⑤「紅い鳥の騎士団 訓練編・中編②:Sideエルサレン&マーティカ」
ここは、領主の館の執務室。
その中心にテーブルの上に山盛りになっている書類の処理作業を黙々と行っている男がいた。
遠くで、騎士団員の叫び声が聞こえてくる。
ネフェタリア家の屋敷は紅い鳥の騎士団の兵舎のすぐ隣に位置していた。
いつでも紅い鳥の騎士団が駆けつけられるためである。
朝日に照らされた部屋の中、ものすごいスピードで雑務をこなしていくその人は服装は、
質素ながらも細部細部が凝っていて、いい生地が使われている。
貴族にしては質素過ぎるが、それ以上に貴族のオーラを放っていた。
ネフェタリア家の当主、ネフェタリア=エルサレンその人である。
彼は先日起きた、大事件の後始末を黙々と続けていた。
ペンが厚紙を書く音や、男がページをめくる音以外はこの部屋の中から発していなるものは無かった。
そんな静寂を破るかのように両開きのドアからノックの音がした。
「誰だ?」
エルサレンは丸メガネを上げながら動かしていたペンの先を止めてから確かめるように言った。
「私です。領主様。」
その声は、若いながらの綺麗な男の声だった。
「入りたまえ。」
入ってきたのは予想通り、私の友の紅い鳥の騎士団の騎士団長であるアードリッヒ=リクイエムだった。
青年はその美しい顔で私の書類の山を見ると苦笑いした。
「かなり立て込んでいるみたいですね。うちのエール副団長とブルーメル大隊長を貸しましょうか?」
二人は書類仕事に関してかなり優秀と聞く。
そのうちの片方の私の腹心の一人、エール副団長は、時々領内の書類作業を手伝ってもらっているので、
彼女たちの処理能力の高さは存分に知っていた。
かなり魅力的な質問だったが、私は断ることにした。
「いや、大丈夫だ。この量ならいつもの仕事量と対して変わらない。今日中に終わるさ。それに、合同訓練が近くて、忙しい君達の邪魔をするのは忍びない。君自身も後処理で忙しいだろう?」
「まあ、こちらも忙しいですが、貴方に比べたら全然ですよ。」
「前置きはもういいさ。今私は見ての通り忙しいからな。本題を聞こうか。メイド長。彼に温かい紅茶を。」
「はい。」
どこからともかく現れたメイド長が、現れてエルサレンに一礼して部屋を出ていった。
「今回の事件についてです。」
私は作業をしていた手を止めて、再び顔を上げる。
「何か、思う所があるのか?」
「ええ…今回のグレーギルドの動きが余りにも読めなかったことについてです。余りにも不自然な行動が目立っていたので、何か知っていることはありませんか?」
「何度も言うが、これはグレーギルドは私の命、及びネフェタリア領の奪取を目的としていた。これ以上もそれ以下もない。」
「しかし…それではアンお嬢様をあんなに回りくどく誘拐をするでしょうか?
あまつさえ、盗賊ギルドに見せかける偽装まで行って?私個人の推察ですが、彼らの本当の目的はアンお嬢様の身柄自身が目的のように感じられます。」
「それは私をおびき寄せるために慎重に人質取ったということだろう?それ以外にあるのか?」
「いえ、現状彼らの目的の解明に苦戦しています。それ以外にあるかないかよく分かっていません。頭が切れる貴方なら、何かお知りになられるかと。」
彼はかなり頭が切れる。私が隠していることにすでに気付いているのだろう。
しかし、アンが聖女の再来だということは私はこれを国王様及び、国務大臣殿から口止めをされているのだ。
例え、親しき友でも言うことは出来ない。
今回ばかりは隠し事をしてしまったことに友人として、申し訳ない気持ちになるが、彼は優秀だ。
これ以上は踏み込んでこないだろう。
「済まない。これ以上は国家機密でな。信頼のおける君やエールでも言えない。」
私の心からの謝罪を受け取った彼からは、怒りの表情は全く見えなかった。
どちらかと言うと仕方がない。という諦めの表情だ。
「そうですね。何度も問いかけてしまって申し訳ありません。領主様。」
「いや、良い。君は意見は良い参考になる。気にすることはないさ。
そういえば、今回の戦いで、私が推薦した冒険者達は大いに活躍したようだな。」
「ええ、今回は事案が事案でして、騎士団に足りない要素を足してくれたことには感謝の言葉を言い切れませんよ。」
「仕方がない。彼らに対抗するには彼らの想像を超える駒を常に置かねばならない。元々腰が重い軍隊では、荷が重いだろう?で、その冒険者こ中で、特に活躍した者がいたのだろう?」
「あの大剣背負った男ですね?、大剣を背負ったあの男は素晴らしい剣の腕前と聞き及んでおります。
それに、戦場での勘が鋭いとか…、気になって個人的に素性を調べたのですが、彼がどこから来たことが不明です。実に不気味ですね。」
「私もそれに関しては調べてもでてこなかった。」
「他国からのスパイの可能性もありますが、スパイがわざわざ大手柄をあげて目立つような、愚かな行為をすると思いませんね。
かといって、尻尾を全く出さないのも、どうにも怪しさが増しています。」
捉えたグレーギルドの連中に聞いた話によると、過去から蘇ったあの千人斬りの鬼神、前の100年戦争の深淵の亡霊などと噂されているが、そんなことはあり得るのだろうか?
