⑭「忍び寄る黒い影③」
バジリスクはじっと沢山ある目で俺達を睨みつけてくる。
俺達が何故、わざわざここに来たのかを見据えようとしているような、そんな雰囲気だった。
しかし、直ぐに襲ってくるような様子は無い。
(それはそうか…。自分の寝床に誰かが横たわっていたら、誰だってフリーズする。それは生物皆共通だろう。)
だが、その睨みつけている目はかなり鋭かった。そいつと目が合いそうになったので、俺は急いでに目線を少し下げた。
「ロア!、こいつと絶対に目を合わせるな!!石にされるぞ!?、いいか?ゆっくり俺の背中に移動するんだ。」
「はい…」
ロアは俺の言葉通りに、下を向きながら俺の後ろに隠れる。
背が低いので、俺のマントの真ん中までしかつかむことが出来ていない。改めてロアの小さな身体を意識させられた瞬間だった。
同時に非力さも…。
しかし、どうしたものか…、本当に、どうするべきか見当もつかない。
伝聞によれば、目を合わると石にされ、噛みつかれると、コレも石にされる。
あの牙の長さなら、噛みつかれた瞬間貫かれて絶命してしまうので関係ないが…。
とにかく、相手の視線を直接確認出来ないことに関しては、戦士としてかなり厳しい状況で戦わなければいけないということになる。
戦士を中心として戦う者達は、基本的に相対する相手の目を見ながら戦う。身体にはフェイントを入れることができるが、目線自体は、基本的に嘘を付けないのだ。
例え、上手く演技ができたとしても必ず意志の残滓は必ず残る。
それは生物であるなら例え怪物でも同じである。
しかし、今回のバジリスクが相手では、実質的に両目を潰されたのと同義である。戦士としての基本的な部分を崩されたようなものだ。
(もし、俺だけでバスターソードを所持していたならギリギリいけるか?、いや、かなり厳しいな。
その上、今はロアが背後にいる。俺一人が自分勝手に避けることは出来ない。上手く攻撃を往なすとかしねぇといけねぇと、ロアに危害が加わっちまう。)
それだけは絶対に避けたかった。
ロアに治らない傷が出来でもしたら、もしくは命が危ぶまれることがあったら、俺を信じて頼んできたアーノルド爺さんに申し訳が立たない。
それに、まだバスターソードの鞘の料金分は働かねばいけないのだ。俺は一層冷静になるために一階大きな深呼吸をした。
しばらくの睨み合いに痺れを切らしたこのバジリスクは、蛇らしい「シュ〜」という音を出し始めて威嚇し始めた。
どうやら、ある程度知性はあるのか、こちらがある程度の手練れだということは理解しているようだった。
なら、話は早い。
だどたら、ここからいち早く立ち去るほうが吉だ。
俺は静かに巣の入り口に向かって、壁伝いに背を向けながら、ゆっくりと刺激しないように足を滑らしてスリ足で移動していく。
ロアも俺のスリ足に合わせて、トコトコとついて来てくれていた。
バジリスクはそれに合わせて、相対する姿勢を崩さずにこちらの隙を伺うように、俺の進行方向とは逆に回っていく。
そんな、緊迫した状態のままが続き、やっと巣の入り口にたどり着くことが出来た。
俺達は僅かに安堵の息をこぼしながらも緊張を解かすにゆっくりと静かに後退りしていく。
こういうとき、音を立てることは逆効果だ。
コーラスさん曰く、音は獣にとって、時には威嚇として扱われるときが多い。
絶対に相手に対して、少しでも敵対行動り見せては行けない。
もしこの大蛇が俺達を殺そうとしてきたら、すぐ横に転がっている獣の死骸のようになる可能性のほうが大なのだ。
数年に思える時が過ぎて、俺達はやっと巣から後少しで出れそうだった時だった。
どうやら、運は俺達の味方をしてくれなかった。
ロアが誤ってかかとで石を蹴ってしまったのだ。
―コツンッ、ポチャ―
石が地下水の流れる川に当たって、音を立てる。
「シャアァァァ!!」
その音が鳴り響くのと同時に物凄い速度でバジリスクが刃のように毒牙を立てて襲ってくる。
「クソッ!?」
俺は直ぐさま、聖剣を構えて間一髪で迫りくる毒牙を防いだ。
(お、思ったよりも軽いな?)
目の前で停止した毒牙から垂れた一定の黄色い液体が地面に落ちて、地面をジュウッと焼いた。
(オイオイ…なんだ?この毒は!?)
