6話‐2
俺を襲った水が、床を流れてヴァッサの元へと戻っていく。
……痛みに耐えきれず床に倒れこんだ俺に、ヴァッサはゆっくりと近寄ってくる。
「貴方の戦闘スタイルは研究済みだと言いました。機械人形相手には容赦なく超能力を行使して破壊していたのに、人間相手だと火を使って直接攻撃を仕掛けませんでしたし、フレーダーが炎に突っ込んできた時も相当に動揺していましたよね? ……不必要に人を傷つけたくないと思っているのでしょうが、甘いです」
「……女の子相手に本気を出すなんて、格好悪いだけだ。それにしても随分と俺の事を調べているんだな。結構大変だったんじゃないのか?」
……そこまでバレてるか。
強がって軽口を交えながら返事をするが、非常に不味い状況だ。
俺が考えている以上に、奴はこちらの手の内を見透かしている。
おまけに先ほど使った自爆特攻が、今使う事の出来る最大の切り札だった。
……要するにこちらの手札を全てヴァッサに見せた状態で、奴の超能力を正面から打ち破る他に勝つ手段が無いという訳だ。
「仲間に引き込もうとしている相手の事ですから、多少面倒でも調べるのは当然です。……まあ、そんなに大変じゃ無かったですよ。スピネもフレーダーも使えないなりに働いてくれました。それに、貴方のファンのクラスメイトが、あなたの事をとてもわかりやすく教えてくれましたから。まさか、自分の好きなヒーローを倒す為に利用されるなんて思ってもいなかったでしょうけどね」
余計なことした俺のファンめ、一体どんな奴なんだ!
……十中八九、二郎だろうな。
二郎の奴め、無駄に丁寧な仕事をしやがって。
この場にいない親友を呪いつつ、点火装置のボタンを押して火花を散らす。
水に濡れた状態でも起動できるか不安だったが、これならまだどうにかなる……のか?
「そのクラスメイトも残念だな。可愛い女の子に話しかけられたと思ったら、利用されていただけなんだからよ!」
反撃を仕掛けるべく立ち上がり、そのままの勢いで駆け出す。
奴から近づいてくれてたお蔭で、ヴァッサとの距離を容易に詰める事ができた。
「手加減無しだ!」
ジェット噴射を使用し、スピードを上げた拳を連続で打ち込んでいく。
……しかし、ヴァッサは俺の攻撃を悉く躱して、おまけに最後には拳を受け止められて、腕まで掴まれて身動きがとれなくなってしまう。
「何……!」
「これで手加減無し、ですか」
ヴァッサが呟くと共に、俺の身体が浮遊感に襲われる。
「がッ……」
ヴァッサに投げ飛ばされたと気付いた時には宙を見上げており、背中に走った痛みに思わず声を上げてしまう。
「私、それなりに鍛えているんですよ。……貴方が能力を十全に使う事ができれば、勝負はわかりませんでした。今の貴方では私に勝つことは不可能です」
「この……可愛い顔して中々やるじゃないか。……おい? 何をやろうとしている!?」
弱っていることを悟られないように軽口を叩きながら起き上がった俺は、目撃してしまう。
先程流れていった水が再び一ヶ所に集まり、巨大な塊になっていく様を。
「暫くは待ってあげますよ。その気になったら、また私に会いに来てくださいね。……その時は、貴方の素顔も拝見させてもらいたいです」
巨大な水の塊が、激流となって再び俺に襲い掛かる。
俺はすぐさまその場から駆け出して逃げようとするが、その甲斐なく瞬く間に激流へと飲みこまれてしまう。
何とか脱出しようと手足をバタつかせて藻掻くが、水の勢いが強くどうすることもできない。
おまけにヘルメット内にまで浸水して呼吸が出来なくなり、意識が一瞬遠のく。
意識を失う一歩手前のところで堪えているとヘルメット内の水が排水され、咳込みながらも思い切り空気を吸って呼吸を整えようとする……が、今度は浮遊感を再び感じ、同時に目の前に闇夜以外何も映っていない事に気付く。
……嫌な予感に、辺りを見渡して自身の状況を確認する。
視線を落とせば俺の胸元と共に、先程まで立っていたビルの屋上が映る。
そして、首をぐるりと回して背後を見る。
……遥か彼方の地表が、視界に映った。
「うおォォォォォォ!?」
激流に押し出されて空中に投げ出された俺は、重力に従い真っ逆さまに地面へと引き寄せられていく。
マジかよ! この状況、どうする!?
打開策を考えている間にも、地面に向け刻一刻と落下していく俺の身体。
「うおりゃあ!」
咄嗟に点火装置を起動させ、落下地点に炎を生み出し爆破する。
爆風によって落下スピードを減速させ、空中で姿勢を整えた俺は何とか無傷で着地する事に成功した。
……ビルの屋上を見上げるが、既に見える範囲にはヴァッサの姿は無かった。
「……な、何が暫くは待つだ! 殺すつもりか!」
どうせもう聞こえてないのはわかっているが、それでも叫ばずにはいられない。
……恐らくは、俺が自力で何とかできると踏んで突き落としたのだろう。
それだけ俺の実力を買っているという事なのだろうが、こちらとしてはとんだ迷惑だ。
遠くから、パトカーのサイレン音が聞こえてくる。
この廃ビルが幾ら人里離れた場所にあるとはいえ、小規模だが爆発が起これば警察も動くか。
今からもう一度ビルの屋上に登ってもヴァッサは既に立ち去っているだろうし、警察に見つかる前に立ち去るしかないな。
バイクを取り出して跨り、エンジンを回す。
「……助けた奴からは拒絶されたかと思えば、敵対している筈の奴は俺を仲間に誘ってくる。まったく、どういうことだよ」
思わず呟きながら、帰り道を走る。
自分が何の為に戦うのか、わからなくなってくる。