確かに特徴は一致しているが、あの彼時を飛んでここにいるとは全く思えない。
そんなのおとぎ話の世界だろう。
「彼については、私も色々ことを当たってみることにする。何か分かったら報告してくれ。」
「コホン。ここまでは部下としての会話ですが、ここからは一人の友として話したいと思います。」
「アンか?」
アンは私が孤児院にいたところを発見して、素性を調べた所、今は途絶えたとされる聖女の血筋だということが判明した少女だ。
私は彼女を保護するために養女として召し抱えた。
私自身、子供もまだ生まれていないため、対外的には不思議ではない。
機密事項として扱っていたが、グレーギルドが彼女を嗅ぎつけて狙ってくるのは予想外だった。
一度、グレーギルドに攫われてしまったが酷い扱いは一切付けられておらず、外傷も無かったままあの3人の冒険者に救助された。
「ええ、そうです。今回は、アンお嬢様の身柄を案じて、あるお誘いに来ました。ちなみに今、彼女はどちらに?」
「娘はあれから少し、大人びてね。少々領土内にお出かけしている。」
「ああ、だからエール副団長が引張りだされていたのですね。」
顔立ちの良い青年は納得したかのような顔をした。
「それで、アンについて、何か提案があるのか?」
「彼女が誘拐されるようなきっかけがあったのは、彼女が自ら護衛から逸れてしまったことです。
現在のカノジョの周りの環境は整っておらず、精神衛生上悪いかと思われます。
ですので、王都の貴族学院に通わせるのが良いかと…彼女も、来年の春でもう9つになります。
同年代の友ができれば彼女の精神は安定するかと思われます。」
「考えておくよ。ところで、仕事の息抜きに一緒にティータイムにしよう。」
「いいですね。丁度、私もエルサレン内の村々から調査の帰りにと、お土産を買ってきていたんですよ。」
―――― ――――
私は、他の訓練生と一緒に山の急斜面を急ピッチで駆け上がっていた。
それも罠だらけの危険な道を武器を片手にただひたすらに走り続けていた。
右からは先端が丸い矢が飛んできたて、訓練生の一人の腹部を攻撃し、左からは水入りバケツがガルーの頭に当たった。
ガルーは悪態をついて水入りバケツをぶん投げたが、次の瞬間、また違う水入りバケツのトラップが飛んてきて来て、全く同じ場所に激突してしまった。
足元には訓練生を捕まえるためのマジックトラップが沢山仕掛けてあった。
なんで、守る側の私達がこんなことを?
今回の合同訓練には騎士団を大きく2つに分けて、守る側と攻める側がいる。
守る側は主に一つの小山を推定時刻まで守り切るのが目的で対して、攻める側は小山のてっぺんにある旗を取るのが目的だ。
魔法は使用禁止。
今回私達は守る側だ。
この騎士団には貴族が多い右翼側と、平民が多い左翼側の2つの派閥がある。
両派閥は特には仲が悪くないが、よくこういう競いごとではだいたい張り合うことが多い。
なんとなくお互いに負けたくないというプライドがあるのだろう。
ちなみに貴族の訓練生は攻める側だ。
よって、激戦が予想される。
実際に山を経験することは大切だと思うが、
なぜ私達が攻める側の練習をしているのか?
