表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/47

美味しくなろうね

「良いと思うよ。きみは遠慮しすぎだと思ってたんだ。それに、好きに金を使った方が、佐伯くんのお父さんも気が楽になると思う」

 この日は委員長と買い物に出掛けた。三崎の頼みであることは、黙っている。

 ルームウェア、香水、肌触りの良いタオル、化粧品……

 三崎に頼まれたものを買って、病院へ戻る途中だった。

「また死んだって。ワクチン打った馬鹿」

 通りに面したカフェの、テラス席からだった。

「悲惨だよな。急に余命宣告されて、何もできずに死を待つしかないなんて」

「ちょー自業自得だと思うけど。自分たちだけ救われようとするから悪いんだ」

「それなあ。マジで1ミリも同情できねえ」

「金持ちが減って嬉しいわ」

 勝手に足が動いていた。紙袋が手から離れたことにも気づかない。

 委員長が「山縣くん?」と困惑しながら、それを拾った。

「何が自業自得だよ」

 自分より少し上。大学生風の三人組だった。瑞貴はテーブルの前までずんずんと歩み、三人を見下ろした。そのうちの一人が「なんだ?」と立ち上がる。

「なんで嬉しいんだよ。お前ら何知ってんだよ。関わったことあるのかよ。なんか意地悪されたのかよ……」

 腹が立つ。瑛太が怒るのも当然だ。あの日、自分は三崎の死を嘲笑った。こいつらと全く同じ気持ちで、「死んでもらわないと困る」と、呪いをかけた。

「ふざけんな。自分の子供……救おうとして何が悪いんだよ。開発者信じて、金払ってワクチン打つことが、どうして馬鹿なんだよっ」

「山縣くんっ……」

「あー、もしかしてイイトコのお坊ちゃん?」

 立ち上がった男が、瑞貴と委員長を交互に見て、白けた様子で言った。

「お友達死にそう、とか?」

 別の男がニヤニヤと言った。その表情にカッと激情が込み上げる。

「ふざけんなっ」

「山縣くんっ!」

 男に掴み掛かった手を、委員長に止められる。

「え、え、俺、どうなっちゃうの? お金持ちコワイよ! 俺消されちゃうのかなっ?」

 胸ぐらを掴まれた男が首を傾げ、仲間に笑いかけた。

 瑞貴は委員長によって男から離された。呼吸が乱れて、肩が上下に振れた。

「行こう。こんな連中相手にしたらいけないよ」

 委員長に抱き抱えられるようにして、ふらふらと通りに向かった。

「ご愁傷様っ!」

 振り向こうとしたのを、「山縣くん!」と委員長の切羽詰まった声に止められる。

「あんな連中に絡んで、何になるんだ。ワクチンを打った人が助かるわけでも、きみがスッキリするわけでもない。不愉快になるだけだよ」

「……本当に助からないの?」

「無理だろうね。主要な開発者は自殺してしまったし、今生き残っているのは僕たちの二個上……三崎先輩の代だけど、三崎先輩……もう、いつ死んでもおかしくないって」

 喉がひゅっと鳴った。委員長は、三崎が同じ病院にいることを知らない。同級生か卒業生から、三崎の情報を聞いたのだろう。

「目が見えなくなったら一ヶ月。三崎先輩、もう目が見えなくなってるんだって。そこまで進行したらもう、仮に治療薬ができたとしても手遅れだ」

「……そんな」

 委員長が、不思議そうにこちらを見た。

「意外だな。三崎先輩のことなんて、むしろ死ねって思ってるのかと思った」

「いや……」

「まあ、心で思うのと、実際に死なれるのは別だよね。僕もあの人好きじゃないけど、気の毒だとは思うよ」

 委員長と別れて病院に戻ると、正面玄関から男が現れた。一瞬、見慣れた制服姿じゃないから誰かと思ったが、間違いない……堂野だ。

(堂野さん……見舞いにきてるんだ……)

