1話-5
「……畜生。何でヒーローが俺達の前に出てくるんだよ。もっと大きな……それこそ、世界征服を企んでるような秘密結社でも相手にしてろってんだ」
宝石店強盗に失敗してから数日が経った。
気が付いた時には手足が縛られ身動きの取れない状態で警察に捕らえられており、今は護送車に乗せられて刑務所へと向かっている最中だ。
「ムガー! モガー!」
俺は手足の拘束だけだが、向かいの席に座っている池羽は加えて口まで塞がれている。
こうなってしまっては超能力も使えないし、ここから逃げ出すことは不可能だ。
「……何言ってるかわかんねえよ! おい池羽! お前が奴に負けなきゃ、こんな事には――」
「おいお前、静かにしろ。あんまりうるさくしてると、そっちの男みたいに口も塞ぐぞ」
……同席している警官から警告されてしまい、黙り込むしかなくなってしまう。
このまま刑務所まで送られてしまえば、脱獄するのは非常に困難……いや、余程の幸運に恵まれない限りは不可能。
何とかして今の内に脱出できないか考えていたその時、何か大きな音がした直後に、護送車が大きく揺れた。
「うおぉぉぉ!?」
護送車が揺れた振動で、俺達は車内の至る所に体をぶつけてしまう。
……気がつけば、揺れは収まっていた。
外の様子は分からないが、俺達が車の側面に倒れこんでいる所から推察するに護送車が横転してしまったらしい。
「何だ! 何があったと――」
俺の隣にいる警官が怒声をあげるが、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
警官の頭を水泡が包み、その口を塞いでしまったからだ。
怒声をあげようとした警官だけではない。
俺と池羽以外の車両にいた全員……まるで狙いすましたかのように警官だけが、呼吸する術を一瞬にして奪われた。
警官達の顔を包んでいた水泡は、彼らが意識を失うと同時に形が崩れていき、気絶した警官の身体を濡らす。
「ム、ムガー!?」
池羽は何が起きているのか知りたがっているように、俺に向けて呻きながら訴えている……ような気がする。
「うるさい! 何が言いたいのかわかんねえんだよ、この馬鹿! とりあえず、ここから逃げーーだ、誰だ!?」
言い返す事のできない池羽を罵倒していると、護送車の扉が勢いよく開かれ、一人の人間が姿を現す。
そいつは見た事の無い装甲服に身を包んでおり、頭部を覆うタイプのメットを装着していた。
……また顔の解らない不審者かよ。
『貴方がたが数日前に宝石店で強盗を行った超能力者ですね。私の事は『ヴァッサ』と呼んでください』
困惑する俺達の様子を意に介する事なく、自己紹介を始める不審者もといヴァッサ。
機械で合成された音声で喋っており、そのヘルメットの下にどんな顔があるのか一切わからない。
『貴方達を助けに来ました。早くここから立ち去りましょう』
「ちょ、ちょっと待てよ!? いきなりそんな事言われても信用できる訳ねえだろ! アンタが今の惨状を引き起こしたっていうんなら、俺達はその所為で死にかけたんだぜ!? それに、逃げようにも拘束されてるんだから動けない――」
『それならこれで信頼してもらう事にしましょう。動かないでください』
俺の抗議を遮ったヴァッサがこちらに向けて手を翳したかと思うと、凄まじい勢いで掌から射出された何かが、俺と池羽の手足に取り付けられていた拘束具が切断する。
……もし動いていたら、俺達の手足が切断されていたであろう位には見事にすっぱりと。
「あ、危ねえな!? 拘束具を破壊するんならそう言えよ! そもそも、さっきの質問の答えにはなってないだろ!」
……いくら拘束を解除して自由にしてくれたからといって、いきなり車を横転させて殺されかけたのに変わりはない。
そうほいほいと付いて行けるか!
『ここて長話をしている暇はありません。ですがそれが不服ならば付いてきてもらわなくても結構です。ここにいれば警察に保護してもらえるでしょう。……尤もこの状況、貴方が実行犯で無いにしても、何人もの警官を傷付けた疑惑で、厳しい監視の元で刑務所生活を送ることになるのは覚悟しておいてください』
……確かにヴァッサの言う通り、既にこの異常事態は警察に伝わっているだろうし、早く立ち去る必要があるのはわかる。
だが、目の前の怪しい人物を完全に信用するというのも無茶な話だ。
「……オレはアンタに付いていくぜ。このままここにいたってどうにもならねえしな。それなら、お前に従った方がまだマシだ」
俺がどうするか考えている最中、自由になった両手で猿轡を外した池羽が立ち上がり、ヴァッサの元へと歩いていく。
……確かに、池羽の言う通りかもしれない。
『賢明な判断ですね。それでは、私達は二人は失礼させてもらいますよ。貴方も、早く逃げたほうがーー』
「ま、待てよ! 置いていくな! 俺も行く! こんな所で終われるかってんだよ!!」
……このままここにいたって、人生終わったも同然。
それなら池羽の言う通り、コイツの話に乗った方がマシだ。
『そうですか。それではここから離れましょう。……警察が嗅ぎつけてくる前に』
そう言って外に出ていくヴァッサの後を追いかけ、俺達は横転した護送車から離れていった。