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柳南市奇譚⑧ツノナシ2

作者: スーパーわたぶ~

ここは、玉串県(たまぐしけん)柳南市(りゅうなんし)の郊外にある、とある空手道場



古い木造平屋の建物の入り口横には、‘‘直接打撃制空手 隆道会館(りゅうどうかいかん) 玉串県支部’’と書かれた看板が掲げられている



22時36分。他の道場生が居なくなった道場内で、2人の男が組手を終えたところだった



1人は道場の床に大の字に倒れ、1人は長さ2メートルほどの鉄の棒を構えて立っている



「奥田、大丈夫か?」



立っている方の男が、倒れている男に声をかける



「………ああ、大丈夫だ」



答えながら、倒れていた男がゆっくりと体を起こす



「ふふ、毎度のことだが、そのタフさには脱帽するよ…」



という、立っている方の言葉に、



「今日は3分もたなかった…どうやら、どんどんお前との差は開いていっているようだな…」



ため息をつきながら、胡座(あぐら)になった男が答えた







この2人の男たち、



鉄の棒を構えて立っているのは、隆道会館の全日本選手権でベスト8に2度入賞した経験のある、高宮衛(たかみやまもる)



倒されていたのが、かつて玉串県周辺で夜な夜な実力ある格闘家たちに野試合を挑んで病院送りにし、‘‘辻斬り’’と噂され、そして‘‘双龍棍(そうりゅうこん)’’を使った高宮に倒された、鬼の末裔の‘‘ツノナシ’’こと、本名を奥田厳(おくだげん)である







「奥田、気づいているか?お前の額の瘤だが…ほとんど、消えかけているな」



「…ああ、」



奥田は、右手で自分の額を撫でながら、



「最近ではもう、ほとんど暴れたい衝動も無くなった…お前に、思う存分相手をしてもらったおかげなんだろうな…」



まるで呪いが解けたような爽やかな表情で、そう言った



「何もかも、お前の…いや、高宮さん、あなたのおかげだ…ありがとう」



奥田は立ち上がり、高宮に向かって深々と頭を下げた



「よせよ…俺も、とても修行になったんだ…お互いに、良かったのさ」



高宮は、頭をかきながら、照れ臭そうに言うのだった







「あ、もう、今日の組手は終わっちゃいましたか?」



道場の入り口から聞こえた声に、高宮と奥田が目を向けると、



「どうも、お疲れ様です」



1人の男が、道場内に入ってきた



高宮の後輩の隆道空手黒帯であり、玉串県警柳南警察署の刑事でもある、中田健治(なかたけんじ)だった







「遅かったな中田、仕事が忙しいのか?」



高宮が、中田に尋ねる



「ええ、実はいまちょっと、やっかいなことに備えてるところで…」



そう答える中田に、



「…何かの事件なのか?」



奥田が、さらに質問した



「うん…まあな………2人には、言ってもかまわないか…」



中田は、いったん言葉を切り、息を吸って次の言葉を紡いだ







「実は来週、柳南市内で暴走族同士の抗争があるんです…!」







炎兵羅亜(エンペラー)邪朱帝子(ジャスティス)って名前、聞いたことありませんか?」



という中田の言葉に、



「ああ…両方とも、玉串県内で最も大きな規模の暴走族チームだな」



と高宮が答え、



「たしか、その2つのチームは犬猿の仲だと聞いたことがあるぞ」



奥田も、続けて言った



「そう、長年の争いに終止符を打とうと、両チームのヘッドが話をつけて、チーム全員対チーム全員の、最終決戦をすることになったという情報が入ってるんです…!」



「しかしそれだと、100人以上対、100人以上のケンカになるな…ヘタをすると、死人が出ることになりかねんぞ」



高宮が、眉間にシワを寄せて言う



「はい、なので、さすがに玉串県警も事態を重く見まして、これを機に、両チームのメンバー全員を、一斉に補導してしまおうと計画しているんです。なのでいま、その準備に追われてまして…」



