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うしろめたい体

「頼む瑛太えもん。お前だけが頼りなんだ」

 もう後がなかった。沖縄から同じものを取り寄せたが、裕一郎は「これじゃない」とブチギレた。仕入れ先、加工業者を回って、「これなら」というものを持っていったが、それも違うと門前払い。ついには耀司自ら採取用の器具を持って、沖縄へ飛んだ。

「ちょっとした小遣い稼ぎで、気軽に売ってたんだって。でも美味いって評判になって、注文が殺到して、ヤクザみたいな男に付き纏われたり、家族を脅されたりして散々な目に遭って、味が落ちたっぽい。これは沖縄の店舗に奇跡的に残ってたやつ」

 耀司はガラス瓶をステンレスの台に置いた。中にはサイコロ大の肉の欠片が入っている。

 瑛太が「ふうん」と手に取る。

 研究室だった。佐伯瑛太とは高校時代からの付き合いで、卒業して十年が経った今でも交流がある。高校時代、彼は生徒会副会長を強姦するという大事件を起こし、同じ年に同級生を自殺未遂に追いやった。

 まじヤバイ奴。あいつとは関わらない方がいい。

 それが、全校生徒の共通認識となった。

 無論、耀司も寄り付かないようにしていた。副会長を強姦しただけでも激ヤバなのに、その上、同級生を自殺に追い込むなんて鬼畜。人でなしだ。

 そう思っていたのに、自分から近づいたのは、あと三百万、どうしても必要だったからだ。

「加工年月日から考えて、それは美味い肉と断言できる。最後の絶品肉だ」

「で、俺にどうしろって?」

「ううんっ、決まってるだろお〜っ! バイバインだよ、バイバインっ! このカケラを増やしてくれ」

 この研究室で、瑛太は培養肉の開発をしている。

 同時進行で医薬品の開発をしたり、学術書の監修もしているらしいが、彼が力を入れているのはあくまで培養肉開発だ。

 高校時代の強姦事件は突発的な行動ではないと、彼と関わった者ならわかる。彼はロンドでありながら、ロンドを異常者と言って忌み嫌っているのだ。

 搾取されるワルツを無くすため……彼以上にワルツのためを思う人間……ロンドを、耀司は知らない。

「無理だね。普通のワルツの肉を増やすことはできない」

「はあ? それって決定事項? 培養肉開発、諦めたわけ?」

「諦めたわけじゃない。ワルツの肉体を改造すればできないこともないからね。でもそれは危険だからって、許可が下りない。俺としては、ロンドの体質改善を優先したいんだけど」

「えっと……つまりワルツの肉体を改造すれば、培養肉はできるってこと?」

 ならあのうみんちゅの肉体を……と考えたのを、見抜かれたのだろう。瑛太はひとつため息をついて言った。

「赤子のうちにワクチンを打つ必要がある。成長した人間に打ったところで効果はない。培養肉を作るのに適した肉体を作るには、長い年月がかかる」

「ワクチンねえ……死のワクチンの事例があるからなあ」

 無理だろうなと耀司がぼやくと、瑛太は形のいい唇を引き上げた。

「まさに、そのワクチンを打つ必要がある」

「え?」

「死のワクチンさ。それを打ったワルツの肉体は、増やすことができる」

「まさかお前……許可が下りないって……」

「死のワクチンの使用許可」

「下りるわけないだろう……っ」

「でも治療すれば治る。もう不治の病じゃない」

「だからって……」

「ま、そういうことだ。この肉を増やすことはできない。万が一、死のワクチンを打っていたら別だけど」

「それはない。彼は二十一歳だし、富裕層でもない」

「なら無理だ。大人しく別の肉を探すんだな」

「探したさ。でも『これじゃない』『まずい』って文句ばっかり。その肉を超える肉が見つからないんだ。……はあ、やっぱり量り売りの肉は質が悪くてダメだ」

「なにを贅沢な。味がするだけで十分だろ」

 瑛太が露骨に不機嫌な顔をする。耀司は彼の背後に回り込み、肩を揉んだ。

「おっ、凝ってるねえ」

「媚びたって無駄だ。瑞貴の肉は絶対やらないからな」

 やっぱり見抜かれていた。

 培養肉開発が進んでいないことは知っていた。うみんちゅの肉の培養はダメもとで頼んでみただけだ。本命は彼の恋人、山縣瑞貴の肉の入手。

 自殺未遂に追い込まれた学生だ。彼が自室のトイレで意識不明で見つかった時、耀司は自室で借用書を書いていた。隣の部屋から委員長の悲鳴が聞こえてきて、何事かと駆けつけると、真っ赤に染まったトイレの横で、委員長が全裸の男を抱き抱えていた。

 その側に、ピンク色の破片が落ちていた。血が付着していて、それで手首を切ったのだとわかった。なぜカミソリやハサミではないのだろう。そもそもこれはなんなのか。好奇心か、あるいは生々しい現場からの現実逃避か、耀司はそれを拾い上げた。

 早く救急車をっ!

