5話‐7
「嘘だろ!? 今ので首が飛ぶのか!?」
予想外の出来事にぎょっとしてしまい、我を忘れて素っ頓狂な声を上げてしまう。
……いや、よく見ると血が出てないし、首の断面からは機械の接合面が見えている。
つまり超能力者じゃなくて、機械人形だったのか!?
自信満々に超能力者だと断定していたのに、予想が外れて少しだけ恥ずかしくなると同時に、人を殺したわけじゃないとわかってホッとする。
そんな事を考えていると、ヴァッサの身体が俺の隙をついて離れていく。
移動の間に落ちていた頭部を拾い、取り付けながら。
『……バレてしまいましたか。まあ、構いません。どうせ貴方が仲間になれば明かしていた事ですから』
「だから仲間にはならないって何度言えばわかるんだ? しかし、超能力者じゃ無かったとはな……」
……奴が機械人形だったのは、俺にとって都合が良かったのかもしれない。
相手の被害を気にせずに、全力で戦える。
『……超能力者では、あるんですけどね。まあ、どうでもいい事ですよ』
「機械が超能力を使えるのか? ……いや、この近くにお前を操っている奴が隠れてるのか」
……どうこう考えた所でやるべき事は変わらない。
この機械人形を倒し、ヴァッサ本体を見つけだしてこの戦いに決着をつける。
「そろそろケリをつけるぞ!」
点火装置を起動させ、両腕両足に炎を纏わせる。
……今までの戦い方が奴に分析されているのなら、別の戦い方をすれば良いだけだ。
『データに無い行動……! まだ何か隠していたのですか』
「こいつはあんまり使いたくなかったけど、一気に勝負を決める為だ!」
自身の四肢の末端に宿った炎を、上腕、腿、肩、腰、胴、そして頭部へと延焼させていく。
夜の帳が降り、暗闇に包まれた廃ビルの屋上。
その中でほぼ唯一の光源となり、躰を真っ赤に燃え上がらせた俺はヴァッサ目掛けて突撃する。
当然、ヴァッサも只見ている筈はない。
腕を俺に向け、水流を放ち迎撃してくる。
俺の全身に宿した炎とぶつかることにより、水流は蒸気となり辺りを覆う。
『此方に辿り着く前に、消火すれば良いだけ――!』
……ヴァッサが何事か喋っているが、最後まで言い切る事はない。
蒸気の中から、依然変わらず全身を燃え上がらせた俺が飛び出し、自身に向かって迫る姿を見て思わず絶句でもしたか?
……俺の炎をあの程度の水流で消火できると思うなんて、随分と見くびられたものだ。
ここに至って迷う事はない。
ヴァッサの元へと一直線に駆け抜ける。
『……ここは一度、距離をとるべきですね』
「一度なんて無い。俺に近づかれた時点でお前の負けだ」
退こうとするヴァッサへ組み付き、全身に灯した炎を更に激しく燃え上がらせる。
『な、何を――』
「ハアァァァァァァ!」
雄叫びを上げると共に全身の炎を爆発させる。
巻き起こる爆炎が周囲を明るく照らし、爆音が響き、空気が震え、廃ビルが揺れる。
……爆発が収まった後、爆心地にはバラバラに破壊されたヴァッサと、ボロボロになったスーツを身に纏って立ち尽くす俺が残された。
「ハァ……ハァ……。これだから、あんまり使いたくなかったんだよ……」
今の技じゃ派手な見た目とは裏腹に俺自身への肉体的な負担は少ないが、とにかく精神的に疲弊してしまう。
……何よりも火力が過剰過ぎて生身の人間相手に使う事ができないという大きな欠点がある。
俺は疲労感からその場に座り込むと、スーツの点火装置が壊れていないか確かめる為に火花を散らす。
「……点火装置はイカれてないか。これなら、修復も楽か」
スーツへ与えてしまう負荷も尋常ではない為、後の事を考えるとあまり使いたくない……というか、使う事ができない文字通りの必殺技だった。
……暫くの間座り込み、息を整えてからゆっくりと立ち上がる。
「さて、そろそろ行かないとな」
ヴァッサと呼んでいた機械人形の残骸を一瞥し、屋上の出入り口へと向かう。
機械人形を操っていたヴァッサの本体を探さなくては。
すでに逃走しているかもしれないが、まだ遠くへは行っていない筈。
扉のドアノブに手をかけようとした時、ひとりでに扉が開いた。
「あっ……。ヒーローさん、無事だったんですね。凄い音と振動がして、何があったのかと……」
先に逃がしたはずの委員長が屋上へと足を踏み入れてくる。
……相変わらず、危機感が無いな。
さっきの爆発の余波で怪我をしなかったのは幸運か。
「……まだ残っていたのか。危険だから早く帰れ」
まだヴァッサの本体が見つかってない以上、彼女を戦闘に巻き込まない為にもここから立ち去る様に促す。
……しかし、委員長は俺の警告を無視して屋上へと立ち入り、機械人形の残骸へと歩みを進めていく。
「これはまた……随分と派手に……」
「おい! 危ないから、早く逃げろって――」
「心配してくださって、ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」
……委員長は何を言ってるんだ?
先ほどの爆発を直接目の当たりにしていないとはいえ衝撃を近くで感じ取っているのだから、どれほど危険か位はわかるはずだ。
「……まだ、わからないみたいですね」
「ああ、キミがさっきから何を言っているのか、なにをしたいのかさっぱりわからない。何度も言わせるな。早くここから――」
「私が『ヴァッサ』ですよ。ヒーローさん」
委員長……水城雨は、いつも通りの優しそうな笑みを浮かべたまま俺を見つめて、そう口にした。




