⑧「幸運と不運」
リリアの追跡を振り切ったサンソンは眠りの風に重い足取りで入っていくのだった。追跡者が同じ宿へと向かっているのを知らずに…。
アンセムはぐったりしながら夕日が沈みだし、暗くなり始めた頃に賑わう声の聞こえてる眠りの風の扉を開けた。
店の扉についている鐘が鳴るとすぐに青の含んだ黒髪の女店主が元気な声で迎えてくれた。
「おかえり。おや、どうしたんだい?そんなげっそりして。」
「久しぶりに全力で運動したら疲れちまってな…。」
女店主は一瞬、本当にそれだけかい?とでも言いたげな顔をしたがすぐにどこか見覚えのある優しい笑顔に戻る。
ここの常連はこの笑顔に惹かれてやってくるのだろう。それくらい魅力的だ。
「そうかい?じゃあ今日は疲れが吹っ飛ぶようなボリュームのある特別なメニューにしようかね!!」
気を使ってくれたのだろう。俺はその行為に甘えることにした。
「ありがとな。」
「なぁに、羽振りの良いお客さんにサービスするのは当たり前さ。すでにこの一ヶ月分の代賃は受けってるしね。そうだ!今日は自室でゆっくりと食べたいだろう?先に身体を拭いて待ってておくれ。」
そう言って女店主はタオルが掛けてあるお湯の入った丸い棺桶を差し出してきた。
俺はそれを受け取ってから階段を登り、自室へと戻った。
今日は散々な目に合ったな〜。
俺は口うるさいバードを壁に立てかけて服や革鎧を外して全裸になり、お湯でにタオルをつけて汗でベタベタになった傷後の多い身体を吹きながら今日一日を振り返った。
昨日決闘の時打ち負かした冒険者の少女と遭遇してしまった。
あの青髪の少女の動き、誰かと似ているような?
彼女と短い一瞬の時間だったが槍の動きがどこか昔覚えのある槍術だったような?
俺の残った記憶では俺は昔、傭兵になっていたはずだ。
随分昔に死んだ父の意思を継いで傭兵になろうとしたんだっけな?
確か誰かと一緒に傭兵になったような…。
確か薄い青色で…、黒が混じっている髪色で…、丁度眠りの風の女店主に雰囲気が似ていて…、笑い方もどこか記憶の片隅に笑っている彼女を思わせる。
えっと名前はオリ…。
あと少しで名前が出てきそうな時、部屋のドアが開けられる音とともに女店主が入ってきた。
「さあ料理を持ってきたよ!タオルと棺桶回収する……よ……………!??!!?」
俺は思わぬタイミングにやってきた邪魔に不完全燃焼を覚えながら、振り向く。
(クソッ…。あとちょっとで思い出せそうなのに…?)
(ん?どうしたんだ?)
なんで女店主は俺の下の方を見て顔を真っ赤にしているんだ?
すると女店主は恥ずかしそうにしながらゆっくりと料理の乗っているお盆を近くのテーブルに置いて顔を手で覆いながら(結局目は覆い隠されていない)指を下の方に向ける。
俺は今どんな状態なのかを思い出し、この状況を深く理解した。
俺は今、裸のままだったのだ…。
「すっ、済まない。」
俺は急いで女店主が指差していたものを隠すように背中を向けて顔だけを後ろに向けて謝る。
彼女はまだ混乱しているようだ。未だにドギマギしている。
「料理が出来て、その…しばらく経った後だし、もし疲れて寝ているなら料理を届けるついでに起こしてやろうと思ってたんだよ!?別にあんたの裸を覗こうっとしたわけじゃないんだからね!?」
彼女は俺に対して悪くもないのに言い訳を繰り返している。
そのうちに俺の裸を思い出してしまったのか顔を更に赤く染めて頭から湯気が出て一瞬気を失い、倒れそうになった。
俺は急いで駆けつけて倒れそうになった女店主を抱える。
「おい!!大丈夫か!?」
「う〜ん……、ハッ!」
幸い女店主はすぐに気を取り戻したがまた俺の方を見てしまい、また顔を赤らめる。
今度はしっかりと顔を手で覆いながら言った。
「あんた…、その…、凶器をしまって頂戴……。」
俺は女店主が後ろを向いて待っててくれる間に、素早く服を着た。
ふと外を見ると窓の外は街灯一つ無い真っ暗闇になっていた。
どうやら、自分でも気がつかないうちにかなり長い時間考えこんでしまっていたようだ。
女店主も俺が着替えている間に冷静さを取り戻したのか、俺が合図をして振り向いた時には真っ赤になっていた顔を少しは収めることができていた。
俺は改めて謝ることにした。
「済まない。深く考え事をしていたんだ。」
「良いよ良いよ。それに男前な身体を隅々まで見たんだ。こっちが得したよんなもんさ。」
彼女の顔はまだ熱を帯びていたが、冗談が言えるくらいには冷静になっているようだ。
「いい加減食べないと料理が冷めちゃう。2人分運んで来たんだけど、良かったら一緒にどう?」
二人はベッドで隣に座りながら無言のまま、食事を進めていた。
うぅ…。少し気まずい……。
俺はこの気まずい空間をどうにかできないか必死に考えるのを嫌いとする頭をフル回転して考える。
こんなときどうすれば良いんだ。
記憶を失う前の俺、こういうときどうしていたんだ。
思い出せ。昔の俺!!