 委員長が怒鳴って、耀司は我に返った。スマホを取りに自室に戻り、119番に発信した。詳しい状況を説明するため、再び隣の部屋へ行こうと廊下に出た時、顔面蒼白の瑛太を見た。

 その後の聞き取りで、瑛太は瑞貴にしたことを白状した。ワルツではない教員や学生はいまいちピンと来ていなかったが、それを聞いた耀司は戦慄した。まずいまずいと言われながら貪られ、犯される。想像しただけで血の気が引いた。

「なあ、頼むよ。瑞貴くん、美味いんだろ?」

「美味いよ」

 ドキリとした。自分から聞いておいて、耀司は不愉快になる。

「ふうん。じゃあくれよ」

「嫌に決まってるだろ。どこに恋人の体を金持ちに差し出す男がいるんだ」

 そんなに必要ならと、瑛太は小瓶を置いて、耀司に近づいた。端正な顔面がクッと迫り、耀司は身構える。瑞貴が入院している間の一年間、耀司は三百万の見返りに体を与えていた。瑛太とはキスもフェラもした仲だ。

 それは耀司にとって、けして嫌な経験などではなく、男に組み敷かれる悦びに目覚めた発見だった。今でも時折、当時の記憶を掘り起こしては一人で己を慰めている。

「お前の肉をやればいだろ。美味いんだから」

 瑛太はそれだけ言って、離れていった。

(なんだよ……)

 心臓がバクバクと騒がしい。美味いって言うなら、キスくらいしろよ。俺を味わえよ。

「嫌だね。大事な体を傷つけたくない」

 不貞腐れて言った。耀司の体に傷はない。血肉を喰われることに興味はあったが、そのために体を傷つけるのには抵抗があった。

 自殺未遂現場を見たのも大きかった。瑞貴の背中のあちこちに貼られた、血の滲んだガーゼ……あんなふうになりたくないと思った。

「俺だって瑞貴の体を傷つけたくない」

「とかいって、貪ってるんじゃないの。瑞貴くん、たくさん喰う場所あるじゃん」

 瑛太が目尻を吊り上げた。耀司はますます乱暴な気持ちになる。

「何を躊躇う必要があるんだよ。どうせボロボロの体だろ。削り取ったって何も変わらない」

 瑛太は小瓶を手に取り、スタスタと部屋を横断する。

「あっ、ちょっ!」

 最後の絶品肉を捨てられるのかと思った。慌てて彼の後を追う。

「ごめんって! まじで捨てるのだけはっ……なっ!」

 瑛太は小瓶から肉を取り出すと、コーヒーメーカーのような、透明な機械の中に投入した。ボンッ、カッカッカ……と機械が不穏な音を立て始める。

「な、おいっ! 止めてくれっ! 大事な肉をどうする気だっ!」

「下手に触るな」

「頼む、出してくれっ! ああっ……煙がっ……おいっ! 苦労して見つけたんだぞっ! 沖縄まで行ってっ!」

 赤いランプが点滅した。パカっと透明な蓋がオープンする。肉を投入した場所とは別の空間……何もなかったそこに、溢れんばかりのミンチ状の肉が出現しているではないか。

「なんですか、これ」

「培養肉」

「へ?」

「増やしてやったんだよ。多少味の質は落ちるけど」

「ま、まじでっ? だってさっき!」

「公表前だから、秘密にしておきたかったんだよ。お前も余計なことを言うんじゃないぞ」

 尊敬の念が込み上げる。さすが瑛太えもん。お前はやっぱりすごい。天才だ。ひとしきり褒めちぎり、肩を揉んだ。

「で、本物は?」

 瑛太はオリジナルを投入した部分を開け、サイコロ肉を取り出した。

「おおっ……無事で良かった! ささ、お家に戻ろうな。よしよし」

 耀司が慎重に小瓶に戻すのを、瑛太は気味悪そうに見つめていた。


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