言いながら、中田は深いため息をつく



「総勢200人を超える暴走族たちを一斉補導とは、相当な数の警察官が必要だろうな…!」



奥田が、興味津々といった様子で言う



「まあな、玉串県警特殊機動班を中心として、県警各警察署の機動隊を総動員して、事に当たる計画さ…だから、準備が大変なわけだよ」



「相当な大捕物になるな…それは、ぜひとも見たいもんだな」



と言う高宮に、



「うむ、俺も見たいな。いつどこで、それはあるんだ?」



奥田も続くと、



「………2人とも、他人事だと思って…」



中田は、まったくもう…という様子で、







「ここからそう遠くはないところですから、ちょっと行ってみますか?」







と答えたのだった







22時55分



中田に連れられ、高宮と奥田の2人は、隆道会館玉串県支部から15分ほど歩いたところにある、埋め立て地の新興工業地帯へとやってきていた



「おや、ここは…」



反応を示す高宮



高宮には、このエリアに見覚えがあった



「あそこです」



中田が、100メートルほど向こうに見える、植樹林に囲まれたアスファルト張りの広大な空き地を指差し、



「これから、大企業の工場を誘致して建設する予定の敷地です。あそこで来週、炎兵羅亜と邪朱帝子の抗争があるんです」



と説明する



「なるほど、これだけ広い場所なら、100人対100人のケンカも、充分に可能だな」



奥田が頷く



「ま、そのケンカは実現しないんだけどね…全員が集まったところを見計らって、一斉にとっ捕まえる算段だからさ」



「ふふ、楽しみだ、さぞかし見ものだろうな」



そう言って笑う奥田の言葉に、中田はまた小さくため息をつく







「あ、やっぱりそうだ、中田刑事さん…ですよね?」



ふいに、3人の後ろから声がする



振り向くと、若い男女と、ベビーカーに乗せられた赤ん坊がそこに居た



「え?坂本さん…と、奥さんたちじゃないですか」



中田が、驚いた声を出す



そう、そこに居たのは、超能力ベビーこと坂本きらりとその両親の、坂本一家だった



「急ぎの発注があったので、家内にも手伝ってもらって、つい先ほど終わらせたところだったんですよ。帰ろうと思って出てきたら、刑事さんを見かけたものですから」



「それはどうも、お疲れ様です。そうか、坂本さんの工場は、この工業地帯にあったんですね」



そう言葉を交わす2人、そこに、



「所長さん、お疲れ様です。先日は、良い品物を作っていただいて、ありがとうございました」



と、高宮が構一郎に声をかけた



「あ、高宮さん…でしたね?こちらこそ、先日はありがとうございました。品質には、ご満足いただけましたでしょうか?」



「はい、たいへん素晴らしい出来でした」



そう、高宮の‘‘双龍棍’’を製作したのは、構一郎の経営する鉄工所、サカモト・スチール・ファクトリーだったのだ



「お値段も、たいへん良かったですけどね…」



中田が、高宮にだけ聞こえるように言ったが、高宮は聞こえないフリをした







「それでは、失礼します」



中田たちに一礼して、坂本一家は帰っていった



夜遅いこともあって、ベビーカーのきらりはもう眠っており、中田とテレパシーで会話をすることはなかった







「なあ、中田さん」



坂本一家が立ち去った後、奥田が中田に声をかけてきた



「ん、どうした?」



中田が返事をすると、



「さっきの赤ん坊、いったい何者だ?」



奥田はそう質問してきた



「は?え?、あ、あの赤ちゃんが、どうしたの?」



あまりに予想外の質問に、中田が狼狽える



「………うまく、言えないのだが…」



奥田が、自分の額を右手で撫でながら、言う



「あの赤ん坊、ただの人間ではないだろう?………俺の額の瘤が、何かを訴えてくるのだ…それが何なのかは、俺にもわからないのだが…」



「そ、そう?た、ただの気のせいなんじゃないの?」







そう言えば…



日本の妖怪の中には、‘‘(さとり)’’という、心を読むやつがいたっけな…



もしかしたら、きらりのテレパシーも、妖怪の血の先祖返りによるものだという可能性があるのか…?