煙が上がっている所から、溶岩が岩を溶かすような音が足元で鳴る。
呆然としている俺に後ろにいたロアの裾を握る手が強くなる。
俺は我に返って、バジリスクの毒が垂れた場所から目を離し、バジリスクの身体に視線を戻した。
バジリスクは直ぐに飛び出していた自分の顔を巣に引っ込めているところだった。
直ぐにピンときた。第二波の予備動作だ。
まだ、思ったよりも軽かったのは、さっきの一撃が様子見目的だったからだろう。
次は、もっと強力なのが来る。
かなりまずい。
正直、さっきの初撃をまともに受け止めてしまった反動で、軽く腕が痺れちまってる。
直ぐに力を入れることが出来そうにない。
次はまともに防ことは出来ない。
ならば判断は一つ。 とにかく我武者羅に避けるのだ。
「ロアッ!!横に飛び込め!!」
「キャア!?」
俺はロアを抱きかかえて、横に転がった。
当たりどころが悪く、矢の傷があるほうの肩に岩をぶつけてしまった。
激痛が走ったが、俺にいたがっている暇は無い。
俺とロアが地面に衝突するのと同時にワンテンポ遅れて、壁からバジリスクの尻尾が薙ぎ払われるように横から現れた。
その尻尾は洞窟の岩や障害物をお構い無しに破壊しながら通り過ぎっていった。
バジリスクの尻尾によって崩壊した岩や鍾乳石が崩れ落ちてくる。
まだ僅かに残っていた焚き火の光が少ないくて、分かりにくいが、かなりの数が落ちてくる。
俺はそれから逃れるように、直ぐに立ち上がって、ロアを抱えながら前に滑り込んだ。
俺達がいた場所は、岩の鈍い音と共に沢山の瓦礫で埋め尽くされていた。
明かりがないと暗くて殆ど見えない。
コレでは、まともに戦うことも出来ないだろう。
俺は、急いで魔法を唱え始めた。
「光の精霊よ。闇に包まれる道を聖なる光で照らし給え光よ灯せ」
俺の近くにポッと明るい光の玉が現れた。
新しく出来た光を使ってよく周りを見ると、古代遺跡のように見えた。
(こんな建物が、何でここにあるんだ? と、取り敢えず光源が足りない。どうするべきか…。)
俺のしたいことを分かってくれたのか、ロアがマジックバックから光る石を取り出した。
「ライトクリスタルです。鉱脈から出たものを買い取った者がいくつかありました。これで当たりを照らしてください。」
「ナイスだ。ロア!!」
俺は思いっきり沢山のライトクリスタルを古代遺跡に投げ入れた。
それぞれが周りの空間を照らし出した。
そのうちの一つが不自然に当たって跳ね落ちる。
そこにバジリスクがいた。
さっきまで暗くて、全身を詳しく見ることが出来なかったが、あまり確認しなくてもよかった。
あまりにも恐ろしい姿だった。
うねる身体には鱗が覆われていて、そこからは邪悪な魔力が聞き出ていて、空間を歪めている。
正直言って、コレほど邪悪な雰囲気を感じるのは始めてだ。
俺は、震える手を抑えて冷静に思考を始める。
多分だが、あの邪悪な魔力は瘴気か毒素だろう。あまり近づくことは出来ない。
何か、浄化できるものがあるといいが…。
俺が唯一あの瘴気を浄化できるかもしれない、聖剣があったがあの神聖な光は灯されることはなかった。
きっと今のままでは上手く瘴気を払うことは出来ない。それでは近づくことも叶わない。
あの黒騎士が持っていた時は白い光で包まれていたが、今はそんな感じは全くない。
剣に認められていないからかもしれない。
現状、ただの長剣だ。
それも、俺以外の人間は殆ど触ることも許されない我儘な武器だ。
よく見ると、バジリスクはさっきの崩壊で俺達の行方を見失ったているようだった。
キョロキョロと当たりを見渡している。
現状、勝てる見込みが無いのならここをいい加減ここから離れよう。
クソッ。最近は本当に、ツキが無いな。
唯一対抗出来るバスターソードが無い時に、化け物と相対し過ぎである。
あの砂漠の階層のゴーレムから始まって、ヒュドラ、挙げ句の果てにバジリスクである。
何故こうも、伝説に出てくるような化け物と合うのかは分からないがただ一つ分かることは自分には運がないということだけだった。
「ロア。いい加減、静かにここを離れるぞ。」
「はい。先程はすみません。」
「気にするな。あそこに石が転がっている方が悪い。」
「はい…」
音を出来るだけ立てないように、バジリスクから離れていく。
急いで走り始めてから大した時間もかからずに遺跡の外に出ることが出来たが、バジリスクの身体の大きさは遺跡と同じ大きさだったことに気が付いた。
