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美味しくなろうね

「佐伯くんを拒んでたんだろう。きみは自分の役目を放棄した。ロンドにとって、空腹がどれだけ辛いか分かってなかったんだ」

 三崎が言う。視線が、一斉に瑞貴に集った。

 けれど生徒会長……堂野は瑛太を睨んだままだ。

「お、俺は別に……別に、佐伯くんをどうこうしてほしいなんて、思ってない。恭介だって、ロンドの苦しみなら分かってやれるだろ?」

 三崎がおもねるように言う。堂野はやっと、三崎を見た。

「許せと?」

「もう、いいだろ。俺がいいって言ってるんだから」

 堂野は血走った目を再び瑛太に向けた。

 あの二人もできてるのかと、瑞貴は白けた気分になった。

 三崎は堂野と付き合いながら、瑛太をつまみ食いしていたのだ。瑛太が知らなかったとは考えにくい。きっと瑛太は、三崎が堂野のものと知った上で、その関係を持っていた。危険を犯してまで味わう体はさぞ美味かったに違いない。父親が寄越した薄汚い男なんて、とても喰う気になれないはずだ。

 俺は馬鹿だ。瑞貴は自分自身を嘲笑った。

「お前」

 堂野がこちらを見た。

「佐伯を拒んだのか」

 俺も馬鹿だが、あんたはもっと馬鹿だ。

「あんたさ、隣にいる奴のこと、信用しない方がいいよ」

 堂野のきりりとした眉が怪訝に動いた。三崎は……無反応。

「何言ってんだっ」

 また、カコンと頭を叩かれる。

 同じだなと瑞貴は思った。どこへ行っても、自分に発言権はない。誰も自分の言葉など信じない。

 別にいい。ただ、三崎の狼狽する顔が見れなかったのは残念に思う。

「佐伯、お前のしたことは退学に値する行為だが、お前は生徒会で、成績も優秀だと聞く。今回は見逃してやる。だが次はないと思え」

 堂野言葉に、瑞貴はホッとした。でも瑛太は無反応。学生二人に両腕を掴まれながら、ブスッとそっぽを向いている。

「山縣、佐伯を拒んだのか」

 堂野が再び問う。瑞貴は瑛太を見るが、彼がフォローしてくれる気配はない。

「はい。拒みました」

 認めた。味のする体を持ってるのに、求められない方が恥ずかしい。だったら悪者になっても、自分が拒んだことにする方がマシな気がした。

「喰われたくなかったんです。学費とか払ってもらったけど、それとこれとは別っていうか……俺、人にベタベタ触られるの嫌なんですよね」

 チラチラ瑛太を見るが、彼は頑としてこちらを見ようとしない。

(なんだよ……こうなってるのは、お前のせいだろうっ……)