そんな風に、中田は考えたが、もちろん答えは出るはずもなかった







この夜はこれで解散となり、3人とも、それぞれの帰路についたのだった…







そして、ついに‘‘その日’’がやってきた



19時32分



高宮、中田、奥田の3人は、例の決闘場所の植樹林の中に身を潜めていた



もちろん、中田は仕事として現場の様子を監視するため、高宮と奥田は見物のため、だ



すでに完全に日没しているが、決闘場所は工場の建設に先行して設置されているライトや外灯が明々と照らされ、視界は極めて良好だった。おそらく、暴走族たちが勝手に機械を操作するなりしたのだろう







「おお、これだけの暴走族が集まると、なかなかに壮観だな」



奥田が、楽しそうに言う



決闘場所には、炎兵羅亜、邪朱帝子のそれぞれのメンバーが、東西に分かれるようにして、大集結していた



炎兵羅亜のメンバーは赤、邪朱帝子は黒の特攻服を身に纏っており、闘いの開始を待つその様相は、さながら武田軍と上杉軍の‘‘川中島の決戦’’を思わせた



もちろん、暴走族たちは全員、木刀や鉄パイプ、チェーンやメリケンサック、角材や特殊警棒など、何らかの武器を身につけていた







「中田、これだけの人数を確保できるほどの警察官が、これからここにやってくるのか?」



高宮が質問する



「はい、20時の決闘開始前までに、県内各地の観光バス会社からチャーターした、20台の大型観光バスに乗せられた500名弱の警察官たちが、県警本部からここにやってきて、一斉補導にかかります。もうそろそろ、到着するはずですよ」



腕時計を見ながら、中田が答える



「この場所は、まるで‘‘出島’’のように海に囲まれた形になってますからね、入り口側から一斉に突入すれば、逃げ道はありません。1人残らず補導してやりますよ」



という中田の言葉に対し、



「ふふふ、楽しみだな、血が騒いできたぞ」



嬉しそうに言う奥田を見て、中田がまた小さなため息をつく



その時、中田のスマホが振動音をたてた



「ん?刑事課からだ、なんだ…?」



中田が、電話に出る



「もしもし、中田です」



「中田!たいへんなことになった!」



電話は、柳南警察署の吉崎警部からだった



三洋自動車道(さんようじどうしゃどう)の柳南インターチェンジ手前2キロの地点でトラック3台が絡む事故があり、荷台に積まれていた3000羽もの生きたニワトリが、すべて高速道路上に放たれてしまった!そのせいで、500名の警官たちを乗せたバスも、足止めを食って動けなくなっている!」



「な、なんですって!」



「いま、警官たちも総掛かりでニワトリの回収に勤めているが、とても20時までにそちらに行くのは不可能だ!そっちの様子はどうなっている?」



「もう、両チームともに、メンバーは勢揃いしています!あとは開始の時間を待つばかりという状態です!」



「………わかった!とにかく、死者だけは出すわけにいかん!本部からの指示が出しだい、ウチの動けるパトカーを総動員してそちらに行かせて、ケンカを中止させる!引き続き監視をしていてくれ!」



通話が終わる



「…2人とも、たいへんなことになりました!高速道路で事故があって、500名の警官を乗せたバスが、ここに間に合わなくなったそうです!」



「なんだって?!」



高宮が顔色を変える



「非常手段として、ウチの署のパトカーを可能な限りここに駆けつけさせて、なんとかケンカの中止には持っていくことになっています。残念ながら、今回の一斉補導は、諦めるしかないでしょうね…」



と言う中田に、



「しかし、それじゃあ…いつかまた、どこかで決闘のやり直しをすることになるだろう。今回のことで、警察に情報が漏れていたことがバレてしまい、次は奴らもそれに気をつけて事を運ぶことになるだろう。そうなると、今度は死者が出ることを防ぐのが、極めて難しくなるぞ…!」



