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獣になれない傍観者

 一週間後、佐伯は三崎を呼びつけた。一週間空いたのは、屋根裏部屋を掃除していたからだ。物を詰めて置き、窓辺にスペースを作った。ホコリを払った革張りのソファでそのスペースを取り囲み、絨毯を敷いた。本棚と机もある。小型冷蔵庫は佐伯がどこかから持ってきた。

「こんなところに秘密基地なんか作って」

 三崎に睨まれ、拓真はソファの上で緊張した。

「きみは何か勘違いしているようだけど、特待生が生徒会にいられるのは、いじめのターゲットにされないためだ。今までの特待生はちゃんとわきまえていたよ。寄付金で建てられたサロンには寄りつこうとしなかった」

 三好が冷ややかに言い、拓真は尻のあたりがムズムズした。確かに、そうだと思った。この学園は実家の太さが全てだ。

「くだらない。その寄付金を払ったのはあんたじゃないだろ」

 佐伯が言い、三崎の視線が素早く移った。

「俺を誰だと思ってる? 俺の実家は」

「うまい体を持つ男」

 三崎の体がびくりと震える。

「さあ、脱いでください。ここを綺麗にしたのはあんたのためでもあるんですよ。せっかくのご馳走をホコリで台無しにしたくない」

 三崎はムッと唇を尖らせ、目を伏せた。みるみると顔が赤らんでいく。佐伯の言った通り、ワルツにとって「うまい」はかなり効くらしい。大人しく制服を脱ぎ始めた。

「恭介が怪しむから、今日は……」

 三崎はパンツを履いたまま、手を止めた。

「今日は? なんですか?」

 三崎はひとつ息を吸った。

「しゃ、射精はしたくない」

「堂野先輩に言えばいいじゃないですか。今日は一年生にあげたから残ってないって」

「……言えるわけないだろうっ」

 キッと顔を上げた三崎の唇を、佐伯は自然な動作で奪った。

 ちゅっちゅと音の立つキスが交わされる。佐伯は三崎をソファに追いやり、横に押し倒した。

「ふっ……んっ」

 股間に伸びた佐伯の手を、三崎が掴んで止める。

 佐伯が唾液を引きながら唇を離す。獰猛な目つきに拓真はゾッとしたが、それを正面から受ける三崎の表情に怯えはなく、むしろ恍惚としていた。

「堂野先輩は昨日も飲んでたじゃないですか」

 三崎の瞳が動揺する。隠しカメラで見られていると知らないのだ。

「俺はあんたの味を知ってるのに、一週間も我慢したんだ」

「ん、ふっ……んんっ」

「三崎先輩、いいだろ? 堂野先輩ばっかりずるいよ」

 佐伯は恋人に甘えるように言う。

「俺、こんなにうまい体初めてなんだよ。他のワルツなんか食べられない」

 佐伯が他のワルツを食べないのは信念によるものだが、三崎は感化されたらしい。手の力を抜いた。

「いいの?」

 佐伯がからかうように言う。三崎は恥じらうように目を逸らした。ちょうど、つぶさに観察していた拓真と目が合う。

 三崎は拓真の股間を見て、目を見張った。その愛らしい表情も、佐伯が唇を塞いで隠れてしまう。

「んっ……」

 一体、どんな味がするんだろう。拓真は、三崎の体を味わうことのできないもどかしさで苦しくなった。不謹慎かもしれない。でもそれを味わえるロンドの佐伯が羨ましくて仕方がなかった。

 

 三崎を解放した後、拓真は佐伯とLIVE映像を鑑賞した。

 出ない出ないと訴える三崎を堂野は怪しんだ。前回はプレイの一つとしてそれを楽しんでいたように見えたが、この日は中断してまで三崎を追及した。

『相手は誰だ』

 堂野は男がいると決めつける。

『相手なんかいない……変な誤解するなって』

『ならどうして石鹸で体を洗った?』

『……汗、かいたからだよ』

『水で流せば済むだろ』

 三崎が押し黙り、剣呑な沈黙が流れる。佐伯は「バカだなあ。石鹸なんか使うなよ」と無責任に笑った。

「大丈夫かな?」

「まあ別れることはないでしょ。あの体を手放すのは惜しいだろうし」

「……そんなに美味しいの?」

「めちゃくちゃうまいよ」

 佐伯は舌舐めずりした。

「ど、どんな味?」

「普通の食べ物の味がわからないから、甘いとしか言えないかな」

「甘いんだ……」

 また股間がむくむくした。いかんいかんとかぶりを振る。

「それが本当の味かはわからないけどね」

 ワルツの味は生活習慣や精神状態で変わると言われている。佐伯の発言はそういう意味合いかと思ったが、違った。

「金持ちはワクチン打ってるから」

「ワクチン?」

 佐伯は本棚へ向かうと、そこから分厚い医学書を引き抜いた。本棚は半分ずつ使おうと決めたが、拓真のスペースは半分も埋まっていない。逆に佐伯のスペースは難解な学術本でいっぱいだ。

 医学書には大量に付箋が貼られており、佐伯は目当てのページを素早く探し当てるとソファに座った。

 見せられたページには、『生体調節機能の無効化』と書いてある。

「ロンドの餌食にならないよう、ワルツの体を作り替えるワクチンだよ。二十年前、富裕層の間で流行した。これを打てば味のしない体になる……そういう触れ込みでね。ただし生後一ヶ月以内限定」

「でも……」

 スマホ画面の中で、三崎は堂野に体を舐められている。誤解が解けたのか、堂野が食欲に抗えなかったのか。

「バカ高いワクチンは効かなかった。正確には、四年で効果が切れた。表向き、ワクチンは人体になんの影響もないとされている。購入者は返金だけで納得した。でも、なにかしらの副作用があると俺は思う。効果は切れてしまったけれど、四年は味がしなかったんだから」

「副作用……」

 佐伯は分厚い本をパタンと閉じ、それを顔の横に掲げた。

「この本はもうどこにも出回っていない。こっそり回収されたんだよ」

「それを読めば、副作用がわかるってこと? 知られちゃまずいことが?」

「俺はわからなかった。ここにはワクチンの仕組みが書いてあるだけさ。そもそも副作用は治験でしか確認できないと言われている」

 真面目な顔で聞いていると、佐伯はくすりと笑った。

「まあつまり、三崎先輩が美味しいのはワクチンの副作用かもしれないってこと」

「ああ……」

 なんだ、副作用って言うから、深刻な話かと思った。

「そ、そんなに美味しいの?」

 また会話が戻る。きっと佐伯と三崎の関係が続く限り、自分は何度でも同じ質問をするのだろう。

「うん。ロンドでよかったって思うくらい」

 まさか、拓真の不謹慎な嫉妬を見透かしたのか、佐伯は意地悪に微笑んで言った。



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