「佐久間、矢田、そいつを調理室に連れて行け」

 堂野が言うと、瑞貴はグイッと引き上げられた。

「ロンドは来い」

 堂野はそう言って、階段を上がる。

 背後から押されながら、瑞貴も階段を上がる。ロンドだろうか、数人が後をついてきた。

 料理番組でもやるのかとツッコみたくなるような、立派なシステムキッチンが完備された部屋。堂野の指示で瑞貴は全裸に剥かれ、傷んだ体を晒した。

「うわっ……やば、なにそれ」

「めちゃめちゃ喰われてんじゃん」

「どういうこと? 佐伯は空腹に抗えなかったわけじゃないのか?」

 こいつらは学食を喰ってるくせに、それがどうやって調達されているのかすら知らないのだ。

 全裸にされた羞恥で、ガチガチに強張っていた体から、ふっと力が抜けた。

 笑いが込み上げ、「あははっ」と声が出た。

「え、なに? 怖いんだけど」

「こいつ大丈夫?」

 ロンドの学生らは後退った。

 床に押さえつけられていた瑞貴は、むくりと両手をついて体を起こす。目の前に、堂野がしゃがんでいた。

「佐伯の実家はワルツの肉の売買を行っている。こいつの傷は肉を搾取した際にできたもので、あいつに喰われたわけじゃない。……そうだな?」

 事実を淡々と告げられ、笑みが引っ込む。

 顔を背けたが、肯定したようなものだった。「うわ……めっちゃ物理じゃん」と誰かが言った。

 堂野の手が伸び、瑞貴の二の腕……傷が塞がり、変色した部分をなぞった。

「っ……」

「ワルツの肉は、破壊と再生を繰り返すほど、美味くなるらしい」

 舌舐めずりと、唾液を飲み込む音が聞こえた。自分の置かれた状況を意識し、瑞貴は身震いする。

「……いやだ」

「お前に拒否権はない」

 堂野は立ち上がった。何も言わずに去っていく。

 頭上に影が落ち、四方から手が伸びてきた。湿った手に頭、腰、手首、二の腕を押さえつけられる。

「嫌だっ……さわっ、なっ……」

 肩口から臀部にかけて、ひんやりとしたものが通った。すぐさまピリピリとした痛みを感じ、刃物だと気づく。

「やだ……いやだっ……」

 出来たての傷に、何かが触れた。傷口をこじ開けるように、ぬめったものが押し込まれる。

「ひいっ……いっ、痛いっ……」

 ジュルッと吸い上げる音……不思議と痛みは薄かった。むしろ……

「やっ……いやだっ……」

 ジュルジュルと血肉を吸い上げられると、痺れるような快感が起こった。

(なんだよ……これ……)

 直接喰われたのは初めてで、瑞貴は自分の体に何が起こっているのかわからなかった。わからなくて、涙が溢れた。首を振って拒絶の意思を示す。

 下方にいる学生が、瑞貴の片足を曲げた。ふくらはぎに痛みが走る。

「ひっ……いっ……」

 そこもチロチロと舌先で舐められ、しゃぶられる。

 二の腕、太もも……治癒した部分が容赦無く切り付けられていく。

「やっ……んっ……う、ひあっ……」

 まるで性感帯だ。直接性器を責められているような、全身に愛撫を受けているような、壮絶な快感だった。

 噛みつかれ、びくんと腰が跳ねた。自分の声とは思えない、鼻から抜けるような声が出る。

「はっ……ぅんっ」

 嫌で嫌でたまらないのに、体が悦んでいるのがわかる。それが余計に苦痛だった。

 痛みを快楽に変換してしまうこの体が怖い。背中の肉を噛みちぎられ、ゾクゾクと皮膚がわなないた。感じるなと、心のうちで繰り返す。快楽を拾い上げるな。貪るな。

「あっ……やっ、めっ……」

 傷口に沿って指を突き入れられ、中を撫でられる。

「ひっ……いっ、た……痛いっ……」

 痛いけど、気持ちいい。

 感じるな、感じるな……抗おうとする意思が、ジュルッと卑猥にも聞こえる音によって、薄れていく。

 後ろ髪を引っ張られ、のけ反る。ナイフをノコギリのように使って、肩口を傷つけられた。

「や、……あっ……」

 ガブっと傷を塞ぐように噛みつかれた瞬間、堪えていたものが爆ぜた。

「あっ……あ、あ……」

 目も眩むような快感……絶頂だった。足の先まで甘美が突き抜け、瑞貴の体は痙攣を繰り返す。

「あ……はあっ……」

 だらしなく開いた唇から、か細い声と、唾液が滴る。もう、何も考えられなかった。絶頂の余韻を味わうことしか頭になかった。

「あんま美味くねえな」

 耳元で囁かれた声に、ハッと我に返った。体は熱いまま、心が凍りつく。

「俺も思った」

「お前、夢中で喰ってたじゃん」

「いやまあ興奮はするでしょ。直接肉喰ったの、初めてだし」

「まあね」

 ぺろっと背中を舐められた。

「あっ……」

「でもイマイチ。不合格」

「あの一年、大丈夫か? 三崎さん喰った後にこいつじゃ、満足できないんじゃないか?」

「知らねえよそんなこと。だったら学食で我慢しろ」

 意味もなく、涙がボロボロと溢れた。味を非難されただけ。それがどうしてこんなに悲しいのか、わからなかった。自分の感情についていけない。

「とにかく、次はない。また三崎さんが襲われるようなことがあったら、お前もあいつもタダじゃ済まない。わかるよな?」

 涙を拭われた。

「どう?」

「しょっぱい」

「だってさ。お前、もっと美味くなった方がいいよ。そんなんじゃ同じこと繰り返すぞ」

 散々傷つけ、食い散らかして、彼らは去っていった。

 早く傷口を手当てしないと……ダラダラと血液が流出していくのを感じ、焦る。けれど体が動かない。特に下腹部が重だるい。

 瑞貴はすすり泣くことしかできなかった。こんなことなら、あの生活を続けていればよかった。寝る間も惜しんでアルバイトして、傷が治ったら体を売って……

 あの生活から抜け出したいと思っていた。でも今は、あの生活に戻りたい。



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