エピローグ
『近くにあるショッピングモールで火災が発生。既に消防は出動しているみたいだけど、火災現場の住所を一応送っておく。向かうかどうかはそっちで判断してくれ。俺は暫く情報収集を続けるから、何かあったら連絡宜しく』
二郎からの通信が切れると共に、スマホの画面に火災現場の位置情報が表示される。
消防が駆けつけているのなら大丈夫だとは思うけど、一応向かってみるか。
スーツとヘルメットを着込んだ俺はバイクのエンジンを回し、表示された住所へと走り出す。
……ヴァッサとの戦いから一月が経った。
ボロボロにされたスーツは修復を終え、奴との戦いで受けたダメージもすっかり回復して元通りだ。
戦いを終えて俺が現場を離れた後、駆けつけた警察に連行されたヴァッサはその後、超能力者用の特別な拘置所に居るらしい。
……当然、彼女の正体も白日の下に晒され、暫くは俺達の通う高校にも毎日のようにマスコミが詰めかけてきて、迷惑な事に非常に騒がしかった。
とはいえ、彼女の事を教師や生徒に聞いてみても返ってくるのは『彼女があんな事をするような人には見えなかった。今でも信じられない』といったマスコミにとっては面白くもない返事なので、一週間も経てばすぐに別の事件に興味を移して学校からいなくなっていった。
……しかし、人気者の彼女が捕まった影響は非常に大きかった。
生徒は多かれ少なかれ、同じ学校に通う生徒から犯罪者が出た事にショックを受け、特に彼女と親しかった鳥野さんみたいな人の中には暫く学校に来ることができない状態になる人もいた。
教師は流石に休職するような人はいなかったけど、マスコミへの対応と生徒へのケアで皆、非常に疲労困憊した様子だった。
俺の様に彼女の本性に直に触れた者でもなければ、皆の様な反応になるのも当然だろう。
……入学して数ヶ月で、学校の皆からそこまでの高い評価を得る事ができた委員長。
彼女の才能には目を見張るものがあり、それ故に何故今回の様な手段で世界を変えようとしたのか、俺にはまったく理解できない。
委員長ならもっと真っ当な手段で世界を変える事だってできたと思うのは、俺の考えすぎなのだろうか。
『私達に襲い掛かってきた超能力者のような者を排除する為、政府は超能力者の管理を徹底して――』
ラジオから聞こえてきた不愉快な情報を遮断するために、チャンネルを適当に変更する。
ヴァッサのターゲットになっていた半野は、超能力者に襲われた被害者という立場を利用してますます活動に精を出している。
……正直、ヴァッサを倒して半野を助けた事に後悔があるかと聞かれれば否定できないだろう。
半野は俺の事をヴァッサの一味で、自分を助けたのはマッチポンプにほかならないと主張している。
……少ないながらも、本当にそう信じている人まで現れる始末だ。
本当はヴァッサに手を貸して、半野のような奴がのさばらない世界を作ったほうが良かったのだろうか?
頭に浮かんだ雑念を払う為に、アクセルを回してバイクのスピードを上げる。
……俺は、間違った事はしていない。
少なくとも、ヴァッサのやりかたでは今のように悪い方向にしか進まない筈だ。
もしも彼女に協力していたら、俺はヒーローである資格を無くしていただろう。
……さて、ヴァッサとの戦いから今日までの事を振り返っていたが、そろそろ目の前の出来事に思考を戻した方が良さそうだ。
夜とは思えない程の明るさに思わず目が眩み、強い熱気に少しだけ汗ばむ。
現場に辿り着いた時には野次馬の輪が出来上がっており、その輪の外から様子を伺う。
……思っていたよりも激しく燃えているようで、既に何台かの消防車によって消火活動が始まっているにも関わらず、炎は消える様子が無い。
ここまで激しいと、俺の超能力を使っても完全に鎮火させる事はできないだろう。
……それでも自分に何ができるかを考えていた時、一際大きな声が辺りに響く。
「私の息子がどこにも見当たらないんです! まだ中に取り残されているのかもしれない!」
「落ち着いてください。既に救助隊が向かっています」
一人の女性が消防士に泣きながら縋り付いている。
話を聞いた限りだと既に捜索は行っているようだが、燃え盛る炎の激しさかた判断するに思うように動く事ができず、捜索に時間がかかってしまうだろう。
……こんな所で様子を伺っている場合じゃないな。
人混みを掻き分け、燃え盛るショッピングモールへと歩を進める。
「き、君! 危険だからすぐに戻るんだ!」
消防士の一人に制止されるが、ジェット噴射を使って全力で振り切る。
一々説明している暇は無いし、説明しても理解される事は無いだろう。
そのままショッピングモールへ突入し、取り残されている子供の捜索を始める。
最初の内は周囲の火を消しながら奥へと進んでいたが、すぐに燃え広がる炎に消火を諦める。
ここで消耗した所為で、子供を助ける事ができなくなっては本末転倒。
