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美味しくなろうね

「今日は外でしようか」

 学食から寮へ向かう途中で、伊藤にボソッと囁かれた。

「……もう、お前とはしない」

「え……なんでっ?」 

 無視して先を進んだ。

「なんでさっ」

 腕を掴まれ、引き留められた。夕食は時間をずらしているため、外廊下には、他には誰もいない。

「セックスなんて無意味だ。俺は美味くない」

 伊藤は小動物のようなつぶらな目をぱちくりさせた。

「……どうしたの? もしかして、佐伯くんに喰べられたの?」

 サッと目を逸らしたのを、伊藤は肯定と受け取った。

「そっか……瑞貴くん、すごく美味しいけど、佐伯くんは舌が肥えてるから……三崎先輩の時なんて、すごかったからね。もう、がっついてがっついて……僕はいつも呆れて見てたよ」

 そんな言葉にも傷つき、涙が込み上げた。掴まれた腕を振り払い、足を進める。

「待って!」

「しつこいっ! もう、放っといてくれっ!」

「もっと効果的な方法がある。きみが嫌がると思って、黙ってたけど……」

「……なんだよ」

「騎乗位」

「死ね」

「ほらね。だから言わなかったんだよ。でも、ちゃんとエビデンスがある、立派な医療行為なんだよ」

「何が医療行為だ。あんなに……やったのに、瑛太くんはひとことも美味いって言わなかったぞ」

 トドメに、「唯斗さんと……全然違う」だ。思い出して、唇を噛み締めた。

「でも、『まずい』って言われたわけじゃないんでしょ?」

「それは……」

「生徒会のロンドの人たちには、なんて言われたんだっけ?」

 美味くない、イマイチ、しょっぱい、不合格……

「瑛太くんに味を非難されたわけじゃないんだよね? ……すごいことだよ。だって彼は、三崎先輩を喰ってたんだよ? 他の学生よりよっぽど舌の肥えた彼が、何も言わなかったんだよ? 自信持った方がいいよ」

「……そう、かな」

「そうだよっ! いっぱいセックスしたから、体が熟して、美味しくなったんだよ」

 耳朶まで熱くなった。

「もっと頑張れば、もっと、もーっと美味しくなるよ。僕はね、神秘的なワルツの体が大好きなんだ。誰よりも詳しい自信があるよ」

「でも……騎乗位に、効果はないだろ」

 伊藤は慇懃に首を振った。

「ううん。美味しくなるのに大事なのは『自主性』だよ。美味しくなあれ、って念じながら、積極的に快感を得ようとすることで、細胞は活性化して、美味しく進化するんだ。瑞貴はいつも受け身でしょ? 『気持ちい』とかも言わないよね。そういう姿勢だと、やっぱり効果は少ないよ」

「……さ、先に言えよ……そういうことは」

「ごめんね。初めてのきみに言う話じゃないと思ってさ」

 瑛太は「これからはきみを喰わせてもらう」と言ったのだ。腹が減ったら、また部屋にやってくる。だったら、美味しくなるためにやれることは全部やりたい。

「場所……変えるのも、効果あんの?」

「うん。スリリングな方がいいね。筋トレと一緒。大きいダメージは『強化』になるんだ」

「……そう」

「そうだ、いっそのこと、生徒会長室でやるのはどう?」

「はっ?」

「サロンの部屋は施錠しないんだよ。鍵が開いていれば、誰もいないってこと。生徒会長室なら、むしろ誰も近づかないし、入っちゃえば安全だと思う。それでスリルは満点だしね。美味しくなるのにぴったりだよ」

 それならと、瑞貴は頷いた。美味しくなるためなら、ちょっとした犯罪にも手を染めてしまいそうだ。

 深夜、瑞貴は伊藤とサロンへ向かった。サロンは常に全室照明が付いていて、こんな時間にも関わらず、遊戯室は賑やかだった。

 生徒会長室はシンとしていた。中に誰もいないことを確認し、伊藤は扉を開ける。

「っ……」

 学生のための部屋とは思えない、贅を尽くした内装に、瑞貴は言葉を失った。

「すごいよね。初めてここに来た時は落ち込んだな。あーあ、人生って不平等だな。金、あるところにはあるんだなって」

 伊藤は鍵を閉め、服を脱ぎながら窓際のソファへ向かう。

「この部屋で、このソファで、堂野先輩と三崎先輩はヤリまくってるんだよ。きっと歴代の生徒会長がそうやって、情欲を貪ってきたんだ。金持ちに生まれたってだけで人生イージーモード。僕みたいな庶民が必死に勉強しても、ここでは底辺だ」

 三崎の、勝ち誇ったような表情を思い出した。

 彼が、何をしたというんだろう。ただ綺麗な顔に生まれて、金持ちに生まれて……それだけで堂野にも瑛太にも愛されて……

 どこまでも沈んでいきそうな気持ちを、腹に力を込めて引き留めた。

 すでに伊藤は下半身を脱いで、ソファに待機している。

 瑞貴はソファへ向かい、ズボンとパンツを脱いで伊藤の上にまたがった。ゆっくりと腰を落としていく。

「すごい。ずぶずぶ飲み込んでく」

「うる、さい……準備っ……して、きたんだよっ」

 伊藤は瑞貴のシャツのボタンを外していく。胸元をはだけ、小さな突起に吸い付いた。

「んっ……」

「瑞貴、動いて。ちゃんと『気持ちい』って、言って」

 ジワリと涙が溢れた。

「気持ち……い」

 美味しくなりたい。

 美味しくなれ……俺の体。

 念じながら、瑞貴は懸命に腰を振った。


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