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【書籍化】悪役令嬢の兄に転生した華族令息の俺、破滅回避のために妹教育を頑張ったら、最高に可愛いブラコン令嬢を爆誕させてしまいました  作者: 遠 都衣
初等部編

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第27話 それぞれの母

「父上は?」

「まだお仕事よ。今日は少し帰りが遅くなるみたい」


 言いながら、蒼梧の母が手ずからお茶を淹れてくれる。


 ……あれ、この香り。


「これ、この間貰ったのと同じお茶?」


 あたりにただようお茶の香りは、先日、蒼梧が俺にマフィンのお礼にと言ってくれたお茶と同じ香りがした。


「ああ」

「あら。あのお茶、蓮様に差し上げたのだったの」

「……うん」


 俺たちの会話を聞きつけた蒼梧の母が、嬉しそうに会話に入ってくる。


「そう……。いかがだったかしら? お口にあったならよかったのですけれど」

「とっても美味しかったです。香り高くて。良いお茶をありがとうございます」

「気に入っていただけたならよかった」


 そう言いながら、蒼梧の母が俺の前にことりとティーカップを置く。


 屋敷の外観は圧巻の和式建築を装っていたが、中に入ると上品に和と洋が融合されたインテリアになっていた。

 案内された部屋も、品の良い瀟洒(しょうしゃ)なソファセットと照明が、これ以上他に正しい位置がないのではないかというほどに収まり良く配置され、暖かい雰囲気を醸し出している。


 俺は、いただきます、と一言ことわってから、目の前に出されたティーカップに口をつけた。


「……美味しいですね」


 お世辞ではなく、心の底から感嘆して言葉が溢《こぼ》れでた。

 家で自分で淹れた時も美味しいとは思ったが、今淹れてもらったお茶は、その数倍も香りが良く、ほのかな甘味が口当たり良く舌に馴染んだ。


「この人、お茶を淹れるのだけは誰よりも美味いんだ」

「まあ蒼梧。母親に向かってこの人だなんて」


 そういって、蒼梧の軽口にじとりと睨んで返す親子の姿は、とても関係が良好そうに見えた。


「蓮様には確か、妹君がいらっしゃるのよね? うちにも女の子がひとりでもいたら、この子ももう少し蓮様みたいな柔らかい男の子に育っていたのかしら……」

「妹とそう変わらないご様子の母上がいらっしゃるから十分じゃないですか。それに、俺は母上に十分優しいですよ」

「ほら蓮様。お聞きになって? ……まったく、減らず口ばかり達者になるんですもの」


 蒼梧の言葉を全肯定するわけではないが、確かに蒼梧の母は、母の顔と少女の顔を行ったり来たりさせる、面白い御人だと思って俺も眺めていた。


 そうして、母親がこのようなふわふわとしたどこか浮世離れした人だからこそ、蒼梧がこんなにもしっかりとした子供になったんだろうなと思っていると。


 そこに「奥様」と、女中の一人が外から声をかけてくる。

 呼ばれた方の蒼梧の母は「残念、呼ばれてしまったわ」といって、本当に残念そうに微笑みながら席を立った。


「まあでも、お友達同士の会話にいつまでも母親がいるのも野暮だものね。騒がしくさせてしまってごめんなさい」


 どうぞゆっくりなさっていってね、と言い残し。

 蒼梧の母は部屋を退室して行った。


「悪いな、騒がしくて」

「いや。素敵な母君じゃないか」

「……そう、か」


 そこで――蒼梧が一瞬、俺の言葉に、本当にあるかないかのほんの微かな間で言葉を詰まらせたのだが。

 俺はそれを、あえて気づかないふりをした。

 

 もしかしたらこの時に、蒼梧が、俺の母親が他界していることに思い至って気遣ったのかもしれないし。

 それとも単に、自分の母親に対する俺のコメントに、なにか思うところがあったのかもしれない。


 ――真相はわからない。聞かない。


 ただ、この時に俺が、このふたりの親子を見ながら思い出していたのは、西園寺蓮の母親――霞のことではなく。


 前世の、自分の母親のことで。


 それが逆に、俺の中で西園寺蓮の母親、霞に対する申し訳なさを増長させた。


 ――薄情な息子で、ごめん。

 

 自分にとって現世での母の霞という人は、転生者といえど確かに母に変わりなく。

 でも、前世の母親と過ごした時間と比べてしまうと、どうしても霞とは過ごした長さも密度も違ってて。


 ――優しい人だった、とは思う。


 しかし華族という立場での親子であるせいか、それとも時代のせいなのか、西園寺蓮の母親に対しては、思慕を募らせるような明確な思い出と言えるような思い出をどうしても甦らせることができず。


 ――息子として生まれてきたのに。これまで悼《いた》んであげられなくて、ごめんね。と。


 西園寺霞という、今世では僅かの間ながら母親であった女性に対して、初めて、そんな気持ちを抱いたのだった。


 そんな思いを押し隠しながら「せっかく時間があるなら、宿題でもやるか」と蒼梧に切り出し、場の空気を変えたのだったが。



 その後、仕事から帰ってきた蒼梧の父とも鉢合わせし。


 蒼梧の父は、蒼梧本人のイメージからすると意外にも、線の細い穏やかそうな男性だった。

 そうして、思いのほか遅くまで居座ってしまったことにその時になってようやく気がついた俺は、挨拶もそこそこに丁重にお暇させてもらったのだが。

 


 帰り際の玄関先で「あの子ね、うちで学苑のことを話す時、あなたの話ばかりするのよ」と、蒼梧の母から悪戯っぽく「うふふ」と耳打ちされた。


 そうして、「この子のこと、これからもよろしくお願いね」と言われながら見送られたのだが。


 ――蒼梧くんのお母様。


 原作では、いまから十数年後に、あなたの息子さんが僕の家を没落させることになるんですよ――。

 

 と。


 そんなことを思いながら。


 まあ、もうここまできたら、最悪菊華が将来やらかしても温情でなんとかしてもらえるくらいに仲良くなるしかないかと腹を括りつつ、家路についたのであった。

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