21話
庭に着くと、アーロは不意に足を止めてこちらに向き直る。親愛とか友愛とか、愛と名前がつく感情ををかき集めて凝縮したかのような瞳を細めて、彼は口を開いた。
「久しぶり、クレアさん」
「えっ」
えっ。
びっくりして口から思ったことがそのまま出てしまった。久しぶりということは、以前に会ったことがあるわけで……え、学園の知り合いにいたっけ?それとも父の仕事関係?
唐突な久しぶり宣言にあたふたしていると、目の前の彼は眉を下げて苦笑した。
「あはは、流石に覚えてないか…あの時は名乗るのも忘れていたから…」
「す、すみません!あの、どこかでお会いしたことが……?」
覚えてないので正直に聞くと、「実技試験の時、貴女に怪我を治してもらったんだ」と彼は答える。
じつぎしけん…実技試験……?
「……あっ!あの時の!」
あの4人組で行動してた生徒の1人か!確かウィリアムの従兄弟なんだっけ?全く気がつかなかった。縁談相手がたまたま助けた人ってどんな確率だよ……。
いやあ、とりあえず怪我も治って元気そうでなによりだ。
「思い出してもらえて嬉しいな」
「…少し、僕の話を聞いてくれる?」
様子を伺うように、おずおずと彼は問いかけてくる。拒否する理由もないので、私は「はい!もちろんです!」と勢いよく答えた。
視線をおとして、言葉を探すようにゆっくりと彼が話し始める。
「僕は、筆記試験のときに緊張のしすぎで良い点が取れなくて…実技試験では良い点を取らないとって焦っていたんだ」
「本来ならリタイアした方がよかったんだろうけれど…このくらいならまだ続けられるって意地を張っていた」
「あの時…貴女が助けてくれなかったら、僕はきっとそのまま無理をして、色んな人にたくさん迷惑をかけていたと思う」
「だから、まずはあの時の感謝を直接伝えたくて」
彼は再び私の瞳を真っ直ぐ見つめる。こんな短い時間しか関わっていないが、誠実な人柄なんだろうなということは充分に伝わってきた。
「ありがとう、クレアさん。それから、伝えるのが遅れてごめんなさい」
「そんな、私はただ……」
そんな改まってお礼を言われるほどのことはしてないのに、真面目なんだなあ……。
ほけーっと呑気にそんなことを考えていると、彼の口から耳を疑うような言葉が飛び出した。
「……貴女のそういうところに、僕は惹かれたんでしょうね」
「……えっ?」
『惹かれた』?誰に…と言っても、この場には私とアーロの2人しかいない。
もしかして……これ、商家だからたまたま縁談相手に選ばれたんじゃなくて……。
驚きで固まって開いた口が塞がらない私に、彼は続けて告げる。
「あの時、貴女には僕を見捨てることも出来たはずなのに……貴女は見ず知らずの僕を助けるばかりでなく、それをさも当たり前であるかのように振る舞う」
「やっぱり、好きだなぁ……」
噛み締めるようにぽつりと呟かれたその言葉に、思わず心臓が跳ねた。
「っ……!」
息が一瞬だけ止まる。
この二週分の人生の中で初めて、誰かから恋愛としての『好き』という感情を向けられた。
縁談はおろか、恋愛だって私みたいなモブには無縁だと思ってたのに。
「あっ、すみません!つい…」
「でも、本当に好きなのです」
改まって目の前の彼は告げる。先程まで親愛や友愛だと思っていたその瞳に浮かべられた色は、確かに熱を持っていた。
好かれたこと自体は嬉しい。嬉しいのだけれど……今は困惑の方が勝っていて、ちゃんと頭の中で処理できない。なんと言おうか迷っていると、彼がまた口を開く。
「返事は今でなくとも構いません。だけど、どうか…僕に機会をくれませんか?」
「機会って…?」
「貴女の時間が欲しいんです。どこかへ出かけたりだとか」
そ、それってつまり、デートでは……!?
どうしよう、こういう時ってどうすればいいの!?
「僕は貴女をもっと知りたいし、貴女に僕を知って欲しい」
「だめ、ですかね……」
だんだんと彼の声が自信なさげになって小さくなっていく。まるで子犬のようにしゅんとした顔をされては、断ろうにも罪悪感が芽生えてしまい、私は……。
「……少しだけなら…」
とつい口にしていた。
「ほっ、本当!?」
彼の表情がぱあっと明るくなって頬が色づく。
悲しむ顔を見ずに済んだけれど、これで良かったんだろうか……。一抹の不安を残しつつも、縁談相手の顔合わせはデートの約束とともに終了したのだった。




