美味しくなろうね
「だ、大丈夫……っ?」
床に伏せったまま、嗚咽していると、慌ただしい足音が駆け寄ってきた。
「ひどい……っ」
傷口に何かを当てがわれた。押さえつけられ、ピリッと痛みが走る。
「いっ……」
「ごめんっ……痛いよね。でも必要なことだから……少しだけ我慢して」
顔を上げる。そばにいたのは、童顔な学生だった。この学園は垢抜けた学生が多いが、彼は頬に余計な丸みがあり、髪も跳ねていて野暮ったい。
「きみは佐伯くんの……その、食糧要員って聞いたんだけど、本当?」
瑞貴のクラスでは、転校前から噂になっていたというし、学年の違う三崎も知っていた。もっとも三崎は生徒会副会長だから、他の学生より情報が早いのかもしれない。
転校して三週間。瑞貴が瑛太の食糧要員であることは、誰もが認識しているものと思っていた。
「ご、ごめんっ……失礼なこと聞いて……」
「いや……驚いただけ。みんな知ってるものと思ったから」
瑞貴が答えると、彼は力なく笑った。
「僕……佐伯くんしか友達いないから」
瑞貴は瞬きする。てっきり瑛太は一匹狼かと思っていた。
でも考えてみれば、瑛太は三崎と関係を持っていたし、昔から人を惹きつける魅力がある。
「……まあ、そう思ってたのは僕だけだったみたいだけど」
切ない声で言いながら、彼は瑞貴の剥き出しの尻を撫で回す。
「な、なにっ?」
びっくりして体を横にひねった。濡れた股間が露わになり、彼の視線が注がれる。
瑞貴は慌てて足を閉じ、膝を抱えてしゃがんだ。
「ごめんっ……つい……」
「ついってなんだよっ……」
心臓がバクバクと騒がしい。
「美味しそうって、思って……」
彼は瑞貴の正面に跪くと、頬を赤くして言った。じっと顔を見つめられ、瑞貴はたまらず俯く。
「そそられたんだ」
嘘つくな。傷口がジクリと痛んだ。あとは自分でやるから、どっかいけ。
「……お前、ロンドなの?」
心の中で用意した言葉とは、別の言葉が出た。
「うん。きみからすごくいい匂いがする」
「う、嘘だっ……」
ぶんぶんと首を横に振った。
「嘘じゃない。すごくいい匂いだ」
顎先を捕らえられ、顔が上向く。
童顔な顔が迫った。顔を背けて拒むこともできたが、そうしなかった。唇が重なる。まるで腫らすことを目的とするかのように、ものすごい吸引力で吸い上げられた。
「ふっ……んんっ」
呼吸ができない。両手で押して拒もうとするが、力が入らない。
男は完全に理性を失っていた。舌先を喉元まで突き入れられ、えづきが込み上げ、唇を塞がれたまま嗚咽した。苦しい……こんなの、嫌だ。
「はっ……はあっ」
「すごい……こんなに美味しい体、初めてだ」
熱い吐息と共に、甘ったるい褒め言葉をかけられる。
嫌悪感が弾け、代わりに悦びが湧き上がった。乱暴なキスも、自分の味に夢中になったのだとしたら、許せた。
「佐伯くんはずるいな……こんなに美味しい体を独り占めできるなんて……」
瑞貴は力なくかぶりを振った。
「瑛太くんは……俺のこと喰わないから」
「え?」
「俺じゃそそられないんだよ。だから三崎さんを……」
でもこれからは、自分で我慢してもらわなければならない。それか、学食。……だったらなんのために自分はここにいるんだろう。瑞貴は自嘲した。
「そんな……何で……おかしいよ。だってきみは、こんなに美味しいのに……」
「お前は安上がりなだけさ。俺は不味いよ。最低料金でしか買い取ってもらえない」
三崎の後に、瑛太に体を喰わせる……考えただけでゾッとした。瑛太が満足するはずがない。嫌だ……まずい体だと知られたくない。
瑞貴は膝に顔を埋めた。
「……どうしたら美味くなるんだろ」
ワルツの味は、生活習慣や精神状態によって変わると言われている。その経験がないから、瑞貴にはピンとこない。
でも美味しくなれる可能性があるなら、すがりたかった。三崎の味には敵わなくても、拒絶されない程度の味になりたい。
「きみは……じゅうぶん美味しいよ……」
頭をそろそろと撫でられる。
「でも……美味しくなる方法は、あるよ」
ハッと顔を上げた瑞貴に、男はにっこり微笑んで、「たくさんセックスすること」と言った。




