなさい、気がつかなくて」
「…クレア嬢?」
名前を呼ばれ顔を上げると、そこには心配そうな顔をしたウィリアムがいた。(とはいっても彼はあまり表情筋が動かないので、完全に私の主観である)
「何か、あったのか?」
「え……」
そう聞かれて驚く。自分ではいつも通り振舞っていたつもりだったのに、なんでわかったんだろう。主要キャラにはそういう系の特殊能力でも備わっているのか?それとも、些細な変化に気づけるやつが主要キャラになれるのか?
「いつもより覇気がない」
「そ、そんなに分かりやすいですかね?」
「ああ」
断言されてしまっては仕方ないと思い、私は愚痴を吐き出すように、ぽつぽつとウィリアムに事情を説明した。
この事を誰かに言うのは、彼がはじめてだ。
「……実は、その、ある人と…喧嘩してしまって。売り言葉に買い言葉というか、つい……」
「今でもまあ、腹は立ってるんですよ?口は悪いし、ひねくれてるし…だけど、それでもまだ…好きなんです。忘れられないんです。やっぱり、仲直りしたいなあって……」
あの時の光景を思い出して、再び涙がこぼれそうになる。言葉にすればするほど、自分はまだ彼のことが好きなのだと思い知らされた。
私が話し終わると、彼は「そうか」と短く呟いた。
「あはは、すみません。急に、こんな話……」
「つまらないですよね」と言おうとした時、ウィリアムが口を開く。
「俺は、事情はよくわからないが……あなたならきっと、仲直りできると思う」
寡黙で口下手な彼が、彼なりに試行錯誤して言葉を紡いでくれた。シンプルな励まし方だったけれも、飾り気のないその言葉は、まっすぐ私の心に届いた。
「っ…ありがとうございます」
その言葉を聞いて、久しぶりに心から笑えたような気がした。
私が彼らを見守ろうと息巻いていたのに、これじゃあ私の方がチュプリのみんなに応援されて、励まされちゃってるなぁ……。
不甲斐ないとは思いつつも、誰よりも近いところで推し達に応援されていると思うと、何だか元気が出てくる。
よし、もううじうじするのはやめよう。起きたことはどうしようもないんだ。今はこれからのことを考えよう。
彼と、仲直りできる方法を。
●○●○
あれ以降、あいつに徹底的に避けられるようになった。オレの姿を見つけるとすぐに踵を返してどこかに行ってしまう。
何とか前みたいに戻れないかと思って、話しかけたこともあった。
でも、無駄だった。話しかけても心ここに在らずといった様子で、返ってくるのは中身のない返事ばかり。すぐにオレから離れようとするし、目も合わせてくれない。多分、もうオレの声なんて耳にも届いていないのだろう。
貴方と話す気はないと、態度からひしひしと伝わってくる。それが無性にむかついた。
聞いてくれないのなら謝れもしないじゃないか。
焦燥感に支配されていく。心臓の音が嫌に耳につく。
いつもならどちらかが何か言わずともすぐに元通りになるのに、まさかこんな、取り返しのつかないことになるとは思っていなかった。
こんなこと相談できる相手なんていない。仲直りの仕方も知らない。だって、今まで正面から対等に関わってくれたのは、クレアだけだったから。
一生ずっとこのままなのか?
もう二度と、オレはおまえの人生に関われないのか?
後ろ向きな考えがオレの頭の中で堂々巡りして、次第に眠れない時間が増えていった。
気がつけば何も無い空間をぼーっと見つめていることもあったし、隈は隠しきれないくらい濃くなっている。最後にまともに食事を取ったのはいつだったかすら、もう覚えていない。
あいつが傍からいなくなったってだけで、オレは身も心もボロボロだった。
まるで、自分の首を自分で絞めている、滑稽な道化師だ。
その場に居ない相手に嫉妬して悪口を言ったら縁切られました、なんて、傍から見たら笑えてくるほど間抜けに違いない。もう、自分には笑えるほどの気力も残ってないけれど。
・・・
廊下の先で見覚えのある後ろ姿が見えて、その後ろ姿を無意識に追った。懲りずに再び話しかけようとする自分に反吐が出る。どうせ話しかけたって同じ結果になるだけなのに。
近寄ろうとして、クレア以外にも人がいることに気がつき、思わず壁の裏に隠れた。
あいつの視線の先には、オレが到底勝てっこないような生徒会『プリズム』の人気者の1人。確か、名前はウィリアム・ガーネットだったか。
あいつはその男と微笑みながら、楽しげに言葉を交わしている。
その場所は、オレのだったのに。
まるで、クレアの隣はオレじゃなくたって誰でも構わないと言われているような気がした。もうオレはあいつの将来の相手にもなり得ないし、あいつに頼られるような人間でもなくなってしまった。
腹立たしくて、恨めしくて、下唇を噛む。
自ら傍にいる権利を手放したくせに。
ちがう。
幼馴染みという立場にあぐらをかいて、行動すらしなかったくせに。
ちがう。
自業自得なことなんて分かってるくせに。
違う…!
うるさい。うるさいうるさいうるさい!
どうしても苛立ちが収まらず、そばにあった壁に力任せに拳を振るった。石っぽい素材だったからか、あまり大きな音は鳴らなかった。
強くぶつけた反動で手が赤くなるのも気にならないくらい、オレは憎悪と言って差し支えない感情を募らせていた。
彼女があの日言った、『隣を歩いてくれたら嬉しい』という言葉が頭の中でずっと反芻している。
オレにはお前しかいないのに、オレがいちばんはじめにお前を見つけたのに、お前にはオレの代わりはいくらでもいるんだな。
……もういい。ぜんぶ、全部どーでもいい。
嫌われてるなら今更何したって変わらないんだ。いっその事、お前がいちばん憎む人間になってやる。
お前が一生オレのことを忘れられないように。お前の頭の中がオレでいっぱいになるように。ざまあみろだ。




