1話-6
「そ、その財布で有り金は全部です。し、信じてください……」
「本当か? 今すぐそこでジャンプしてみろ!」
薄暗い路地裏にチンピラ風の見た目をした男の荒々しい声が響く。
どうやらカツアゲの真っ最中らしく、気弱そうな少年を恫喝している。
そしてチンピラ命令通り少年が数回程軽くジャンプをすると、チャリンという金属音が聞こえてくる。
「やっぱりまだ金を隠しているんじゃねえか! 早くよこせ!」
「そ、そんな。もう何も持っていない筈なのに」
金属音がしたことに信じられないような表情をした少年は、ポケットの中をまさぐると共に、青ざめた表情になってポケットから取り出した物をチンピラへと手渡す。
「……何だ? これ? 金じゃあないじゃねえか!」
「げ、ゲームセンターのメダルだ……本当にお金は持ってないから、もう勘弁してくださいよ」
少年の懇願に対し、チンピラは顔を真っ赤にして怒鳴り始める。
「ふざけてんじゃねえぞ! やっぱりぶちのめして――」
……おっと、今までは黙って見てたけど、暴力沙汰になるのなら話は別だ。
「そこまでだ」
俺は物陰から飛び出すし、チンピラが振りかぶった腕を背後から掴み取る。
「なんだテメエ、どこから現れた!? は、離しやがれ!」
「彼に財布を返してやるって約束したら、離してやる」
俺の返事を聞いたチンピラは何とか俺から離れようと暫くの間藻掻くが、ビクともしない。
……この数年間、ヒーローを目指す為に自己流とはいえ密かにトレーニングを積んできたんだ。
この程度のチンピラが相手なら、なんてことはない。
「……分かったよ! 財布は返してやるから手を離せ!」
威勢が良すぎて少し怪しいが、まずは信じてやる事にしよう。
チンピラの言葉を聞き入れてやり、腕を掴んでいた拳を離してチンピラを解放してやる。
「引っかかったな! この馬鹿野郎め!」
しかし、解放されたチンピラはそう叫びながら、俺に向かって殴りかかってくる。
……まあ、そんな事だろうとは思っていたさ。
迫る拳を再び掴み取ると、そのまま後ろ手に捻り上げてもう一度チンピラを拘束する。
「財布はどこだ? 言わなくてもいいけど、このまま締め上げて動かなくなってからじっくりと探させてもらうだけだがな」
「う、上着の右ポケットの中だ!」
チンピラの腕を捻り上げたまま、上着のポケットから財布を取り出して少年へと投げ渡す。
「君の財布だ。無くなった物がないか中身を確認しな」
少年は財布の中身を暫く調べた後、顔を上げて俺に頭を下げる。
「だ、大丈夫みたいです。ありがとうございました!」
「そいつは良かった。用が無いなら早くここから立ち去った方が良いぞ」
俺の忠告を聞いた少年はもう一度俺に向けて頭を下げると、そのまま路地裏から立ち去っていく。
「お、おい! 財布は返したから早く解放してくれよ!」
「もう少し待ってろ。お前が少年を追いかけないとは限らないからな。暫くはこのままだ」
「追いかけないから、離してくれ! 信じてくれよ!」
チンピラは喚き始めるが、俺は先ほど信じてやったのに裏切ったのはこいつだ、気にする必要などない。
……数分程経ったところで、チンピラの腕を放して解放してやる。
「お、お前何者なんだ! そんな怪しい格好しやがって、何様のつもりだよ!」
「……俺はヒーローを目指しているんだ。納得したら、早くどっかに消えろ」
「……覚えてろよ!」
チンピラは再び俺に立ち向かうか少しの間悩んだ後、捨て台詞を吐いて逃げるように立ち去っていった。