この巨体ならは、あまり離れても意味が無い。
もし、今見つかれば直ぐに追いつかれてあの鋭い毒牙で噛み砕かれ、骨も残らずに溶かされてそのままバジリスクのあの巨大な巨体の中の腹の中に直行するだろう。
とにかく、今は静かに気配を消すのが先決だ。
その時、俺の思いを嘲笑うかのように、俺の近くにあった、遺跡の壁の瓦礫が崩れだした。
どうやら、さっきの薙ぎ払いの振動でもともと崩れやすかった所が今崩れたようだ。
直ぐにこちらに大きな気配が迫ってくるのを感じた。
「オイオイ。まじかよぉ!?」
「アンセムさん。こちらに身を隠しましょう!」
ロアが指差したところにはいくつかの柱がある神殿があった。
俺達は急いで神殿の柱の裏に隠れて、息を潜める。
途中、ロアに光の玉を消し忘れているのを指摘されて、焦りながら光の玉を消す。
少しして、蛇が動く時に出す独特の足音が聞こえてくる。静かな音だった。その静かさが俺達に緊張感を与える。
心臓がバクバクしているのを感じる。
経験上すぐ隣でバジリスクが移動しているのが分かる。
チラリと確認すると、舌を出し入れして空気から獲物の匂いを嗅ぎ取っているのが見えた。
完全に俺達をロックオンしてやがる。
いきなりバジリスクがこちらの方に振り向いていた。
俺はすぐに顔を岩陰に引っ込めた。
まずい。見られたかもしれない。
大きな段々とこちらに近づいていくのがわかる。
俺は額に流れる汗を手のこうで拭き取りながら聖剣を握りしめている手に力を入れた。
―ドクッン―ドクッン―
その時、俺たちとは違う方向から音が聞こえた。
「ギィギャア?」
どうやらゴブリンがこの遺跡に迷い込んだようだ。
「シュ〜?」
バジリスクはその音に反応して、そのまま俺たちのいる柱を通り過ぎていき、縄張りにやってきた新たな侵入者を排除しに神殿から姿を消していった。
息を止めていた俺達は生き返るように息を吸い始めた。
(もう、嫌だぜ。こんなところ。さっさとここから出たほうが良いな。)
俺達の囮になってくれた哀れなゴブリンに感謝しながら急いでこの空間を脱出することが出来た2人であった。
――――― ―――――
「いったいここはどこなんだ?」
バジリスクの魔の手から逃れることが出来た俺達は、解放されるように声を出した。
「分かりません。こんなところがあるなんて…」
今俺はロアを肩に乗せて、洞窟とは思えないほど広々とした大きな通り道を全力疾走していった。
暫くして、遺跡があった場所からかなり離れたところまで来た俺達は、一時的に休息を、取ることにした。
火打ち石で、そこら辺に生えていた木の根をもぎ取ったものに火をつける。
真っ暗闇だった空間が一気に明るくなった。
やはり、火があるのとないとは安心感が全く違うものだ。
残る魔力の温存のために、バスターソードの鞘に嵌めてある蒼い魔石を水筒の上に近づける。
「水の精よ。我らに生命の源を授け給え。[クリエイトウォーター]」
魔石は魔力を肩代わりしてくれるという性能がある。そして、魔石には相性がある。
青などの魔石は水属性や氷属性の魔法が出せるし、赤ならば炎属性、黒ならば闇属性、白なら光属性…まあとにかく、魔石の色で出せる属性が違うのだ。
基本的に魔石は使い捨ての消耗品だが、ある程度大きい魔石は時間経過で消費した魔力が回復するので、時間が経てば何度も使えるという優れものだ。
ゆえに高く取引されることが多い。魔術師で無くとも魔法を使えることは魔法の特性が無いものにとっては意外とデカいのだ。
しかし、大きな魔石でもない限り、一度で魔力切れになるので魔力を大きく失う攻撃魔法などは多用できないので結局切り札が増えたに過ぎない。
ちなみにアオの形の魔石はかなり大きいので、旅の何度かは助けてもらっている。
いつでももう一人の相棒がいると思うと一人旅で会ってもなんだか安心できるのだ。
どうしてだろうか。急に疲れがドッと出て来た。やはり、バジリスクとの戦闘は身に合わなかったようだ。
俺は瞼が重くなっているのを感じる。
その様子を見たロアが俺に優しく話しかけてきた。
「私が見張りします。疲れているようなので休んでください。」
「でも…」
「現状、唯一の護衛の貴方が戦闘中に力尽きるほうが問題ですよ。何かあったらすぐに起こします。」
「…分かった。お言葉に甘えるよ。」
俺は、水筒をマジックバックに詰めた後、毛布に包まる。
(ん?)
