序説
道路交通法の理念は『安全』と『円滑』である。
運転免許を取得し、公道に車やバイクを走らせる権利を得ている以上、誰もがこの理念を守る義務がある。
道路交通法を守っていれば理念も守られるものと思いがちであるが、これが必ずしもそうではない。
後述するつもりであるが、場合によっては道交法を守らないほうが、交通全体の『安全』と『円滑』に貢献するようなことも多々ある。
この連載をお読みになる前に、覚えておいてほしいことがいくつかある。
まずは、本論において最も重視しているものが、先に述べた道交法の理念、即ち『安全』と『円滑』である、ということだ。
それを実現するためにはどういった運転の仕方、どういった判断、どういった考え方をすればよいか。それのみを論じて行くつもりである。
第二に、筆者はいわゆる『オッサン運転』が大嫌いである、ということだ。
ゆえに何度も『オッサン』という言葉を、憎むように、繰り返すこととなろう。
しかしここで言う『オッサン』とは、おそらくは貴方のことではない。
私の言う『オッサン』が、小説家になろうなどという、高尚な趣味など持っているとは思えないのだ。
中年男性=オッサンなのではない。おじさんもいれば、紳士もいるだろう。年取った青年もいれば、素敵なおじさまもいるに違いない。小説家になろうを閲覧している貴方はきっと、そのうちのどれかであるので、気にしないでいただきたい。
『オッサン運転』とはどういうものなのかについては後述するつもりであるが、一言でいえば『長年の運転経験の中でついてしまった悪いクセを堂々と続け、交通全体の安全と円滑を乱す運転をしているに関わらず、オレ達は運転がうまいと思っているような運転』のことである。
第三に覚えておいていただきたいこととしては、筆者は頭が悪いので、論文を書くことが苦手であるということだ。
論旨に矛盾を見つけた場合などは是非、指摘していただきたい。筆者も自分の頭が良いなどとは思っていないので、助かることと思う。
最後に覚えておいていただきたいこととして、筆者は『交通全体』のことについて言っている、ということである。
自分一人の安全と円滑だけしか守れないのは私の言う典型的な『オッサン運転』である。
私は交通全体の安全と円滑しか問題としない。
ゆえに私が『ヘタクソな運転』などと書く時は、『交通全体に悪影響を及ぼす運転』のことだと思っていただきたい。
決して『私よりもヘタクソな運転』とか、主観的に『見てて笑っちゃうような運転』ということではない。
また、『不慣れだから周囲を気遣って左車線を動かずにノロノロ走る運転』とか、そういう意味でもない。
むしろ全体を気遣えるのだから、そういう運転手は『上手いドライバー』と呼ぶべきだと私は考えている。
さて、それでは本論に入って行くとしよう。
ふぅ。やはり論文を書くというのは疲れるものだ。
頭がプスプスいいはじめたところである。