そっそうだ。まだこの女店主のことをあまり知れていない。まだ俺の名前もちゃんと言っていない。
よし…。
「そういえばまだお互いの名前を聞いていなかったな…。良かったら教えてくれ。俺の名はアンセム。傭兵を職業としているものだ。最近は副業の冒険者として行動しているんだ。」
「私はジルよ。知っての通り、ここ眠りの風で一人店主をしているものさ。へぇ…、アンセム。平和が続いている今どきは傭兵なんて少なくなって、冒険者が主流なのに珍しいね。」
俺はドワーフの爺さんから聞いた話を思い出しながら彼女の疑問に答える。
50年前、ここマクロス王国が中心に和平交渉をおこなって大陸の各国は停戦協定が結ばれてから今に至るまで戦争が起きなかったらしい。
かなり平和な時が過ぎて需要のあった傭兵稼業が廃れて、今では主に魔物を退治したり、未開拓地に入り浸って、ダンジョンを探索すするのを主にしている冒険者稼業の需要が主軸になっていると言っていたな。
「ああ、これでも昔は名をはせていたんだぜ。」
俺のわざとらしい冗談に彼女は笑ってくれた。
(ふう…。)
どうやら気まずい空気は彼女の元気な笑い声でかき消されたようだ。
「じゃあ、傭兵さん。私が生活に困ったら雇って貰おうかしら?料理や家事はお手のものよ!!」
「良いぜ!俺もジルの料理、気に入ってたからな。」
「もし私が傭兵になったら世界中を旅したいわね。国や山、海の向こう側だって見たいわ!!」
この後俺とジルは夜中になるまで冒険話に花を咲かせていった。
彼女と一緒にいるとどこかホッと安心してしまう。
何故だろうか?
多分ジル本人のもの凄い包容力のせいなのだろうと俺は無理矢理納得して、再び会話を楽しむことにした。
数刻が過ぎた頃だろうか、店の扉の鐘がなった。
「あら?話しすぎちゃった!お客さんの相手もしなきゃいけないし、今日はここまでね。それじゃあまた明日ねアンセム。」
俺はもっとたくさん話をしたかったが、諦めることにした。
「ああ、今日も飯美味かったよ。」
そう言って、笑顔で彼女を見送った。
今日はぐっすり眠れそうだ。
リリアは最悪の気分で一人、眠りから覚めてムクリと居心地の良い宿のベッドから体を起こした。
この気分の悪さの原因はサンソンを救うための作戦がうまくいかないことのイライラもあったが、
一番の原因はあの男に決闘でかなり手加減をされていることが昨日の追跡中にわかったからだ。
あいつは魔剣を持っていた。
魔剣は内蔵されている魔力が尽きない限り、魔法を詠唱無しに行える。
それは相手にとって悪夢でしかない。
前触れもなくもの凄く速く飛んできた魔法を瞬時に判断し、対処をしなければいけない。
それもいつ発動されるかわからない状態で。
それを使われたら魔剣の存在を知らない相手なら、一瞬でケリがついてしまうだろう。
なのに魔剣を使用せずにあえて口で詠唱をしていた。
完全に遊ばれていたことに腹が立ってしょうがなかった。
そしてそれを許してしまう自分の実力不足も…。
「あ〜もうっ!」
(本当にイライラするわ!!)
このまま不貞腐れても時間の無駄なのでさっさとボサボサになった髪をとかしたりして捜索の準備をすることにした。
準備を済ませて階段を降りる。
いつものいい匂いが漂ってきた。
ジルに今日は癒してもらって、一日分の活力を取り戻させてもらおう。
食堂に向かうといつも通りジルが食卓の準備をしていた。
「あら、おはようリリア。もうできそうだからいつものカウンターに座ってて。」
やっぱりジルの笑顔は私の疲れを癒やしてくれる。
(あれ?)
いつもはこの時間誰もいない筈だけど、今日は珍しく一人客がいた。
(まあいっか!)
「ジル、おはよう。」
「どうしたの?やけに元気がないじゃないの。」
「ちょっとね…。」
「こういうときはご飯を食べて元気出しな!!」
そう言って男から席一個を空かせてカウンターに座った。
やっと目が覚めてきたので、少し隣を覗く。
この男性は大剣を隣にかけていた。魔剣かな?
珍しいな………………ま、魔剣!!?
「なんでこんな所にいるのよ!?」
男もゆっくりしていたのだろう。
私の声に驚いて椅子から転げ降りそうになりながらこちらを見る。
すると男は目を見開いて、すぐに逃げようとした。
「逃さないわ!」
私は逃さないように素早く動いて男の逃げ道を塞ぎ壁際にに追い詰めた。
「さあ、観念しなさい!!あなたにやってもらいたいことがあるの。」
男はやっと観念したらしく、苦笑いをしながら答える。
「なにをだよ?」
「それはあなたが完全に逃げられなくなったら言ってあげる。ほら一番端のカウンターに座って朝食でも食べながら話しましょう。大丈夫。何も危害は加えないわ。」
「女神セスティアに誓ってか?」
少し古い誓いだがよく祖母に聞かされた話を聞かされたことを思い出す。
この誓いを破ったものは必ず何かしら酷い目に遭うということを…。
「ええ、誓うわ。」
私が誓うと男は黙って私の指差したカウンター席に座った。
私も一つ開けて席に座る。
「さて、今から頼みたいことをがあるわ。」
ついに少女に見つかってしまい追い詰められてしまったアンセム。
その少女からある依頼を受けさせられることになるのだった…。
次回は金曜日の0:00に投稿します。お楽しみに!!