どうして、ロアは自分の太ももを軽く叩いているんだ。
「膝枕です。昔、貴方にしてもらったお返しです。」
おい!?昔の俺!!彼女との関係を教えてくれ!?
俺は戸惑いながらも断りきれず、ロアに膝枕してもらうことになった。
意外と彼女の太ももは柔らかった。あまりの心地の良さにすぐに眠気が襲ってくる。
俺は、ロアに見守られながら静かに目を閉じた。
――――― ―――――
俺は、再び思い出の夢を見ていた。
王都の町中の路地裏に薄汚れていた小さな女の子が毛布に包まっている。
仲間たちの先頭を歩いている俺がその子と目が合う。
服装は汚れているが、目だけは透き通るような目だった。
何故か、俺はその子を救いたい気持ちで一杯になる。コレが偽善なのは分かっている。
今王都を中心に、戦争に巻き込まれた子供たちがこうやって、路地裏でひっそりと自分の死を待っていることを。
この子だけを救っても、根本的に何かが変わることはない。理屈で分かっていても、何故か止めることは出来なかった。
そして、俺は仲間に遠くで止まってもらい、一人でその少女の前まで近づいていく。
目の前に大きな影が出来た少女は上を見上げて大男を見る。恐怖も何も無い。
ただ、諦めの表情が垣間見えた。
俺は黙って、その少女に向かって手を差し伸べた。
少女は一瞬、その意図を見かねていたが、冬の寒さに震えながら静かに手出して、俺の差し出した手を弱々しく握った。
それを了承と受け取った俺は、少女の弱々しい身体を丁寧に持ち上げ、おんぶした。
「名前は?」
「……無い…。」
「そうなのか?、名前が無いのは困るな…。なら、俺が付けてやるよ。」
少女は黙って男の名付けを待っている。
「名前は、『ロア』南西の島にある地域の言葉で、『長く、永遠に』って意味だ。お前には、最高だと思える一生を過ごして欲しい。よろしくな。」
その名を付けられた少女はなんだか嬉しそうだった。
まるで、この世に生まれた意味を始めて生み出したかのような清々しさがあった。
「うん」
「よし、これから俺たちの愉快な仲間を紹介するぜ?ほらっ!!あそこにいる奴らさ。
まず、あそこにいる山賊みたいな男はギークっていうんだ。見た目に反して、頭がキレるんだが、いかんせん問題児でな?酒癖が悪くて悪くて…」
「そうなの?」
「そうさ。次にあそこでふてくされてる魔術師が、ソフィアだ。あの女は怖いぞ?怒らしたら魔力の塊でぶん殴っってくるから逆らっちゃダメだ。」
「兄さん?聞こえてるわよ!?」
「やべぇ。逃げるぞロア?」
「ちょっと!?待ちなさい!!」
「面白そう!!ねぇ?グルセナ?ついていこう?」
ドゥークがグルセナの服を引っ張る。
「私も行こう!」
ドーラも駆け出した。
グルセナが焦るように2人を追いかけ始めた。
「良し!、俺と勝負だ。オリビア。あのアホに早く追いついたほうが勝ちってのはどうだ?」
「てめぇ、俺にポーカーで負けたの根に持ってるな?いいぜ、ギーク。またボコしてやる。」
「良し。皆で鬼ごっこだ。俺に追いついてみろ。」
俺の安い挑発に皆が悪乗りし始めた。
「追いついたら、説教するから。覚悟しなさい!!」
「追いつけなかったやつは、格下だからな!!」
「アハハハ。」
ロアは元気な笑顔を振りまいた。
「クスクス。」
ソフィアを中心に、皆に追いかけられながら逃げる2人は笑顔で一杯だった。
その後ろ姿を、太陽の光が反射した霜が明るく2人を照らしていた。
次回は来週の土曜日0:00です。
お楽しみに!!




