第8話 華桜学苑
――華桜学苑。
それは、華族の中でも特に優秀な子息・令嬢が集められた、小中高一貫のエリート学苑で。
原作でも、蒼梧・蓮・菊花の三人が初等部から在学した学校として描かれ。
遅れて白百合も、蒼梧に見初められた後に高等部から編入する設定となっていた、この世界での名門校である。
◇
「ふっ、蓮。残念だったな。この間の小テストはどうやら俺の方が点数が上だったようだ」
「蓮、お前こんな凡ミスで点数を落とすな。こんなミスで勝っても俺が嬉しくないだろう」
「おい蓮! 鍛錬するからお前も付いてこい!」
………………。
えっ?
何だかよくわからないうちにめっちゃ執着されてるんですけど!?
「おい蓮! ぼやぼやするな!」
置いていくぞ! と――。
いやいやいや、付いてこいって言ったのはあなたで!
俺は別に置いてかれても困らないからね!?
と言いながら、付いていかないとまたうるさいんだろうなあと思いつつ、とたとたと後を追いかける。
そうして、そうやって蒼梧を追いかけていく俺に対して、周りの女子たちがきゃあきゃあと囃し立てる。
――そう。
なぜだかわからないが――、いや、実際にはうっすらわかっているけども。
いまや俺は、俺たちは。
学苑内での人気者と成り上がっていた。
四大華族の筆頭家嫡男の東條蒼梧。
四大華族の嫡男で、齢9つにして守護獣を呼び出した天才少年の俺。
でもって、メインヒーローである蒼梧がイケメンなのは言わずもがななのだが。
最近気づいたけど俺、どうやらイケメン枠に入ってるっぽいね……?
え?
俺、モブ転生じゃなかったの?
これもチートの一環ですか?
いやいや、原作でモブだった西園寺蓮のキャラ絵とかまじまじ見てないから、イケメン可否チェックとかしてないよね。俺、男だし。
でも今、実際に鏡に映った自分を見ると、確かにまあ……、イケメンって言われちゃそうなのかもなという綺麗な顔の作りはしている。
やっぱ転生チートかなあ……?
チートってすげえなあ……、とかそんなことを思いながらだな。
いつのまにか俺と蒼梧は、華桜学苑初等部の二大貴公子として名を馳せているらしかった。
なんなんだ二大貴公子って……。
◇
「おい、蓮。白を出せ」
「…………」
蒼梧に連れてこられた中庭の片隅にある四阿の下で。
「白を出せ」と言われた俺は、それまでずっと無言で姿を隠して側に付き添わせていた子猫姿の白を実体化させる。
「ふふ。おい白」
頭を撫でさせろ、と蒼梧が言うと『にゃーお』とまるで猫のような鳴き声をあげながら白はいつも案外素直に蒼梧に頭を撫でさせてやっている。
普段は尊大でただ煩いなとしか思えない蒼梧も、こうしてみると普通の10歳の綺麗な少年に見える。
どうやら蒼梧は、守護獣に対する畏敬の念と憧れが並はずれて高いらしく。
こうやって時々、白を出しては撫でさせろとせっつかれた。
「……俺にもいつか、守護獣を呼び出せる日が来るんだろうか」
白を撫でながら、蒼梧がそう、ぽつりと零す。
「…………」
それに対して――、俺は既に答えを知っていたが、何も言わずに口をつぐむ。
原作の――【しらゆりの花嫁】の東条蒼梧は。
東の守護獣――蒼龍を呼び出せる、当代最強の異能使いとして描かれていた。
本来であれば、これから数年後、こいつは蒼龍を召喚させることが出来うるはず――なのだが。
原作ではなかった、白虎の召喚をなし得ている自分という、大きな改変が。
それに作用していないとは言い切れず。
気休めを言ってぬか喜びさせるのが一番良くないことだと、俺は心のどこかでわかっていた。
こいつより先に俺が白虎を呼び出していなければ、こいつにこんな思いをさせることもなかったのだろうな、と思いながら、いつも白を撫でる蒼梧をじっと見ているにとどめていたのだった。
◇
さて。
またまた話は変わり。
まさか、前世の記憶を取り戻した後、学苑に通学するようになり、メインヒーローに絡まれることになるとは思っていなかった俺だったが。
蒼梧に絡まれるようになった影響は、学苑内だけには留まらなかった。
「聞きましたわぁ蓮様。最近、東條家の蒼梧様と仲がおよろしいんですってね?」
しかも、蒼梧様と双璧をなす優秀ぶりだとか――、と。
夕餉の席で、継母・早苗さんが俺に向かって話題を振ってきた。
わー、でたー!
わかりやすく地位権力に弱くておもねってくるやーつ!
どこで聞いたんだかわからないけど、どうせ東條家と懇意にするチャーンス! とか思ってんだろうな……。
「ねえあなた、どうかしら? 一度東條家のご子息をうちにご招待したら……」
いやいや、しかもそこで何で父に聞くかね?
大方、父親から言われたら俺も従わざるを得ないって考えなんだろうけどさあ……。
「いえ。確かに東條の御子息とは、同学年ということで親しくさせていただいてはいますが……。どうでしょう、今この時に彼を我が家にお呼びするのは時期尚早かと」
「あ……、あら、どういうこと?」
「我ら四家の力関係の問題もあります。僕が彼と学苑内で親しくしておく程度であれば問題ないでしょうが、表立って我が家へ招待するとなると、他家に対する重圧もありますし」
なので、あくまでも水面化で関係を築いておいて、ここぞと言うときに発揮する案の方が有効なのではないか、と。
早苗さんに対してと言うよりは、父に対して主張をしてみせた。
「なるほど……。確かに蓮の言うことはもっともだな」
「あ、あなた……!」
「なに。慌てることはない。蓮の言う通り、早計にことを進めて仕損じるよりも、着実にお膳立てをしていった方が確実だと言うことだ。いや全く。我が家は優秀な跡取りを得たものだ」
そう言って、はははと笑う父の横で、またしても継母が悔しそうに歯噛みする。
――うーん、これは……。多分今のうちから菊華を蒼梧と仲良くさせておいて、許嫁とかにしておきたかったんだろうなあ……。
まあ、そうは問屋が下さないんだけどね、と思いながら。
俺はもぐもぐと残りの食事を咀嚼した。
ほんとうに、面白いくらいに早苗さんの悪巧みはとどまるところがないなと思った。