6話‐7
「このままもう一度地面に叩きつけて――!」
喋っている途中で危険を察知したであろうヴァッサが即座に飛び退くが、もう遅い。
彼女の周囲を炎が包み、装甲に穴を空けて内部に充填されていた水を蒸発させる。
「……俺に対して甘いって言ってるけど、お前も随分と甘いじゃないか。最後まで油断しなければ、このまま終わったかもしれないのに」
「何故です? 点火装置は使えなくなった筈じゃ……?」
ゆっくりと立ち上がり、手に持ったライターの火を全身に纏わせるほど強く燃え上がらせ、濡れたスーツを一気に乾かす。
「お前が俺の対策をしてるように、こっちもお前の対策はしてたんだよ。……気休め程度だったけど、上手くいって良かった」
水を操るのがヴァッサの超能力だと判明後、スーツの点火装置が駄目になった時の為の秘策……防水パックにライターを入れて携帯しておいたのだ。
「倒れこんだふりをしてそのライターを取り出し、私が近づくのを待っていたのですか……」
「いや、倒れこんだのは本当にダメージが大きかっただけ、少しは容赦してくれ。……それに、近づいてこなくてもスーツを乾かす為にライターを使っていたさ。装甲服を破壊できたのは、お前が油断してくれたおかげだよ」
ライターをポケットに納めると共に、点火装置を起動させて拳に炎を宿す。
……湿気て火花が散らなかっただけか。
内部の電子機器に施しておいた防水加工はちゃんと働いている。
スーツの修繕時に改修しておいた甲斐はあったみたいだ。
「さて、ここからは接近戦としゃれこもうじゃないか!」
俺が地を蹴り駆け出すと、ヴァッサも合わせて周囲の水を一斉に俺目掛けて放ち襲わせる。
個別に弾き飛ばすのも面倒だし、まとめて消し飛ばす!
周囲に炎を放ち、襲い来る水流全てを蒸発させる。
そのままヴァッサ肉薄して殴りつけようとするが、振るった拳を躱されてしまい、逆に懐に潜り込まれ掌底を打ち込まれてしまう。
「このッ……」
「前も言いましたけど私、それなりに鍛えているんですよ」
片膝を着いた俺に、追い打ちとして回し蹴りが放たれる。
右腕を盾にして何とか受け止めるが、腕を振るって彼女の脚を振り払った瞬間、腕に激痛が走りその場に倒れこんでしまう。
「ダメージが大きいのは本当みたいですね。随分と動きが鈍くなっていますよ」
一度俺から距離を取りつつ、ヴァッサは冷静にこちらの状態を分析してくる。
……ヴァッサの言う通りだ。
全身にダメージを負っているうえ、今の攻撃を受けた事で右腕をこれ以上無茶をさせることはできないだろう。
「確かにお前の言う通り、身体中痛くてボロボロだけど、もうそんなのは関係無い」
痛みを堪え立ち上がり、ヴァッサを睨みつける。
……あまり長くは持ちそうにないし、次の一撃でケリをつける必要がある。
しかもヴァッサが対策していないであろう方法を用いなければ、俺の攻撃は容易に防がれてしまい、反撃を受けて負けてしまうだろう。
「……関係無い? 何故です?」
「この一撃で、全部終わるからだ!」
ヴァッサに向けて叫ぶと、最後の力を振り絞り彼女目掛けて走りだす。
「そんな事ができるとでも?」
ヴァッサの放つ激流が、俺を飲み込むべく迫ってくる。
しかし、そんな事で俺は止まらない……いや、泊める事はできない。
激流が俺を押し流す直前、地面を思い切り蹴って飛び上がり、ジェット噴射で宙を舞う。
空中で姿勢を変え、左手を後方に。
そして、右足をヴァッサに向けて突き出し、左足を右足に対して垂直に保つ。
「ハアァァァァァァ!!」
雄叫びを上げながら左掌からのジェット噴射で加速し、右足に炎を宿す。
宙を飛び右足を前に向けて突撃する俺の姿を見たヴァッサは一瞬だけ驚いたような素振りを見せるが、すぐに分厚い水壁を盾として展開する。
右足が水壁に触れて水壁の表面が蒸発するが、右足に灯した炎も小さくなってしまう。
「くっ……まだだ! まだ俺は燃え尽きてない!
これまでの戦闘で疲弊した精神力を振り絞り、右足の炎を強く燃え上がらせ、ジェット噴射の勢いもさらに強くする。
水壁を切り裂き生じた蒸気で白く霞む視界の中、視界に微かに映るヴァッサ目掛けて突撃していく。
「ま、まさか。ここまでの力が――」
視界が開けた先に立ち尽くし、動揺するヴァッサに右足が触れるが、まだ止まらない。
数メートルほどヴァッサと共に移動した所で、右足の炎を爆発させる。
爆発により吹き飛んだヴァッサと、攻撃を終えた俺が着地したのはほぼ同時だった。
着地した時の中腰の状態から、ゆっくりと姿勢を正しながら辺りを見回す。
戦闘の余波でボロボロになった街並みに、ヴァッサが身に付けていた装甲の一部と砕けた仮面が濡れた地面に散乱しており、起き上がってこないヴァッサの姿が視界に映る。
……地面に横たわり、動かない委員長が今どんな表情をしているのか。
俺の位置からはわからなかった。




