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扱いやすい優等生

 タバコは苦手だけど、堂野と仲良くなるために吸い始めた。「喫煙所行こうぜ」と気軽に誘えるのが良い。

 この日も寮前に設置されたガラス張りの喫煙所で、翔平は堂野とタバコを吸っていた。他には誰もいない。せっかく二人きりになれたのだ。今日こそ……男子校って、やっぱ男同士で付き合う奴とかいるの? と聞きたいが、緊張してタバコに逃げてしまう。もう一本……と箱を見たら空だった。

「堂野、悪いけど一本くんない?」

 今の、自然体でいいぞ、と自分を褒める。

「物の貸し借りは禁止だろ」

「え?」

 翔平は瞬きした。まさか断られるなんて。たちまち羞恥に駆られる。仲良くなったつもりでいたのは自分だけだった。……やばい、恥ずい。

「そうだよな、悪い」

 目を伏せ、薄く笑った。こういう時こそタバコに逃げたいのに……と泣きたくなる。

 ふいにタバコを一本差し出され、翔平は苦笑しながらかぶりを振った。

「いいって」

「吸ってくれ」

「悪いよ」

「お前の口には合わないだろうが」

 同じ銘柄だ。何を言っているんだと、翔平は顔を上げた。タバコを吸う堂野の横顔にドキリとする。半分ほどになったそれを口から外し、堂野は翔平の口に突っ込んだ。

「っ!?」

 ご、ご褒美ですかっ? 翔平はめいっぱい息を吸った。

「っ……ゲホッ、ごほッ」

 なんだこれ。翔平は咳き込みながら堂野を見た。味が……

 ハッとし、もう一度タバコを吸った。

「……血」

「ロンド用のタバコだ。箱は変えた。知られて良いことなんかないからな」

 それを自分に教えてくれたのだ。驚きよりも、嬉しさが勝った。

「いいのか? 俺には……知られても」

 堂野の鋭い視線が動く。ジッと射るように見つめられ、翔平は顔が熱くなった。

「黙っててくれるか」

「も、もちろんっ」

「……まあ、人事は知ってるから、学生に知られても問題はないが、できるだけ秘密にしておきたい。ロンドは犯罪者予備軍だからな」

「そんなっ……違うって」

 確かに、ロンドの犯罪率は異常に高い。でもどんな犯罪であれ、それを後押しするのは環境や人間性で、生まれ持っての体質じゃない……というのが翔平の考えだが、世間がそうでないことも知っている。自分の考えは、高校時代の恩師の影響だ。彼はロンドだったが、物腰が柔らかく、みんなの人気者だった。

「そんなの人によるって。俺が一番世話になった先生、ロンドだったし。みんなに好かれてたよ。ワルツだって嘘ついて気を引こうとする子もいたくらいで……あ、そういやその先生、白樺学園出身って言ってたかも!」

 翔平は嬉しくなったが、堂野はなぜか寂しそうに笑った。「このタバコな」と言って、さっき翔平に差し出した一本に火をつける。

「一本四千円」

「たかっ!」

 いくらなんでも……ああでも、コンビニに売ってるパウチに入った人肉は爪の先ほどの大きさで二千円だし……

 口の中に広がる血の風味に意識がいき、翔平はむせた。

「その教師は食うものに困らなかったんだろう。ロンドの犯行動機は空腹だ。満たされているうちは平静でいられる」

「空腹ったって、普通のご飯も食べるだろ?」

 ワルツの血肉は嗜好品だろ、というのは控えた。

「普通の飯じゃどうしても満たせない空間がある。性欲に近いな。ずっと抜かなきゃおかしくなるだろう。実際、それでおかしくなった奴がいた。そいつはこういうものに頼らなかったんだ」

 堂野はタバコを口に運んだ。翔平はもう二度と味わいたくないが、堂野は平気な顔でそれを吸う。

「頼らなくて……そいつはどうなったんだ?」

「俺の恋人を襲った」

「そ、それ……いつの話?」

 堂野は質問の意図に気づいたのか、くすりと笑った。

「高校時代だ」

 ドッと心臓が跳ねた。それって……それって、俺にもチャンスがあるってこと? 

 いや、ちょっと待て。その恋人と今でも続いている可能性があるではないか。堂野はロンドで、相手はワルツ。よほどのことがなきゃ、堂野は手放さないんじゃないか?

 翔平は堂野を盗み見た。俺だって、こんな良い男と付き合えたら手放さないし……

「い、今でもその恋人と……続いてんの?」

 言った瞬間、俺の馬鹿っ! と心の中で叱咤した。絶対今聞くことじゃない。ここは「そいつ、人の恋人襲うなんてサイテーだな」と罵るべきだ。

「いや」

 堂野はたっぷり時間をかけてタバコを吸うと、まだ長いそれを、灰皿スタンドににじり潰した。

「死んだ」

「え…………あっ」

 ワクチンの副作用で亡くなったのだと、翔平は察した。24年前から2年間、富裕層の間で流行った死のワクチンだ。これを投与すれば、ワルツは味がしなくなる……その触れ込みに、捕食者から子供を守ろうと富裕層が飛びついた。

 でもワクチンの効果は4年しか続かなかった。通常、ワクチン開発には副作用やその効果を調べるために2年必要とされている。2年で流通が止まったのは、実験台としてワクチンを投与されたワルツが4歳となり、効果が切れたためだろう。

 ワクチンに効果はなかった……それが、返金対応で済ませた製薬会社の言い分だった。購入者は納得し、それから16年は何事もなかった。でも実際は、実験台となったワルツはひっそりと亡くなり、開発者は明るみになるのを恐れてか、責任を感じてか、自殺していた。

 そして4年前、ワクチンを打ったワルツの死亡が報告された。あのワクチンを投与された者は全員、二十歳を迎えることなく亡くなった。



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