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第3話

 昼食に対する食欲が失せていった。

 それは大麻の副作用によるものではなく、通り過ぎようとする夏に対する体調の悪化というわけでもない。彼女の事を想うと喉が食べ物を受け付けなくなるのだ。

 流石にここまで来ると自分でもわかる。俺は蒼井さんのことが好きなのだ。

 俺がひとりぼっちで大麻を吸っていた時、彼女は現れた。あの時は大麻のことを隠すので気が取られていたが、よくよく考えれば俺は一つの安心感を得ていたのかもしれない。今まで大麻を吸う時はひとりぼっちで、誰かに見つからないようにずっと怯えていた。だけど今は違う。蒼井さんがいてくれたことで、俺はひとりぼっちで怯えることなく大麻を吸えるようになった。別に見張りが増えたとかそういう意味じゃない。もっと気楽に、例えば煙草を吸う仲間を見つけた時のようなものだろうか、そんな感覚を味わえるようになった。

 彼女は、学校の屋上で隠れて大麻を吸う、この日常を正しいものとしてくれた。彼女の言葉で、俺はもっと前向きになることができた。

 そしていつのまにか、彼女のことが好きになっていた。彼女の声を聞くだけで愛おしく思えるし、彼女の姿を見るだけで胸の高鳴りが止まらなかった。


「貞西くーん、おーい、起きてるー?」


 そう、こんな感じの可愛い声で……


「……ん? なんか言ったか?」


 俺は考え事から現実へと帰ってくる。向かいには俺を心配してくれているらしい蒼井さんの顔があった。


「大丈夫? 体調悪い?」


「いや、全然大丈夫だけど」


「そっか、ならいいんだけど。最近貞西くんいつもぼぉっとしてるからさ、なんかあったのかなって」


「ん、いや、大丈夫だと思う……思いたい」


「友達なんだから、何かあったら相談してね。最近お弁当もあんまり食べないし……ハッ、もしかしたら、私の料理美味しくなかった?」


「いや、超美味いんだけどさ」


 ただ、喉が通してくれないだけだ。本当は美味しいし、俺だって沢山食べていたい。だけど緊張からか、食べ物が喉を通ってくれなかった。


「あのさ」


「ん、なあに?」


「あの日作ってくれた料理も、サンドイッチだったよな」


「あの日……って?」


 あの日……そう、俺が彼女に動かされた、あの日。


「初めて俺に、昼飯を作ってきてくれた日だよ。あの日があったから、俺はこんな感じで昼飯の食欲が失せてるんだ」


「……なんか、悪いことしたっけ」


「悪いことじゃないんだ。あれだよ、大麻を吸うという青春は良いのか悪いのか、って話しをした日のこと」


 彼女はしばらくウンウンと悩んでいたが、思い出したのかふと顔を上げて、


「あー思い出したよ。あの日もそういやサンドイッチだったね」


「そうそう」


 一瞬明るい表情を浮かべた彼女だったが、すぐにクエスチョンマークが脳を支配したのか、眉を寄せた。


「……あれ、どうしてその日があったから、今食欲が無いの?」


「それは……」


 蒼井さんのことが好きだから。

 ……と、馬鹿正直に言えたら問題は無いのだろうが。

 自分のことは自分がいちばん良く知っている。俺はこういう時、素直に口に出せないタイプなのだ。今まで真っ当に感謝の意を伝えたことがないし、そもそもそんな機会すら自分にはあまりなかった。もちろん「好き」だと伝えるのはもってのほかだ。


「それは?」


「……なんでだろうなぁ」


「うーん、私も覚えが無いなぁ」


 蒼井さんはその理由を純粋に考えてくれているのだが、俺の方は緊張で余計に食欲が失せてしまった。ただ緊張しているのは悟られたくないため、なんとかサンドイッチを口に押し込んだ。

 結局、もう一切れだけ食べて、昼食を終えてしまった。本当は食べたいと腹や頭は願っているのだが、喉や心臓が通してくれそうになかったのだ。

 そして昼飯を食べた後は、いつものように大麻を吸う。身体が食事を拒否しても、これだけはやめられない。


「ねぇ」


 同じように大麻を吸っている蒼井さんが尋ねてきた。


「貞西くんはどうして大麻を吸うようになったの?」


「俺が?」


「そ、格好いいからって理由じゃないだろうしさ」


「それなら、優等生の蒼井さんがどうして大麻を吸うようになったのか、の方が気になるんだが」


「うーん、まあ世間一般としてはそうだろうね……まあ私のはまたいつか聞かせてあげようではないか、はっはっは」


「はぐらかしたな」


「それよりそれより、私はキミのことが聞きたいんだよ」


 どうやら譲られる気は無いらしい。仕方ないので俺は口を開く。


「俺か……実はよく覚えていないんだよなぁ」


「覚えてない、って?」


「俺は確かマリファナを吸う前に、上級生からいじめられてたんだよ」


「いじめ?」


「そう、いじめ。吸うきっかけってそれくらいしか思い浮かばないな。誰からマリファナをもらったとか、いつから吸い始めるようになったとか、そういうのは全く覚えていないんだ」


「へぇ」


「気がつけばいじめは無くなっててさ。どうしてかは俺もよく知らないんだけど、気がつけば俺は屋上で一人、マリファナを吸うようになってたんだ」


「その頃の貞西くんのこと、までは流石に覚えてないなぁ」


「そのいじめてきた奴のことも俺はよく知らないんだ。もしかしたら俺が一年生のとき三年生で、卒業したからいなくなったとか、そんな感じなのかもしれない」


「まあ、覚えてないことは仕方ないよ。一応これでも大麻を吸ってるんだしね」


 なるほどねー、と彼女は納得したような顔をする。おそらく納得できるような話ではないだろうに、こういう曖昧さが逆に彼女の人付き合いに対する上手さの秘訣なのかもしれない。


「まあそれでも、今が楽しければそれでいい、だったよな」


「え?」


「ほら、あの日に蒼井さんが言っただろ。大麻を吸う青春があったって良いって。俺あの言葉、すっごく好きなんだ」


「……あー、そういえばあの日に言ったんだっけ。覚えててくれたんだ」


 蒼井さんは笑顔を浮かべる。笑顔と言っても、いつもの満面の笑みではなく、どこか優しげな微笑みだ。

 大麻が身体中の血液に回る。恋情による緊張もそこそこマシになったようだ。だからこそ、今なら言える気がした。


「あのさ、蒼井さん」


 自分の中に溜まりに溜まった恋心を、蒼井さんへ。



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