12話
なりふり構わず急いで岩の裏に身を隠す。
急なことでバランスを崩しそうになり、慌てて手をついたせいでまるでサミュエルに壁ドンしてるかのような体勢になってしまった。身長差のせいで全く格好はついてないが。どちらかと言えばハグに近いかもしれない。
隠れるスペースが狭く、体勢を立て直そうにも立て直している間に魔獣に気づかれてしまいそうでなかなか動けない。気づかれませんようにと願いながら目をぎゅっと瞑る。
二次創作でよく見る狭い箱に詰められた2人組の体勢が脳裏をよぎる。推しカプで何万回と見たシチュみたいになってんだが。いやこれは不可抗力だし、気にしたら負けだ、きっと。
ああどうしよう、すごく心臓がバクバク鳴っている。魔獣に追われているし、身の危険を感じてるからかな。
サミュエルが呼吸するたび、ちょうど息があたって耳がこそばゆい。腰のあたりがそわそわする。せめて息があたらない位置に移動したくて俯いていた顔を前に向けると、サミュエルは頬を赤くして眉間に皺を寄せていた。私の顔をなるべく見ないようにしているのか、視線を右に左にうろうろさまよわせている。え、まって、思ったより近っ……。
びっくりして距離を置こうとした時、唐突にサミュエルは、はっと何かに気づいたような顔をして、私をそのままぎゅっとその胸に抱き寄せた。
「へっ……!?」
「静かにしろ。魔獣が近づいてる」
彼の身体にすっぽりと覆われてしまって、彼の表情は伺えない。柑橘系っぽい爽やかな匂いに包まれる。前までは私の方が身長が高かったのに、いつの間にこんなに大きくなったんだ。というか、私はモブなのになんでこんなヒロインみたいな……。
少女漫画的な状況にリアルでの耐性のない私は完全にキャパオーバーしてしまい、魔獣が遠くに去っていくまで像のようにずっと固まっていた。
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文字通り目と鼻の先にクレアがいる。ちょっとでも動けば自身の口と彼女の頬が触れ合ってしまいそうだった。
こんなに距離が近いのなんて幼い頃以来で、どうしていいのかわからない。すっぽりと覆えてしまいそうな華奢な身体。ほのかに甘い香りが鼻をかすめる。試験中だということも頭から抜け落ちそうになり、ぶわっと身体が熱くなって、いつも通りだったはずの心臓が急に早く動き出した。
認めたくなくて、あれだけ鎖でぐるぐるに巻いて心の奥の方に閉まっておいたのに、いとも簡単に鎖は緩み勝手に表に出てきてしまう。
やめろ。違うんだ。誰がなんと言おうと、とにかく違うんだよ。
自分でも何と葛藤しているかわからなくなってきて、頭がクラクラする。
そんなことを気にしてる場合じゃないと、どうにか他のことに意識を向けてやり過ごそうとして、ふと魔獣が近づいている気配に気づいた。
頭を冷やせ、サミュエル・ノゼアン。
今すべき最善をしなければ。己が守らなければならないものは何だ?
何も気づいていない、移動しそうなクレアをぎゅっと抱き寄せる。驚いて声を上げそうになる彼女に、静かにしろと注意した。
不可抗力なんだ、嫌だろうが文句なら後にしてくれ。
そう思ったのが伝わったのか、クレアはとたんに大人しくなった。