4.元婚約者たちの末路と、明日も彼女は菓子を焼く。
あれから一年経ち、晴れて婚約者となった二人は王都を訪れていた。両家の話し合いの末、今から一年後に挙式することが決まり、ドレスやブーケなどを決めるためだ。
少し疲れたシエンナとスフェーンは、ティールームに入り、各々好きな飲み物とお菓子を頼んで一息ついていた。
「ねぇ聞いた!ディラン殿下……じゃなかった。ディラン様とロゼッタ様のこと!」
店内に響く楽しげな声の中に、シエンナは聞き覚えのある名前を耳にしたので、その声の主を探す。近くの席に座る三人組の令嬢の一人の声と分かり、その話を盗み聞きした。
「聞いたわ!ベネット侯爵家の汚職に関与していたんでしょう?」
あらあらと、シエンナは目の前に座るスフェーンを見ると、彼は意味深な笑顔を浮かべていた。
「そうそう!エスメ女子修道院に入られたメイジー様のつけられていた日記を元に調査して明らかになったのよね?」
「えぇ。修道院長が仲介になって、極秘に王家とやり取りされてたそうよ。脱税に奴隷取引……他にもあったはずよ」
「酷い話だわ」
ふぅんとシエンナはスフェーンに視線を向けると、彼はいちごを一緒に焼き込んだタルトを口に運んでいた。幸せそうに口を動かしているスフェーンを、愛おしく思いながら、シエンナは紅茶を口に運ぶ。華やかな香りが心地よく、やや渋みが強いがコクがあり美味しいと、シエンナはカップをソーサーの上に静かに置いた。
「陛下は、ディラン様がベネット侯爵家の汚職を明らかにされると信じて婿入させたのに、まさか裏切られるなんてねぇ」
「欲に目が眩んじゃったなんて、元王族として恥ずべきことよ」
情けないわと一人の令嬢が溜息を漏らす。シエンナは何となく、ディランはその行為が汚職に当たると分からなかったのではないかと思った。威張り散らす割に、周りに言われるがままなところがあったからと、呆れていると、別の令嬢が話し始める。
「でも、婚約破棄の慰謝料が結構な額だったんでしょう?」
ビクリとシエンナの体が跳ねた。令嬢たちは、そんな彼女に気付かずに話を続ける。
「え?でも、支度金から慰謝料は差し引かれたって聞いたわよ?それでも、まとまった金額が残ったって」
令嬢の声に、シエンナはホッと胸を撫で下ろした。自分への慰謝料のせいだったら気分が悪い。
「あ!でも、ロゼッタ様のシエンナ様への慰謝料は?」
「そんなに大した額じゃないらしいわよ。二人の『真実の愛』の為に、シエンナ様は減額されたらしいわ」
「でも、タダにしないところが賢いわよね!少額でも貰っておいたら、どちらが『悪い』かちゃんと分かるもの」
楽しげな令嬢たちの声に、人の不幸は蜜の味とはよく言ったものだわと、当事者のシエンナは何とも言えない気持ちで会話を聞いていた。スフェーンは呑気にコーヒーを口に運んでいる。
「あぁ、そう言えば、心労から体調を崩された陛下のご回復を祈祷するために、母である側妃殿下はエゾブ女子修道院に入られたそうよ」
「まぁ。あの規律の厳しいことで有名な……?」
「そのお陰で、陛下はお体の調子が良くなったそうよ。だから、エゾブ修道院で、一生祈りを捧げると側妃殿下はご希望なされたそうよ」
「まぁ、素晴らしい愛ね!」
側妃の行動を令嬢たちは称賛したが、実際は幽閉だろうなとシエンナが考えていると、スフェーンが自分の食べていたタルトの皿を差し出してきた。
「シエンナ。このいちごのタルト、凄く美味しいから一口食べてみて」
にこりと笑いかけたスフェーンに、近くの令嬢たちが小さく悲鳴を上げる。最近、スフェーンはリロイ王子と親しくしているせいか、王子様のような笑い方をするようになった。格好良いけど、連れである私へのご令嬢方の視線が痛いのよねと、シエンナは笑顔でいちごのタルトが載った皿を受け取り、一口頬張る。
一緒に焼き込まれた甘酸っぱいいちごと、アーモンドクリームのコクが合わさり、シエンナはその美味しさに目を輝かせた。
「とっても美味しいわ、スフェーン!」
「だろう?もう一口、食べてもいいよ?」
「いいの?ありがとう」
シエンナが微笑むと、スフェーンは頬を赤く染めて、誤魔化すように咳払いする。彼女が小さく笑いながら、いちごのタルトを食べる姿を、スフェーンはうっとりとした顔で眺めていた。すると、先程の令嬢たちの声が再び聞こえてくる。
「ベネット侯爵夫婦は領地で処刑されたのよね、確か」
少し声のトーンを落とした令嬢に、別の令嬢の興味津々な声が訊ねた。
「ディラン様とロゼッタ様はどうなったの?!」
「確か、ディラン様は断種の上、北方のヒース修道院に。ロゼッタ様は南方のコーラル女子修道院に入られたはずよ」
「どちらも規律が厳しいところね。ヒース修道院は冬の寒さが尋常じゃないし、コーラル女子修道院は夏は物凄く暑い所ね」
修道服は男女ともに長袖のものが殆どで、下着の上にそれだけを身につける。コートを羽織ったりはしないので、冬の寒さを凌ぐのは大変だし、女子は肌を見せてはいけないから、暑い夏は地獄だろうなと、シエンナは他人事のように考えた。
「シエンナ、どうかした?」
そんな事を考えていると、スフェーン声をかけてきたので、シエンナは口角を上げる。
「ん?何でもないわ。私のアップルシナモンケーキ、食べてみる?」
シエンナが、自分の頼んだアップルシナモンケーキの載った皿をスフェーンに差し出すと、彼は目を細めて口を開いた。
「いいのかい?ありがとう」
子どものように喜んで、アップルシナモンケーキの皿を受け取り、それを口に運ぶスフェーンを、シエンナは幸せな気持ちで眺める。
「帰りは空を飛んで帰ってみる?」
スフェーンの提案に、シエンナは目を輝かせた。
以前、彼はシエンナを横抱きにして、昼の空を飛んでくれた。初めて見る上空からの景色。小さな家々が並ぶ町並みや、どこまでも広がる山や海。鳥たちが列をなして直ぐ近くを飛ぶ姿は、全てが珍しく美しかった。
「本当?!楽しみだわ!」
明るく笑うシエンナに、スフェーンも釣られて笑顔になる。
幸せだわと、シエンナは対面に座る愛しい幼馴染みを見つめる。令嬢たちの噂話はもう彼女の耳には届かなかった。お礼に明日は何のお菓子を焼こうかしらと、スフェーンの好きなお菓子を、シエンナはいくつも思い浮かべて彼に微笑んだ。
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幼馴染みの二人が結ばれるお話しが好きなので、完結できてよかったです。