 良かったと思った。三崎と堂野の関係は、今でも続いているのだ。

 堂野の元へ、黒塗りのベンツが横付けされる。ベンツが去った後、瑞貴は三崎の病室へ急いだ。

「三崎さんっ……堂野さん、来てたんですね……」

 三崎は顔を両手でおおい、泣いていた。

「三崎さん?」

 両手に持った紙袋を落とし、三崎の元へ駆け寄った。

「遅いっ! もっと早く帰ってこいよっ!」

 顔をおおったまま、三崎は怒鳴った。

「でも……でもさっき、堂野さんが……」

「恭介が来る前にっ……帰ってこいって言ってるんだよっ! 恭介……今日も喰ってくれなかった……」

 ズキンと胸が痛んだ。三崎はそればかり言っている。

 三崎は怒りをぶちまけると、しくしくと泣き出した。

 瑞貴は背中をさすることしかできない。

「……買ってきてくれた?」

 泣いた後、三崎はポツリと言った。

「はいっ……見てください」

 言って、目が見えないのだと気づく。額に汗を浮かべながら、瑞貴は紙袋から買ったものを取り出し、ベッドのテーブルに並べた。

「これ、色は?」

 三崎はシルク素材のルームウェアに触れた。

「白樺学園の制服と同じ、アイスブルーです」

「そう……香水は?」

「出しますね」

 箱からガラス瓶を取り出し、三崎の手の甲に吹きかけた。

 三崎は手の甲を鼻に寄せ、くんくんと匂いを嗅ぐ。

「ムスクとアルデヒド。官能的で甘い香りがするものと聞いて、これを勧められました。ムスクには、異性を惹きつける効果があるそうですよ」

「うん……悪くない。他には?」

 他、三つの香水を順に吹きかける。三崎は何度も香りを比べ、最終的に瑞貴に意見を求めた。

「……どれが、そそられる?」

 頼りない声に、グッと胸が締め付けられた。

「恭介は、どれなら喰いついてくれるかな」

「俺……は、堂野さんのことは、わかりません。……俺は、この匂いが好きです」

 そう言って、瑞貴は一番最初に取り出した香水を三崎の手に握らせた。三崎が自ら手に吹きかける。乾燥した唇が微笑んだ。

「俺もこれ」

 目が見えなくなったら一ヶ月。

 委員長の言葉が頭に過り、瑞貴はハッと口を塞いだ。根性で嗚咽を止める。でも涙は我慢できなかった。

 この人を憎み切ることができていれば……

 この人が、あの頃のように俺を蔑んでいれば……

 あの日、「救われた」と告白した瑞貴に、三崎は泣きながら謝った。体を求められない辛さを、自分はわかってなかったのだと。そうして散々泣いて、謝った後は、ヒステリックに笑い出し、「いい気味だろう」「嬉しいだろう」と卑屈な言葉を呪詛のように連ねた。

 瑞貴は逃げた。「いい気味」だとも、「嬉しい」とも思っていない。でも、胸を張って否定することができなかった。

 翌日、三崎の部屋を訪ねると、彼はまた泣きながら謝り、ベッドを抜けて病室を彷徨った。呆然と立ち尽くすだけの瑞貴に触れて、しがみついて、彼は「もうすぐ死ぬから、それまで仲良くして」と言った。

「化粧品は?」

 三崎が言う。

 瑞貴は基礎化粧品を箱から出していく。貝殻モチーフの容器に入ったファンデーション、化粧下地、コンシーラー……以前の三崎なら必要としなかった品々だ。彼がこれを欲しがる気持ちを思うとたまらなかった。

 三崎さんの肌は、綺麗ですよ。

 欲しいものリストを読んだ時、励ますつもりでそう言うと、三崎は「嘘をつくな」と激昂した。堂野に「顔色が悪い」と指摘されたのだという。

 堂野は三崎を喰おうとしない。でも様子を見に来るほど心配しているのだ。「顔色が悪い」というのも、単に体調を案じてのことだろう。

 正体の知れない相手にも、三崎は「喰って」とせがむのだ。堂野に「喰って」と泣き縋る様子がありありと浮かんだ。

「色味は……きみを信じるよ。恭介……明日も来るって言ってたから、明日、やってくれる? 人に化粧、できる?」

「徹夜で練習します」

 三崎が微笑み、唇の皮が割れた。瑞貴は慌ててリップクリームの封を切り、彼の唇を保湿した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