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獣になれない傍観者

 なりたいのは友達であって、共犯ではないのだが……

「そう言うことなんで、脱いでください」

 埃っぽい屋根裏部屋。佐伯が三崎を脅すその後ろで、拓真は(学校生活、終わったな)と絶望していた。いくらなんでも、動画ひとつで三崎が言いなりになるはずがない。報復されるのがオチだ。

 三崎は素直に制服を脱いだ。酷い目に遭ったという、既成事実を作るためだろう。

 殺されるなと拓真は思った。今度ばかりは、佐伯と関わったことを心の底から後悔した。

「パンツもですよ。堂野先輩、うまそうにあんたの精液飲んでたじゃないですか。俺にも飲ませてくださいよ」

 佐伯は動画を再生した。『んっ……うまい?』『ああ。この世で一番うまい』二人の甘ったるい会話がスマホから流れる。

「……脱ぐから、それ、止めてくれ」

 三崎はか細い声で言い、ぎこちなく下着を脱いだ。昨日、大胆にソファで足を広げていた美しい男は、恥ずかしそうに肘を触り、股間を隠している。

 佐伯が大股で近づくと、三崎の薄い身体はびくりと震えた。

「さ、佐伯くん……やっぱりこんなこと……」

 拓真が控えめに言うと、三崎が救いを求めるような眼差しを向けてきた。けれど佐伯の手が三崎の顎を捉えて、彼の顔を上向かせてしまう。

「んっ……」

 佐伯が三崎の唇に喰らいつく。キスなんて生ぬるいものじゃない。暴力のような激しさで、佐伯は三崎の唇を貪った。三崎は立っているのもままならないようで、佐伯に腰を支えられている。

「は、んんっ……」

 どれくらい、そうしていただろう。拓真は時間を忘れて見入ってしまった。もちろん勃起している。

 佐伯が唇を離した時、三崎はぼんやりと心ここにあらずという表情をしていた。

「驚いた。あんためちゃくちゃうまいね」

 三崎が、我に帰ったように目を見開いた。

 佐伯は耳元に顔を近づけ、何やら囁く。三崎の頬がカッと朱に染まった。


「骨の髄まで喰らいたい」

 何を囁いたのだと問うと、佐伯はそう答えた。

 あの後、佐伯は三好の体を隅々まで貪った。唾液、汗、精液……三崎は今、生徒会長室で堂野に手コキされているはずだが、佐伯が搾り尽くしたので、もう出るものなどないはずだ。

「ワルツは味を褒められるのが一番の幸せだからね。相手が嫌いな相手でも、うまいって言われるのは快感なんだよ。俺たちロンドは汗や唾液も味わうことができるけれど、本当に喰いたいのは血肉なんだ。それと同様に、ワルツも本能の深いところでは血肉を喰われることを望んでる。直接むしゃぶられて、だよ。削り取られて加工肉にされたいわけじゃない」

 拓真と佐伯は屋根裏部屋に残っていた。この学園はどこもかしこも豪華絢爛だが、ここは質素で居心地がいい。

 佐伯はスマホを取り出した。画面を操作し、映像を再生する。右上に「LIVE」と表示されていた。生徒会長室だ。ソファでじゃれあう堂野と三崎が映っている。

「どうしたの、これ?」

「カメラを仕掛けた。ベストポジションだね」

 なんて男だ。

「きみの心臓は毛むくじゃらだろうね」

「なにそれ不味そう。ワルツに言ったら嫌われるよ」

 三崎の苦痛に歪む顔まで、カメラは鮮明に映してる。堂野の『我慢するな』という声まで。

「ははっ、聞いたかい? 出るものがないだけなのに」

 佐伯は肩を揺らして笑った。

「三崎先輩が告げ口したらどうするのさ」

「しないよ。二人の家は保守的だからね。同性愛なんて許されない」

「でも堂野先輩には言うかもしれない」

「そうしたら二人まとめて脅せばいい。怯えることはないさ」

 ため息が出た。

「きみは、三崎先輩に恨みでもあるの?」

「ははっ、恨みか。そんなものはないよ」

「ならどうして……」

「俺は食盲だよ。普通の食べ物を、普通の人のように味わうことはできない。きみも味覚障害になってみるといい。歯ごたえとか食感が苦痛でしかないとわかるから」

 拓真は「ごめん」と言って俯いた。

 佐伯はかぶりを振る。

「嫌味が過ぎたね。俺こそごめん」

「……佐伯くんは、食堂のご飯を食べないもんね」

「うん。ああいうのは食べない。俺が食べなくたって誰かが食べるし、供給がなくなることはないってわかってる。でも嫌なんだ。俺は加害者になりたくない」

 スマホから、『今日は出ない』という、三崎のか細い声がした。

 佐伯は鼻で笑った。

「まあ、加害者には変わりないか」 

 三崎が『ワインで我慢して』と訴える。テーブルに置かれたワインはワルツの血だ。

 堂野はグラスに入ったワインを一息に飲み干すと、『こんな不味いもの』と言ってグラスを放った。

 画面が揺れた。佐伯の持つ手が、怒りに震えたのだ。

「俺は、自分が酷いことをしているとは思わない。世の中には無理矢理血肉を搾取される人間がいるんだ。汗や精液を要求するなんて可愛いもんさ」

 佐伯には独自の哲学がある。ちょっと羨ましく思った。自分は必修科目以外の何かに興味を持ったことがない。

 ふと彼の進路に興味が湧き、「佐伯くんは将来、何になりたいの?」と聞いた。

「研究者」

 画面の中で、三崎はイヤイヤと首を振る。出ないと言っているのに、堂野はしつこかった。三崎の乳首や唇をなぶりながら、股間をシゴく。

 拓真はドキドキしてしまうのだが、佐伯の目は冷めたものだ。

「俺は食盲をこの世から無くしたい。食盲さえいなくなれば、搾取される人間はいなくなる。だから研究者になって、治療薬を作る」

「……すごいな、佐伯くんは」

 佐伯が特待生枠で入学していたら、拓真はここにはいなかった。

「佐伯くんは、どうして特待生枠を使わなかったの?」

「そりゃ、特待生と仲良くしたかったからさ。俺がそれで入学したら、同級生は金持ちだけになるからね」

 拓真は自分で良かったのかと不安になった。それを見透かしたように、佐伯は「伊藤くんと出会えて良かった」と言った。

 卒業までとは言わず、卒業後もずっと彼の隣にいたい。それが拓真の夢になった。


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