「………」



高宮の懸念の言葉に、何も言い返せない中田だった



「なんとか…できないのか…」



そう呟く高宮だったが、頼みの警官隊たちが間に合わないとなると、他に手段が………







「2人とも、ここはすべて、俺に任せてもらえないか?」







自信満々の声で言い放ったのは、奥田だった







「ま、任せるって…どういうことだ?」



奥田の言葉に、中田が質問する



奥田は、その問いには答えず、



「2人とも、約束して欲しい。何があっても、どんなことがあっても、決して俺のことを…助けに来ないと」



「…!、奥田、お前まさか…!」



高宮は、奥田のやろうとしていることに、気づいたようだった



「高宮さん、中田さん。これは、あなたたち2人への、俺からの恩返しだ。行かせてくれるよな?」



2人の返事を待たず、奥田は歩き始めた







19時39分



決闘場所の中心に、両チームのヘッドが歩み出てきていた



炎兵羅亜のヘッド、岡本金狗(おかもときんぐ)18歳と、



邪朱帝子のヘッド、平田雀孔(ひらたじゃっく)19歳の両名である







「平田よぉ、やっとおめぇらと決着がつけられんなぁ!」



と岡本が言えば、



「おぅよ!今日がてめぇら炎兵羅亜の命日になんぜぇ!」



と平田が返す



両チームのメンバーのボルテージも、もはや最高潮に達しようとしていた



そこに、







「すまんお前たち、ちょっといいか?」



岡本と平田のそばに、いつの間にか奥田が歩み寄っていた



「あぁ?!なんだてめぇはぁ?!」



「誰だおめぇはぁ?どっからきたぁ?!」



突然目の前に現れた大男に、驚きと嫌悪の情を隠さない両名



炎兵羅亜と邪朱帝子のメンバーたちにも、ざわめきが起こる







「お前たちには申し訳ないんだがな…このケンカを、邪魔しに来たんだ」



奥田は、そう言い放った



「はあ?てめぇ、頭おかしいんじゃ…ぐぶぅっ!」



岡本の言葉が終わらないうちに、奥田の右拳が岡本の腹にめり込んでいた



腹を抱え、うめき声を上げながら、地面に突っ伏す岡本



「てめぇっ!何しやが…ぐえぇっ!」



つっかかってきた平田にも、容赦なく左拳を腹に見舞う奥田



岡本と同様に、地に伏しうめき声を上げる平田



あっという間に、両チームのヘッドを片付けてしまった



そして奥田はぐるりと周囲を見回し、両チームのメンバーたちに向けて、こう言い放った







「なんだなんだ、暴走族のヘッドだと威張っていても、ぜんぜん大したことはないじゃないか!…どうしたお前ら、自分たちのボスがやられたんだぞ!仇をとらなくてもいいのか?それとも、もう全員、すっかりビビっちまったのかぁ?」



一瞬の、静寂の、のち…







「ぶっ殺せえっ!」



誰かのその声をきっかけに、両チームのメンバー全員が、奥田に向かって一斉に突進してきたのだった







木刀、鉄パイプ、チェーン、メリケンサック、角材、特殊警棒…



それらの武器が容赦なく、奥田の頭、肩、胸、背中、腹、脚などへと、息つく間もなく叩きつけられる



しかし奥田はそれらの攻撃をまったく意に介さず、自分を取り囲む暴走族たちの腹に片っ端から拳を叩き込み、どんどんダウンさせていく



だが、200人以上対1人という、あまりにも多勢に無勢の状態である



暴走族1人をダウンさせる間に、武器による打撃を5発程度は食らってしまう



さすがの奥田のタフネスさをもってしても、勝てる戦いだとはとても思えなかった



チェーンや角材などによる殴打によって、奥田が着ていたパーカーはズタズタに引き裂かれ、すぐに上半身は裸の状態になってしまった



頭から、背中から、胸から出血し、上半身が赤く染められていく



それでも奥田はまったく怯むことなく、自分に最も近い者から順に、まるでモグラ叩きのように腹パンを当てていく



しかし、ダメージは確実に蓄積していく。少しずつ、奥田の動きが鈍りはじめたことに、高宮も中田も気づいていた







「………奥田っ!」



中田が、たまらず奥田の元に駆けつけようとするのを、高宮が手首を掴んで止める



「…行くな」



「でも先輩!このままじゃ奥田が…!」



「俺たちが出て行けば、絶対に無事では済まない。だからこそあいつは、1人で出て行ったんじゃないか…!」



「でも………!」



「ここで俺たちが行ってケガをしたり死んだりしたら、奥田の気持ちをムダにすることになる!それだけはこの俺が許さん…!どうしても行きたいと言うのなら、俺を倒してから行け…!」



