明日の朝に
「また明日。」
そう君が言い、こちらの返事も聞かず道を曲がっていった。街灯がささやかながらとでも言いそうなほど小さく光る夜の中、わずかに見えていた黄色いシャツが視界から外れたことに僕は少し不安を覚える。
虚空に向かって手を振った。
回れ右をし、歩き出す。君の言葉を反芻しながら。一定のリズムで。
淡々タン。
『明日が本当にあるの?』
不意にそんな言葉が頭の中に現れた。この問いを課すために新たな人格が生まれたかのようなそんなような感じがして、気持ちが悪い。
思考が真っ白になる。いろんなことを考えていた途中だったはずの脳みそが一回リセットされて、さっきの問いだけが頭にポツンと添付された。
『明日が本当にあるという証明は出来る?』
純粋で無垢な第二の人格が問いかける。そんなものわからない。数学の問題じゃないんだ。具体的なもので証明なんてできるわけがない。
『今日と変わらない日常が明日も来るってわかるのはどうして?』
悩む僕に戸惑っているのか、呆れているのか、もう一人の自分は質問を変えた。
だから何だっていうんだと言いたくなるほどには質問の内容は変わっていなかったが。
今まで考えたこともなかった。考える必要もなかった。眠って起きたらいつもと変わらない日常が上からのぞき込んでいた。当たり前であったことに違和感を感じていなかった。
淡 々 タン
考えることができない問いをなぜか考えてしまい、無意識に歩みが遅くなる。
『ねぇ。どうして?』
答えられない私に対するいらだちを少し滲ませながら、あくまでも純真無垢な口調を崩さずに自分は僕に問いかける。
そんなこと言われてもわからない。
近くの壁に寄りかかり、頭を抱える。わからない。もう何もわからない。
『なら、現実をもって証明してみればいい。』
そうか、証明してみればいいのか。でも、どうやって?教えて。
教えて。
『さっきの彼に非日常を与えてあげればいい。』
具体的じゃない。ねぇ、教えて。
『君がいなくなって、彼にいつもとは違う明日を見せてあげればいい。』
そうか、そうすればいいのか。ありがとう。でも急にいなくなる方法なんて、家出とかするの…、
『死んじゃえばいいのさ。』
死んじゃえばいいのか。わかった。やってみる。
『ほら、早く家に帰って。早く。早く。』
そうだね。早く帰らなくちゃ。
帰らなくちゃ。
帰らなくちゃ。
あれ、
死ぬって言われたけど、
それって何だっけ。
まあいいか。
僕に聞けばいいんだから。
いつも通りにあいつを迎えに行く。8時3分。いつも通りの時間だ。
学校に行く道のりで、昨日、変な夢を見たことを話そう。
お前がいきなり、唐突に、突拍子もなくいなくなる夢。学校にも来なくなって、お前の家はあるのに、表札にはしっかりとお前の名字が入っているのに、いつも見てもカーテンが閉まっていて。ああ、俺の一番の友人は、いなくなったんだなあって、妙に説明口調で達観して、諦める夢。
そんな悪夢のことを話して、そんなことあるはずもないって二人で笑おう。
あいつの家に着いた。
何で
何で
何で
何であいつの家が入れなくなってんだよ
何で《KEEP OUT》なんて書かれたテープが覆ってんだよ。
何で
何で
何で