それもこんなに罠が沢山仕掛けられた険しい道を…
私はいきなり草むらから出てきたマンドラゴラを木刀で薙ぎ払う。マンドラゴラはやかましい叫び声を上げながら私たちが登ってきた坂を転がりながら下っていった。
みんな行き絶え絶えだ。
私の先頭に立っていた訓練生の幾人が、ロープで足首を吊るされて逆さまの状態で捕まっているのが見えた。
そのうちのいくつかは仲間に助けを求めている。
所々でいくつかの悲鳴が上がるがどれもなぜか楽しそうだった。
それもそうだ。
昨日の訓練が余りにも単純な作業だった分、今日の訓練はかなりハイテンションだからだ。
そのおかげか、訓練生全員が生き生きとしている。
いつも控えめな顔をにじませているロッシュでさえ、今では楽しそうだ。
その隣のマイだって、ガルーに起きた数々の悲劇を見て爆笑している。
今日の訓練はいくつかの疑問が残るが、とにかくアグレッシブだ。
私もつい笑顔をにじませて、隣で笑っているジェシアと顔を合わせてしまっている。
「アハハハッ。」
私達は罠を避けながらとにかく前へ進んだ。
「ハアハア、ハアハア。」
私が頂上に着く頃には25人もいた訓練生の人数が7、8人に減っていた。
リタイアしたものの、多くは気絶や罠に捕まって身動きができなくなった者たちだ。
頂上にいた殆どの者の髪の毛がボサボサになっている。
先頭に立てていた私は息を荒げながら目の前の旗を地面から抜き取った。
― ピ〜!! ―
訓練の終了の笛の合図だ。
私は笛の音とともに尻を地面に付けて、休憩をし始めた。
「ハアハア。」
「ここにたどり着いたのは、やっぱりお前らだったか…」
その声に顔を上げると、臨時教官が頂上に向かって歩いて来ていた。
今ここにいるメンバーはまず私とジェシア、ガルーとマイと珍しくロッシュ、その他はそんなに仲がよくないが時々見かける双子の兄弟ほライとロイ、最後にシークの7人だ。
全員、この訓練生達の中で、指折りの実力者だ。
ライとロイは双子なだけにコンビネーションがあるし、シークは狩人の家だからか、そこら辺の感が鋭い。
そして、ガルーは言わずもだが身体能力の強行突破で、マイは素早い動きが得意だ。
ロッシュは身体能力は高くないが頭は断然いい。
ジェシアと私はこの中では秀でた能力はないが、お互いに背中を預け合う仲だ。
私もジェシアも揃っていれば、戦争に出たって生き残れる自信がある。
それくらいお互いに大切な親友なのだ。
たまたま私の周りに優秀な人が多かったのもあるが、ここまで登ってこられたのはそういう理由だ。
私は努力をたくさんしているが、私の周りには凄い才能が沢山埋まっている。
今回だけ、たまたま生き残ったに過ぎない。
「ノルマを達成した7人には一時間の休憩と、回復ポーションと栄養食を与えよう。」
臨時教官は箱の中から全員に回復ポーションと栄養食を配っていく。
「さて、全員に配り終わった訳だが、今回の訓練はどうだった?質問もここで答えていいぜ。」
私は唖然としてしまった。
普通、教官は訓練生の意見を求めない。
軍隊としてもそうだが、部下が上官に口答えをするのを防ぐためだ。
私は余りの驚きで何もいえなかったが、隣でジェシアが手を上げた。
「ハイ、今回の訓練と昨日の訓練はどういう意図があったのでしょうか?」
「なるほど。ジェシアが言いたいことは、わからんでもない。
正直に言うとお前達は実力不足だ。ここにいる者でも、ここの正規の騎士団員に大きく劣る。」
7人の全員が黙り込む。
臨時教官に言われたことは、ここにいる全員が自覚していることだった。
「まあ、俺が本当に言いたいことはそれじゃない。
俺が本当に言いたかったことは、今回は個々の実力が勝敗を分けるわけじゃない。て、言うことだ。」
「ということは、私達の実力だけで戦うということではないということでしょうか?」
「ああ、そうだ。戦はあくまで集団戦だ。個々の実力差が大きな勝敗を分けることは少ない。」
「では、どのように私達は戦えば良いんですか?」
ジェシアの顔に期待の色が移る。
他の皆も、耳を傾けている。
当然だ。ここにいるメンバーは半場諦めているが、本当は勝ちたいのだ。
そんな気持ちがないと、ここまで来れていない。
そうでなきければ、あの罠の大群に押し負けて気絶するか、
途中で諦めて、回収係のサンソンやリリアに拾われるのを待つという結果になっていただろう。
「ああ、お前らにはこの2日間やって来たことを明日の合同訓練で発揮してほしい。これ以上は言う必要もないだろう?」
ジェシアは納得の色を見せた。
周りのメンバーの殆ども、何かを掴んだような顔をしていた。
(どういうこと…?私だけ分からなかったの?)
焦りながらも、ガルーに助けを求めた。
残念ながら、ガルーも分からないらしい。
ガルーはこういう頭を使ったことは苦手だと言っていたのを思い出した。
急いで、他のメンバーに目で助けを求めるが、全員自分たちの考えに入り込んでしまっていて私の目線に気づいていない。
ガルーと私以外は理解しているようだった。
えっ?、私、ガルーと同じくらいの知能なの?
な、なんか凄い不服なんだけど…!?
次回は再来週の土曜日0:00です。
次回もお楽しみに!!