「先輩っ………!」



高宮も、中田も、溢れる涙で顔はぐしゃぐしゃだった







すでに、200人のうち50人は倒されただろうか。徐々に暴走族たちの間に、動揺の声が上がり始める







「こ、こいつ、どうなってんだ?!なんで倒れねぇんだ?!」



「ふ、普通じゃねえこいつ!バケモンだ!」



「じょ、冗談じゃねえ、こんなバケモンとやってられっかよ!」



奥田の異常なまでのタフさに恐れをなし、逃走しようとする者も出始めた



10人弱ほどの暴走族たちが、敷地の外へ逃げようと、出入り口へと走ってくる



だがそこに、高宮と中田が立ちふさがった



「な、なんだてめぇらは?!」



「「悪いが、1人たりとも逃がさん」」



2人のセリフがハモるが早いか、あっという間に逃げようとした暴走族たちを地に這わせた、高宮と中田だった







もう、100人以上は倒されただろうか



奥田のダメージも、限界に近づいてきていた



「おい!だんだん弱ってきてるぞ!もう少しで倒せるぞ!」



誰かが言った声に、暴走族たちが勢いを取り戻す



しかし、それでも奥田は倒れない



奥田は、こんなことを考えていた







「俺はこれまで、自分の衝動の赴くままに、拳をふるってきた…」



「だが、高宮さん、中田さん…あなたたちのおかげで、俺は鬼の血の衝動から、解き放たれることができた…」



「そしていま、俺は初めて、自分以外の誰かのために、この力を使うことができている…」



「そう、あなたたちのおかげで、きっと俺は、人間になることができたんだ…」



「これは、そんな俺からの、せめてもの恩返しだ…最後まで、見守っていてくれ…!」







ダメージの蓄積と共に、目に見えて弱っていく奥田



それに気づき、一気に奥田を倒してしまおうと挑みかかる暴走族たち



逃走しようとする者が出れば、高宮と中田が片付ける



そんなことを繰り返していくうち、とうとう残りの暴走族は20人程度になっていた







「中田!」



「はい!」



この人数なら、もう問題ない!そう、俺たち2人ならば…!



そして、高宮と中田は、一気に残りの暴走族たちを倒してしまうのだった







「奥田ぁ!大丈夫か?!」



「………」



奥田の元に駆けつけた高宮の問いに答えることなく、奥田はばったりと地面に倒れ伏した



「お、奥田ぁっ!」



中田が駆け寄り、奥田の体を仰向けに返す







「………大丈夫だ、死にはしない」



奥田は、ボコボコに変形した顔面をさらに歪ませ、無理矢理に笑顔を作ると、



2人に向かって、震える手でサムズアップをしたのだった







その時、遠くから、パトカーのサイレンの音が聞こえてきた







中田が腕時計を確認すると、ちょうど20時になるところだった…







「中田、いったいどうしてこんな結果になったのか、わかるように説明してくれるか?」



吉崎警部が、どうしても納得いかないという様子で、中田に尋ねてきた



22時34分



柳南警察署の刑事課の室内にて、



中田は、刑事課長の吉崎警部と、玉串県警特殊機動班、通称‘‘特機(とっき)’’の班長である、石原政彦(いしはらまさひこ)警部の2人から、説明を求められていた



暴走族たちの一斉補導が不可能となり、とにかくケンカを中止させようと、可能な限りの動ける警察官とパトカーで駆けつけてみれば、なんと暴走族たちは全員、倒れてのびてしまっていた



そしてその20分後、なんとか高速道路の復旧により駆けつけることができた500名弱の警察官たちにより、その場の暴走族たちは全員、補導・連行されることになったのだった



しかし当然、どうしてこういう状況になったのか、という疑問が、監視役だった中田にぶつけられることになったわけだ







「いや、あの、ですね…」



中田は、何と言っていいのか困っていた。本当のことを話したところで信じてもらえるとは思えないし、もしも奥田の秘密が明らかになれば、例の‘‘辻斬り事件’’のことも、追及されてしまうことになりかねない、と



何としても、奥田のことは守ってやりたい…ここは、なんとか誤魔化すんだ…!







