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美味しくなろうね

 昼食を終えると、サロンに案内された。

「僕は生徒会じゃないから、本来ここへの立ち入りは禁止されている。ここに入れるのは、寄付金の多い学生と、学力特待生だけだ」

 中へ入る。広々としたロビーには、朱色の絨毯が敷き詰められていて、高級ホテルのラウンジのように、ゆったりとしたソファが置かれていた。

 驚いたのは、学生の数だ。もう授業は始まっているのに、みな、のんびりと談笑している。中にはワイングラウスを片手に持っている者もいる。異質な光景だった。

「これが生徒会。何をしてもお咎めなし。上には生徒会長室、シアタールーム、遊戯場、学生用の調理室があるけど、どうする? 見ていく?」

「い、いい……」

「助かるよ」

 委員長も緊張していたらしい。「じゃあ、校舎に戻ろう」と言って、さっさと外へ出ていく。

 瑞貴は出る直前で、ハッと振り返った。もしかしたら瑛太がいるかもしれない。ロビーを見渡す。けれど、それらしき人物はいなかった。

 校内を見て回り、帰りのホームルームの時間になった。一年C組が、瑞貴のクラスだ。

 委員長の簡単な紹介の後、クラスメイトに自己紹介した。

「山縣瑞貴です。よろしくお願いします」

 瑞貴は瑛太と同じクラスだが、教室に瑛太の姿はなかった。



 終業後、瑞貴は瑛太の部屋を訪ねたが、不在だった。サロンに行けば会えるだろうか。でも、あの空間はちょっと怖い。

 結局、夜になるのを待って、もう一度訪ねた。「はい」と中から声がして、心臓がドッと波打つ。

「あ、お、俺っ……山縣……瑞貴だけど……」

 ガチャリと扉が開いた。自分より背の高い男が現れ、視線を上げる。

(お兄さ……じゃなくて、瑛太くん……)

 ワッと胸が昂った。顔立ちは変わっていないが、頬の丸みが取れ、いっそう大人っぽい。

 自分はといえば、似合わない坊ちゃん刈りだ。途端に恥ずかしくなり、瑞貴はさっと俯いた。

「話は聞いてる。俺のことは心配しなくていいから、きみは普通に学校生活を送って。じゃあ」

 え?

 そっけない言葉と、扉の閉まる気配に困惑した。慌てて「待って!」と扉に手を挟む。

「待て……よ。それだけ?」

「他にある?」

 冷ややかな視線。たちまち血の気が引いた。

「あ、あるだろ……まずは、部屋ん中入れろよ……」

 瑛太にジッと見つめられ、俯きたくなったが、堪えた。突如グイッと腕を掴まれ、部屋に引っ張り込まれる。驚いたが、部屋に入れたことに安堵した。

 瑛太が顔を寄せる。瑞貴の髪に手を入れ、匂いを嗅いだ。

「俺のシャンプーとおんなじ匂い……父さんに使えって言われたの?」

 囁くような声に、ドキドキした。

「は……うん」

 年上ではないのだ。敬語を使う必要はない。

「いい匂いだよね、これ」

 瑛太は大きく息を吸い込んだ。

「……っ」

 今度は顎をつままれた。顔を上向かせられる。まるで顔立ちをチェックするように、クイッと左右に向けられ、恥ずかしい。

「そんな……見るなって……」

 手は、あっさりと離れていった。

「父さんから連絡が来たら、ちゃんと喰べさせてるって答えといて。『瑛太くんは俺の体で満足してます』って」

「それ……って」

「俺は、きみを喰うつもりはない」

 胸がきゅんと締め付けられた。

 キスぐらいすればいいじゃないか。

「腹……減ってんじゃないの?」

「別に」

「我慢……してるんだろ。それで限界が来たらまずいから、俺はここに来たんだ。もし瑛太くんが誰かを襲ったら、責められるのは俺なんだよ……」

「俺、そういうの嫌いなんだよね」

 サッと背筋が冷えた。

「きみは喰べない。きみは、俺の空腹の心配なんかしなくていい。この学校は生徒会とか学食とか、ちょっと浮世離れしてるけど、授業の質はそんなに悪くないよ。ラッキーだと思って学校生活を楽しめばいい」

「でも……」

「まあ、きみが俺に喰われたいって言うんなら、話は別だけど」

「そんなわけっ」

「ないでしょ。だからいいよ。この話は終わり。別に学費を払ってもらってるからって、下僕みたいに行動する必要はない。俺は俺で自由にするし、きみもそうすればいい。ただ、父さんから電話が来たら、テキトーに誤魔化しといて」

 口を挟む隙を与えず、瑛太は一息に言った。

「じゃあ、そういうことだから、帰ってくれる?」

 自室に戻った後も、しばらく動悸がおさまらなかった。キスを期待していた自分が恥ずかしい。久しぶりの再会だ。もっとこう……感動的なものになると思っていた。キスしているうちに興奮して、それ以上のことを求められても、喜んで受け入れるつもりでいた。

 ドアの前から動けなかった。その場にしゃがみ、膝に顔を埋めた。

(俺……なんでここにいるんだろ……)

 失敗したと思った。「喰われたい」と、素直に認めれば良かったのだ。豚の貯金箱を貰ったとき、うっすらと抱いた彼への好意は、成長した彼に再会した瞬間、明らかな恋情に形を変えたのだから。



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