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扱いやすい優等生

 最近、翔平は体づくりに励んでいる。遅れを取るのも、みんなに迷惑をかけるのも嫌だった。単位を取ればいだけの大学とは違うのだ。ここでは過程が評価される。要するに人間力だ。喫煙所で談笑しているだけでは信用されない。

 この日も終業後、翔平はグラウンドに出た。最終的にものを言うのは体力だ。自分には圧倒的にそれが足りない。

 グラウンドには長期生がたくさんいた。数人のグループで楽しげに走ったり、大鉄棒で声を掛け合いながら懸垂をしたり、短距離を競い合ったり……みな和やかにトレーニングをする中で、黙々とトラックを走る学生が目についた。キャップを目深に被っているが、雰囲気で亜城だとわかった。

 どのくらいのペースだろう。前を走る集団を次々と抜かしていく。

「ここにいたのか」

「わっ」

 間近で声がし、ギョッと身を引いた。

「堂野……おつかれ」

「自主練なら誘ってくれ」

 とくん、と胸が高鳴った。てっきり断られるかと思っていた。

「でも堂野、運動得意じゃん」

「走るのは得意じゃない。いつもついていくのに必死だ」

「またまた」

「お前こそ、抜け駆けはずるいぞ」

 抜け駆けだって。翔平はにやけそうになるのを懸命に堪えた。

「おう、じゃあこれからは誘うわ」

 二人でトラックを走る。堂野は翔平の体力を試しているのか、どんどんペースを上げていく。自主練にしてはちょっとストイックじゃないですか、と文句を言いそうになったが、これはこれで楽しいかも、と思い直してやめた。ついていけるところまでついていくのだ。

 ザッザッザ、と背後から足音が迫ってきて、翔平は肩越しに後ろを見た。

(亜城……なんで)

 追いついたのか? 走り出した時には、前方にいたはずなのに。

 ぬらりと亜城が顔を上げ、目が合った。暗い目にゾクリとし、翔平は慌てて前を向く。

 ザッザッ、と足音が迫り、亜城が堂野の側を通って追い越した。加速し、あっという間に距離が開く。

「あいつ……やばいな」

 思わず感嘆の声が出た。

 途端、堂野のペースが急速に落ち、足が止まった。

「堂野?」

 翔平も足を止めた。

「悪い、一服してくる」

 堂野はそう言って、喫煙所の方へと歩き出す。

「えっ……待って、俺も行くっ」

 そんなに早く吸いたいのか、堂野は歩きながらポケットからタバコを取り出した。横顔はイライラしているようにも見えて、少し怖い。

 はたと思い出した。亜城はワルツだ。

「もしかして、亜城の匂い?」

 食欲が湧いて? というのは自制。

 堂野は「ああ」と唸るように言って、舌舐めずりした。

「っ!」

 ななな、なんですか今のっ!

 翔平は激しく瞬きした。舌舐めずりとか……エロすぎるって!

「え、えっと……それってつまり、ああいうのがタイプ……ってこと?」

 それは失言だったらしい。堂野にキッと睨まれる。

「ごめん」

 しゅんと謝れば、「いや、俺たちに関心がなければ、そう思うのが普通だろう」と、突き放すようなフォローをされて余計に沈んだ。しかも自分の場合、関心がないというより、堂野がロンドであることを意図的に考えないようにしていたからもっとタチが悪い。

 ロンドとか意識しないで接することが優しさだと勝手に思い込んでいた。その方が自分にとって都合がいいから、そう思おうとしていたのだ。「いつ辞めてもいい」という言い訳と何が違うのだろう。

「本能みたいなもので、趣向なんかは関係ない。普段、俺たちは食欲をそそられることがないから、どうしても気がいってしまうんだ。理性がないのかと疑いたくなるだろうが、今は自主練だから見逃してくれ。授業中なら我慢する」

「大変なんだな……」

 口から出た言葉はあまりに軽々しかったが、それが本音だった。堂野はみんなと同じ寮食を食べているが、味わえてはいないのだ。

「俺にできることがあったらなんでも言ってよ」 

 言ったものの、自分に何ができるというのだろう。一本四千円のタバコを差し上げることか? 亜城の汗の染み込んだTシャツを盗んでくるとか? いやいや、いくらなんでもキモいぞ。

 でも実際、亜城の体液に堂野はそそられるのだ。それってどんな感じだろう。



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