16話
くそッ、油断した!!
少し目を離した隙に、さっきの植物系の魔物のツタがクレアを縛り上げていた。先程の報復に来たのか、人質をとった賊みたいに小賢しい真似をする。花の中央の部分が、馬鹿めとでもいいたげに人間の顔みたいにニタニタしているように感じる。
ああもう、もっとオレが早く気づけていたらこんなことには…!
攻撃を当てようにも、もし魔法がクレアに当たったらと思うと躊躇してしまう。直接弱点に攻撃出来たらいいのだが、弱点がいまいち掴めない。全く、今日だけで見たことない魔物に出くわしすぎだろ。何がどうなってるんだ?予習が足りなかったか?
突破口を考えている間にも、オレを仕留めようとツタが勢いよく伸びてくる。
締め上げられて気を失ってしまったクレアを盾にしながら、ソレは詰め寄ってくる。
さっきの二の舞になってたまるか。
地面を蹴って、ツタを避ける。先程のダメージがまだ尾を引いているのか、攻撃自体は単純で奇襲さえかけられなければ避けやすい。
だが、避けているだけでは埒が明かない。
今、クレアは気を失っているだけだが、このまま放置していれば無事では済まないだろう。早くどうにかしなければ。
まさかこんな、人質を盾にするような中途半端に知性をもった相手と戦うことになろうとは。
……ん、盾?
ああ、なんだ。こんな単純なことに気づかなかったなんて、オレはまだまだ冷静になり切れていないらしい。
わざわざ盾にして守るってことは、当然その裏がそいつにとって攻撃されたくない部分に決まってる。
ようやくこちらの番だ。
周辺の木やらを利用して、バケモノの背後に回る。球根のような形をした部分が見えた。
___そこだ!
「『業火の神の名のもとに』ッ!」
クレアに当たらないように注意を払いながら、球根にありったけの魔力を込めて攻撃した。
「オレは自然魔法を使うのは苦手だが、その代わり炎魔法は得意なんだ。そう…特に、お前のような雑草風情を燃やすのはなァッ!!」
獣の咆哮のような音をさせて、それの動きがどんどん鈍くなっていく。
ツタが離れたクレアの元に急いで駆け寄った。…息はしている。大丈夫、生きている。
その魔物は燃え尽きたようで、そこにはもう真っ黒に焦げた残骸しか残っていなかった。
クレアの傍に腰を下ろす。クレアは未だ目を覚ます気配がない。彼女の手や足にはちょくちょく擦り傷や切り傷が目立つ。せめて薬草か何かあれば良かったんだが、ない以上仕方ない。
もし彼女に意識があるのなら、オレは彼女自身が【追想の笛】を吹くように言っただろう。だが、意識がない彼女にそれは出来ないし、オレが彼女の笛を使って呼ぶこともできない。
道具は万能じゃないのだ。
【追想の笛】は、装備した人自身が吹かなければ効力を発揮することができない代物。
オレが彼女の装備している笛を使用したところで意味は無い。
救護してもらえるポイントまでオレが運ぶのも、彼女が目を覚ますまで待つのも、またさっきのような魔物どもに出くわす可能性が高いし危険だ。今この状態で対面すれば今度こそふたりとも無事では済まないだろう。
ならば、オレがやることはひとつだ。
自身の首にかけてある笛を口にくわえる。
これを吹けば、続行不能なクレアと同様オレもリタイア扱いになる。成績と評価は下がるだろうが……だがまあ、確実さと安全面を考えるなら、背に腹はかえられない。
深呼吸して、笛に息を吹きこんだ。大きな音が鳴らない代わりに、半透明の目印が宙に浮かび上がる。
もう1分もしないうちにここに教員らが到着するだろう。
教員を待つ間、横たわっているクレアの頭をそっと撫でる。先程まで苦しそうだった表情は柔らかくなっていた。
「……いたっ」
不意に手に痛みを感じて手のひらを見ると、魔法を使いすぎた反動で火傷になってしまっていた。……まあ、これくらいならそのうち治るだろ。多分。
もし魔法をもっと使っていたら火だるまになっていたかもしれないな、なんて頭の隅で考える。
別に誰かを助けたからってお金とかご褒美がある訳でもないのに、なんでオレ、こんなことしてるんだろうな。もしオレ1人だったら、無茶なんかせずにもっと長い時間生き残れたかもしれない。でも、どうしてかオレはそれをしなかった。そうすることを選ばなかった。
ふう、とひと息吐いて瞼を閉じる。
思い出すのは幼い頃の記憶。彼女の後ろをついてまわるばかりだったオレに、彼女は『隣を歩いてくれたほうが嬉しい』と言った。
あの日『隣を歩いて』と言った彼女の傍が、オレの居場所。
物語の主人公みたいに、『考える前に体が勝手に』というよりかは、多分ほとんど無意識なんだ。無意識に、『他のやつにこの居場所をとられる前に誰よりも早く助けないと』って考えてる。
そうだ。ご褒美があるとかないとか関係なく、ただこの居場所を誰かに譲りたくなくて、あいつのいちばん近くにいるのはオレだって思いたくて、こんな柄にもないことしてるんだ。
足音が聞こえてきて、ゆっくりと瞼をあげる。どうやら教員が到着したみたいだった。