……火傷しないとはいえ、炎の熱さで体力を奪われてしまうというデメリットはあるが能力が使えなくなるのだけは避けないとな。
とはいえ、視界ぐらいは確保しておく必要があるか。
超能力を使って火を操り、視界を確保しながら激しく燃える炎の中を歩く。
暫く歩き続けていると炎が消火されている場所に出て、複数の人影が何かをやっている場面に出くわす。
……救助の為に、俺とは別の場所からショッピングモールに突入した消防士達か。
行く手を阻む炎の消火を試みているが、炎はその勢いを弱める事はない。
消火に集中しているようで俺の事には気付いていないらしい。
「クソっ! 中々消火できない……この先に要救助者がいるのはわかっているのに……」
先頭に立って消火活動を行っている消防士が苛立たしげに怒鳴る。
さて、彼等から事情を聴くとしますか。
「おい、この先に取り残された人がいるっていうのは本当か?」
「な、なんだ! アンタ! どうしてこんな所に――」
「今はそんな事どうでもいいだろ……と、言いたいけど、俺はヒーローだ。アンタ達と同じように取り残された人達を救助しにきた」
まあ、いきなりヘルメットを身に付けた男が平然とした様子で目の前に現れたら動揺もするか。
消防士達の信用を得る為に、自分が何者かを手短に説明する。
「俺なら道を切り開く事ができる。……信用してほしい」
「そういえば、最近ニュースでアンタの事をよく見るな。……わかった、この先から子供の声が聞こえた。間違いない」
「士長!? こんな怪しい奴を信用するんですか!?」
年若い消防士が、リーダーであろう男に向けて抗議する。
気持ちはわかるけど、今はそんな事を言っている場合ではないのだが……。
「俺達じゃどうやっても時間がかかってしまう。今はこの男に賭けてみるしかないだろう」
「話が早くて助かる。それじゃあそこから離れてくれ」
消防士達が脇に避けると共に、道を塞ぐ炎の中へと歩いていく。
十メートル程だろうか?
僅かだが、この状況では非常に長く感じる距離を歩いた所で炎を抜けて、延焼していない場所に出る。
奇跡的にも火の手が及んでいなかったのだろうが、火が回ってくるのも時間の問題だろう。
辺りを見渡すまでも無く目的の人はすぐに見つかった。
道の真ん中に倒れていた、小学校低学年位の男の子の元へと急いで近寄る。
「おい! 大丈夫か!」
少年に声をかけると、少し呻いてから目を開ける。
「……おじさんは、誰?」
「気絶してただけか。君を助けにきたんだ。しっかりと掴まっててくれ」
おじさんと言われた事は非常に遺憾だが、悠長に訂正している時間は無い。
問いかけに答えず、少年を抱え上げてからここに来た道の前に立つ。
一応掴まるように指示はしたが、少年にそんな体力が残っているかはわからない。
少年を離さないように、腕に力を込めて歩き出す。
道を塞ぐ炎を鎮火させ、俺の近くに炎が燃え広がらないように操作しながら元いた場所で待っている消防士の元へと向かう。
……結構疲れたが、何とか少年を助ける事ができたな。
消防士の元まで辿り着いた所で超能力を解除すると、今来た道を炎が再び塞いでいく。
「アンタ達。この子を頼む」
目の前で一瞬にして炎が消えた事に未だ唖然としている消防士の一人に対し、抱えていた少年を強引に手渡すと、炎へ向けて再び歩みを進める。
「ま、待て!」
我に返った消防士の一人が立ち去ろうとする俺を呼び止める。
確か、先程俺をすぐに信用してくれた消防士長か。
「少年の救助に協力してくれた事、心から感謝する」
「お礼ならいい。早くその子を外に連れて行ってくれ」
「……君は、一緒にこないのか?」
「別の場所から逃げる。アンタ達と一緒に脱出したら、そのまま警察に事情聴取を受けるからな。正体は秘密にしておきたい。……それに、ひょっとしたら他に逃げ遅れた人がいるかもしれないから、ついでに探しておくよ」
自分の事をヒーローだと認めるようになったとはいえ、周りの人を危険に巻き込まない為にも正体が公になるのは避けたい。
士長は少し考えてから再び口を開く。
「……わかった。もし君を引き止めても無駄だろうしな」
「ご理解、感謝する。それじゃあ――」
「待って!」
これ以上の追求を行わない士長への感謝を述べて再び炎の中へ消えようとする俺を、消防士の腕の中にいる少年が引き止めてくる。
「どうした? ここは危険だから、早く安全な場所に避難しな」
「……おじさんは、誰なの? 何ていう名前なの?」
どうやら自分を助けてくれた俺の事が何者なのか知りたいらしい。
……心なしか、既視感があるな。
「俺は――」
自らの名前を名乗ろうとして、言葉に詰まる。
そういえば、ヒーローとして名乗った事がないし、そもそも名前を決めていなかった。
まさか、本名を名乗る訳にもいかないだろう。
名前に拘りは無いし、世間で呼ばれている名前で構わないか。
……確か、ニュースで俺はこう呼ばれていた筈だ。
「俺の名は、ブレイズライダー。ヒーローだ」




