2話-1
……静かな寝室に目覚ましアラームのけたたましい音が鳴り響く。
「……もう朝か。……眠い」
眠たい眼をこすりながら布団から這い出ると、目覚ましのアラームを止める。
昨日はいつもより早く帰ってこれたとはいえ、サイキッカーと戦闘を行ったのだ。
体調両行とは言えず、少し眠い。
……だからといって、学校をサボる訳にはいかないのが学生の辛いところだ。
疲れの抜けきっておらず、もっと寝かせろ、休ませろと訴えかけてくる体に鞭を打って起き上がると、洗面所へと向かう。
冷たい水で顔を洗って意識を完全に覚醒させると制服に着替え、居間に向かう。
「おはよう」
居間に辿り着いた俺は、台所で食事の準備をしているサツキ叔母さんに朝の挨拶をする。
「おはようショウ君。今トーストを作るから座って待っていてね」
「わかったよ、叔母さん。ありがとう」
叔母さんに返事をして食卓に座る。
食卓では既に朝食を食べ終わった勉叔父さんが、コーヒーを啜りながらテレビで流れているニュースを見ていた。
「おはよう、叔父さん」
「ああ、おはよう」
叔父さんは画面から目を逸らすことなく返事をする。
普段からあまり愛想がいいとは言えない叔父さんだが、新聞やニュースを見ている時は集中しているのか特に口数が少なくなる。
こうなると話しかけても無駄なので、叔父さんに倣ってテレビに視線を移す。
『ストームガールは昨日も目覚ましい活躍を見せてくれましたね。私も彼女の活躍を見ると、同じ女性として勇気づけられます』
テレビ画面には自由自在に宙を舞い、悪人共を薙ぎ倒していく少女の映像、そして彼女の勇姿を興奮気味に伝えているキャスターが映っていた。
「こんな年端もいかない少女を犯罪者の確保に駆り出さないといけないとは……市民を守る警察官として、情けない」
叔父さんは画面から目を離さないまま、悔しそうに呟く。
……叔父さんの気持ちもわかるが、超能力者は危険だ。
今の日本における警察官の装備は特別な許可が下りない限り、威力にリミッターをかけられているエナジーピストルが一丁に警棒が一本という貧弱な装備。
それに対して犯罪者達は闇市場に流出している強力な武器を装備している。
しかも警察官は事前の発砲許可が無いと実際に危害を加えられるまで現場の判断では発砲を行う事ができないし、超能力者の警官がいたとしても超能力を使用するのにまで許可を得る必要があるときたもの。
常に犯罪者に先手を取られてしまううえに、相手が超能力者なら自前の超能力まで使ってくるという訳だ。
現行犯で逮捕する事を考えると、どう考えても警察では分が悪い。
……治安が悪いのは超能力者の所為だけではなく、制約だらけの現行法が悪いんじゃなかろうか。
『続いてのニュースです。昨夜十九時頃に発生した超能力者同士の戦闘についての詳細が判明しました。発生場所は――』
「……家から割と近いな」
事件の発生現場が画面下部にテロップで表示されると、キャスターが地名を告げるよりも早く叔父さんが口を開く。
「この辺りも最近、物騒になってきたな。ショウも気を付けるんだぞ」
「貴方、ショウ君なら大丈夫ですよ。ショウ君は賢い子だから、危険な場所には近寄らないわよ」
いつの間にか食卓に座っていた叔母さんはそう言いながら、トーストの乗った皿を俺に渡してくれる。
「ありがとう、叔母さん。……叔父さん、そう心配しなくても大丈夫。危ないと思ったらすぐに逃げるから」
……世話になっている身分で嘘をついたり、隠しごとをするというのはあまり気分が良いものではないな。
俺がヒーローを目指して活動をしている事はおろか、超能力者だという事を叔父さん達は……いや、俺自身以外には誰一人として知る者はいない。
俺が超能力者だという事がバレてしまうと、能力の類似性からヒーローとして活動している事が判明するのは時間の問題だろう。
その結果として俺だけが面倒ごとに巻き込まれるなら兎も角、まず間違いなく叔父さん達にも迷惑をかけてしまう。
それだけは避けなければならない。
「なるべく早く帰るようにするからさ。心配しないでよ」
『戦闘を繰り広げていた超能力者の片方は先日、護送中に逃げ出して今も尚、逃走中の糸川 達夫。もう一人はこの戦闘が行われた付近の地域で活躍し始めた、最近話題のヒーロー――』
……自身の事を伝えるニュースを聞きながら、俺はまた一つ、叔父さん達に嘘をついてしまった。
「それじゃあ俺、そろそろ学校に行くから」
そう言って車庫へと向かい、停めてあるバイクにまたがりエンジンを回す。
このバイクだって登校するのに使うからと言って、ヒーローとしての活動に使用するという本来の目的を隠す事で所有する事を許してもらえたのだ。
……まあ、バイク代や免許を取るのにかかる費用は全て高校入学前にバイトをしてお金を稼ぐという条件付きでの話だったが。
俺が生まれるより前の時代の話はよく知らないが、治安が悪くなった結果として中学校卒業後に即就職もままあるようになったこの時代。
そんな時節を反映してか、アルバイトが可能になる年齢や、バイクの免許取得が十五歳に引き下げられるように法改正して久しい。
……もし俺が二十年早く生まれていたのなら、ヒーローとして活動する事は難しかっただろう。
もっとも、二十年前には超能力者はいなかったのだから、この仮定はまったくの無意味な話ではあるな。