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25話

惚れた方が負けだと世間ではよく言うらしい。オレはあいつのことなんて、別にそういう意味で好きじゃない。だから、まだ負けてなんかない。

それはくだらないプライドだった。

さっさと認めて行動に移していたら、少しは変わっていたかもしれないのに。


・・・


空が、澄んだ青から暖かな橙へと色が変わり始めていた時だった。気だるさの残る足取りで、目的地の教室に向かう。


先生に分からないところを聞きに行こうと思っていたのに、まさかノートを忘れるとは…なんとも情けない。とうとうオレもボケたか?

ノートを取りにとぼとぼと廊下を歩いて扉の前に来たところで、教室の中で女子生徒が噂話をしているのが耳に入った。


「ねえ、知ってる?チャロアイト商会の娘さんとカルセドニー男爵家の長男が婚約するかもって話!」


え?


「知ってるも何も、私この前2人でデートしてるの見ちゃったわ〜!」


は?


思わず乱雑に教室のドアを開けてしまう。驚いた2人の女子生徒が話をやめて、目を点にしてこちらを見ている。

まずい、何やってんだオレ。いやもしかしたらただの聞き間違いかもしれないし。


「あ、ああ、すまない。ノートを取りに来ただけだったんだが…興味深い話が聞こえて、つい」


我を忘れて取り乱してしまったのに気づいて、慌てて猫を被って取り繕う。


「さ、サミュエル・ノゼアン様……?」


「ええと、聞き間違えてしまったかも、なんて…あはは……」


そう言い訳じみたことを半笑いでぽつぽつ言っていると、女子生徒のひとりが不思議そうな顔をして問うてきた。


「もしかして、ご存知なかったのですか?クレア・チャロアイトさんとアーロ・カルセドニー様のご縁談を」


聞き間違いかもしれない、という一縷の望みは無情にもその一言で途絶えた。

クレアが縁談って、どういうことだ?一体いつから……。


『そういえば、クレア嬢に縁談を申し込んだんだって?『貴族と商家の娘だなんて珍しい』ってご令嬢たちが噂してたよ』


『あれ、てっきり()()()かと思ったんだけど…もしかして違った?』


数週間前のアシェルの言葉が頭をよぎる。

じゃあ、あれは、勘違いや間違いなんかじゃなくて、


「あのー…?」


目の前で気まずそうにしている2人の女子生徒が、オレに声をかける。


「……話に割り込んですまなかった。失礼する」


その空気に耐えかねて、オレはそそくさとその教室から立ち去った。


教室から離れて、何歩か歩いたところで足が止まる。ノートを取るのも忘れてここまで来てしまったが、もう取りに戻る気も起きない。


『ねえ、知ってる?チャロアイト商会の娘さんとカルセドニー男爵家の長男が婚約するかもって話!』


『知ってるも何も、私この前2人でデートしてるの見ちゃったわ〜!』


先程耳にした会話が、レコードをセットした蓄音機のように頭の中でずっと流れ続ける。


うそ。うそだ。

しょ、所詮は噂だろ?ほ、本人に聞かない限りは……。


ふと、視線の先に見覚えのある姿を見つけた。今まさに噂の的であるクレアだ。最近話せてなかったし、機会があるうちにちゃんと聞いておいた方がいいかもしれない。


声をかけると、クレアはまるで錆び付いた機械のような動きでオレの方に振り向く。


「さ、サミュエル……?」


「なあ、お前カルセドニー家の長男とえんだ」


「きょっ、今日はいい天気だねー!!!」


縁談したのか、と言い終える前にクレアがオレの発言に被せるように、唐突にそんなことを言い出した。


「は?あ、いや確かに天気はいいけど、えん」


「あー!!明日は晴れるかなあ!!!」


彼女は視線をキョロキョロさせて、まるでこの場にいたくないというような素振りを見せる。

これじゃあ話にならない。


「おいっ!いい加減に……」


挙動不審なクレアにとにかくこっちを見て話を聞いてもらおうと、思わず手を掴んで近づいた時だった。


クレアは俯いたまま、オレの身体を両手でドンッと突き放す。

思わず目を見開いた。掴んだ手に力を込めたつもりもなければ、近づきすぎたつもりもない。少なくとも、今までだったら許されていた距離だったのに。

拒絶されたのは誰がどう見ても明らかだった。


なんで、どうして。

頭の中が疑問符で覆い尽くされる。静寂が辺りを包み込む。世界から音だけが消えたように感じた。


「そっ、そういえば私まだ課題終わってないんだった!!じゃあね!!」


彼女は不自然なテンションでそう言い放つと、オレをその場に取り残して脱兎のごとく走っていってしまった。


「何なんだよ……」


ぽつりと呟く。

わけがわからなくて頭をがしがしと搔く。

彼女のあの反応で、自分は誤魔化されたのだと思うには充分だった。


●○●○


はあ、はあと息を整える。しゃがみこんで、顔を両手で覆い隠す。


全身がむず痒い。叫び出したいくらい恥ずかしい。どんな会話をしたか全く思い出せないほどに、はじめて彼相手に緊張してしまった。

今日まともに見た彼は、いつもよりも何だかかっこよく見えた。そこにいるだけで意識させてくるなんて、ずるい。ずるすぎる。負け戦もはなはだしい。はじめて身をもって知ったけれど、なんて恐ろしいんだ、これは。意識するだけでこんなに変わるのか。


しかも急に近づいてくるものだから、心臓が耐えきれなくて咄嗟に距離をとってしまった。

ああもう、今までどうしてたんだっけ……?


確かに頑張るとは言ったけどさ!まさか今日のうちに会うなんて思うわけないじゃん!!明日からと言ったのに、神様は意地悪だ。つい先程自覚したばかりだから、整理する時間が欲しかったのに。

運がいいのか悪いのか……。自分のことでいっぱいいっぱいで、さっさと会話を切り上げてきてしまったじゃないか。はあ……せっかくならもっと話せばよかったのに、私のばかやろう……。


好きなの、バレてないよね…?

今から惚れさせると決めたのに、好きバレして失恋するのだけはいただけない。せめて、土俵には上がりたいのだ。


「明日……明日からよ、私……」


さっきのは一時的撤退だ。まだまだ、これからなんだから。明日と明後日は休みだから、次に会うときまでに慣れないと。


……そういえば、明日はアーロと会う約束をしていたんだった。まずはアーロと向き合うという第一の壁を超えなければ。

立ち上がって拳をぐっと握りしめる。大きく息を吸った。

大丈夫、私ならできる……はず。


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