「た、たまたま…」



「は?、たまたま…何だ?」



石原警部が、身を乗り出して中田の次の言葉を促す



「予定の時間よりも早くケンカが始まったと思ったら、たまたま…うまいこと、全員がダブルノックアウト状態になってしまいまして…」



「はあ?そ、そんなことが…ほ、本当なのか?」



石原警部が、信じられないという反応を示す。まあ、大ウソなのだから、当然と言えば当然だが…



「し、しかしお前、2人とか4人とかならともかく、200人以上の全員が一斉にダブルノックアウトって、いくらなんでもそれは…」



吉崎警部が、そんなことがあるわけないだろ、という反論をするが、



「本当です!本当なんです!俺はこの目で見ていたんですから!」



中田はもう、ヤケクソに、強引に押し通すしかない、と開き直っていた



そんな中田に対し、



「……………」



何も言えなくなる吉崎警部と、



「監視役がそう言うのなら、それを信じるしかなかろうな…!」



歯ぎしりをしながら、強引に納得しようとする、石原警部だった…







22時58分



柳南中央病院の病室にて、



ベッドに寝かされた奥田と、その傍らには高宮と、柳南警察署鑑識課の沢村桂子(さわむらけいこ)巡査が居た



パトカーが現場に到着する前に、高宮によって奥田は連れ出され、中田からの連絡を受けた桂子の手配によって、病院に搬送されたのだった



奥田はヤクザ者たちにリンチにあった被害者である、と病院側には嘘をついて、証人保護のため身元を伏せて治療して欲しい、ということになっていた







「ふふ、こんな治療をしなくても、明日の朝には元通りになっているだろうに…」



奥田が、笑って言う



事実、奥田の顔はもう腫れがほとんど引いており、見た目はほぼ、普通の状態に回復していた



「まあ、そう言うな。こういう時は、大事をとっておいて間違いはないさ」



高宮がそう返す



「レントゲンも、MRI検査も、異常なしでした。たしかに、心配はないでしょうね」



と、桂子が言う



「そうですか、それは良かった…」



その言葉に、高宮は安堵のため息をつく



「それにしても、200人以上の武装した集団を相手にケンカを売るなんて、無茶のし過ぎですよ」



桂子が、奥田を嗜めるように言う



「ふふ、他に、良い手が何も思いつかなかったものでな…」



そんな奥田の返事に、桂子もまた、ため息をつくのだった







「奥田!大丈夫か!」



そこに、中田がやってきた



「中田刑事、病院内はお静かに」



「あ、…ごめん」



桂子の言葉に、素直に従う中田



「ああ、俺なら心配ない。検査の結果も異常無しだそうだ」



「そうか…良かったな」



奥田の言葉に、安堵する中田だった







「ところで、別の心配事があります」



桂子が、胸ポケットから1枚の封筒を取り出しながら言う



「え?何のこと?桂子ちゃん」



「奥田さんはいま、証人保護のためと称して、身元を明かさずに入院しています。しかし当然、その費用を柳南署に請求するわけにはいきませんので…」



そう言いながら、桂子は高宮と中田に読めるように、封筒から取り出した紙を開いて見せた



「各種の検査費と治療費を、無保険で全額、支払う必要があります」



なかなかの大きな金額が、その請求書には記載されていた







「………」



高宮が、無言で中田の顔を見る



「先輩、自分は前回の双龍棍の製作費で、もうスカンピンなんで」



中田が、冷たく言い放つ



「………まあ、‘‘大事をとっておいて間違いはないさ’’と言った手前、仕方ないな…」







諦めたように言いながら、高宮は奥田の顔を見て、







そして、奥田に向かって、サムズアップをする







それに対して、今度は力強く、ビシッとしたサムズアップを、奥田も返したのだった…!







~終~

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― 新着の感想 ―
[良い点] 奥田の鬼としての強さが表現されていて良かった。 そして、きらりちゃんも鬼の覚りを持って生まれたのかもという衝撃的な発表もあってファンはなるほどと思った。 [気になる点] 特になし。 [一言…
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