5話‐6
「……如何にも罠を張ってますという雰囲気がプンプンするな」
ヴァッサを追いかける為にバイクを走らせ続けた結果、郊外にそびえ立つ廃ビルへと辿り着く。
ヴァッサは俺が追って来ているのを確認すると、委員長と共にビルの屋上へと消えていった。
そして俺は現在、屋上へと続く階段を駆け上っている最中だ。
……奴の使う超能力がどんなものか大体検討はついたが、俺が勝てるかどうかはまた別の問題だ。
それに、ここは奴に連れてこられた場所の以上どんな罠が待っているかわからない。
だけど、委員長を解放するまでは逃げる訳にもいかない。
最上階まで辿り着いた俺は、屋上への入り口である扉を勢いよく開く。
「お前の言う通り来てやったぞ! 彼女を解放しろ!」
『……最初からそのつもりですよ』
ヴァッサがそう言うと、委員長の拘束が解かれる。
委員長は少しふらつきながらも一人で俺の元へと駆け寄ってくる。
「大丈夫か? 怪我は?」
俺はヴァッサがあっさりと委員長を解放した事を意外に思いながらも、彼女が無事か確かめる。
「だ、大丈夫です。それよりもごめんなさい。ヒーローさんに迷惑をかけてしまって……」
「いや、無事ならそれでいい。それよりも早くここから逃げるんだ」
委員長に逃げるよう促すと、彼女を庇うようにヴァッサの前へと歩み出る。
……委員長が逃げている最中に何かを仕掛けてくるかと身構えていたが、委員長は無事に屋上から立ち去り、俺は特になにも起きなかった事に拍子抜けしてしまう。
「……俺がお前の仲間になるって言うまで、彼女を解放しないと思ってた」
『そんな手段で仲間にしても意味がありません。貴方自身の意志で私達と共に行動してもらわなくては、いつ裏切られるかわかりませんからね。さて、まずは何故私が貴方の素性を知っているかから話しましょうか』
「……随分とあっさり話してくれるんだな」
人質や情報を盾に、俺に仲間になるよう勧誘してくるものだと思っていたので少し驚いた。
……向こうが態々情報をくれるっていうんなら、貰っておいてやろうじゃないか。
『仲間にしようとしている人が相手ですから、ある程度の誠意は見せますよ。フレーダーに暴れさせて、貴方の活動時間を探らせてもらいました。貴方の活動時間は平日が夜間のみなのに対して、休日は一日中活動をしています。平日の昼間は活動できないような人間だというのが、これだけでわかります』
……正体がバレないように、気をつけていたつもりだったんだけどな。
俺もまだまだって所か。
「成程ね、今度からバレないようにもちょっと気を遣うよ。……それで? それだけじゃ俺が学生……しかも、鶴羽高校の生徒だなんてわからないだろ?」
『フレーダーは本当に役に立ってくれました。貴方が彼を倒した日、この辺りの学校では鶴羽高校だけが創立記念日で休みだったんですよ。知ってました?』
だからフレーダーが平日の昼間に暴れまわっていたのか。
そして、俺はまんまと策略に嵌まってしまった訳か。
……いや、まだだ。
「……たまたまその日が休みだった会社員っていう可能性もあるだろ? なんでそう言い切れるんだ?」
『勿論、その可能性も考えていました。ですが彼女を人質に取った時や、今の貴方の反応を見れば結論は自ずと出ます』
……決め手は、俺が墓穴を掘ったという事か。
しかし、ここまで調べてくるとは厄介な奴だ。
やっぱりコイツは今日、ここで仕留めるほかにない。
「……お喋りはこれで充分か? これから刑務所に入るんだから、しっかりと喋っておけよ」
『……まだ話をしてあげても良いのですが、貴方はそれを望んでいないようですね。……一応、もう一度聞いておきましょうか。私達の仲間になるつもりは?』
「一切無い!」
ヴァッサの勧誘を断り、屋上のコンクリートを蹴って駆け出す。
『手荒な真似は嫌いですけど、お望みとあらば仕方ありません』
その発言とは裏腹に、ヴァッサはその場から動く事は無い。
不自然なほど簡単にヴァッサの元へと辿り着いた俺は、拳を勢いよく振りぬいた。
「くッ……」
しかし、振りぬかれた拳は容易く躱されてしまい、ヴァッサから反撃で繰り出された膝蹴りを空いている腕でいなして後方へ飛び退く。
『スピネ、フレーダー、そして機械人形達との戦闘データから、貴方の行動パターンは予測できます。今からもう一度、私に向けて突撃を行おうとしていますね?』
今まさにヴァッサの元へと駆け出そうとしていた足を止める。
……用意周到、今までに使った攻撃は見切られるって訳か。
「……データだけで俺を止められるかどうか、試させてもらう!」
まずは俺の動きにどの程度反応できるか確かめるべく、攻撃を叩きこむ必要がある。
ヴァッサに向けて突撃すると、再び右の拳を振りかぶる。
『指摘されてなお、馬鹿の一つ覚えで突撃を――!』
余裕を見せていたヴァッサの声は、俺のとった行動で途絶える。
右の拳を大きく振りかぶったまま振りぬくことなく、左肩を前に出しヴァッサに向けてタックルを繰り出す。
『データに無い行動を……』
地面に倒れながらだというのに、ヴァッサは冷静に分析を続けていく。
……どうしてここまで冷静でいられる?
この状況で俺の事を分析しているのか?
それとも、何か罠を張っている?
考えた所で、答えが出る事はない。
わかっているのは、奴がどう見ても重たい装甲服を着込んでいるという事。
一度押し倒せば、そう簡単には起き上がれないだろう。
「これでどうだ!」
倒れこんだヴァッサに追い打ちをかける為に、馬乗りになろうと飛び掛かる。
しかし、奴が俺に掌を向けたのを見て即座に横へと飛び退く。
……思った通りだ。
勢いよく射出された一筋のソレは俺が飛び退く前にいた場所の、後方にあった塔屋の壁に小さな穴を空ける。
『……避けられましたか。不意を突けたと思っていたのですがね』
「こっちだってお前とは何回かやりあってるんだ。少しは何をしてくるか予想位できる」
……ヴァッサの攻撃を見切ったとはいえ、それだけでは勝利に繋がらない。
再び攻撃を仕掛けるべく塔屋に向けていた視線をヴァッサの方へ戻すと、奴は既に立ち上がり俺から距離をとっている。
俺が目を放したほんの一瞬で、体勢を立て直しやがった。
「どういう構造してるんだ? その装甲服。思ったよりも軽い? それとも、他に何か仕掛けでもあるのか?」
軽口を叩きながら、ヴァッサに悟られないようにゆっくりと近づいていく。
『仲間になるのなら教えてあげてもいいですよ? ……まあ、答えはわかりきっていますが』
「勿論断る。……どっちかと言えば、何で俺なんかにそんなに執心しているのか教えてほしいね。スピネやフレーダーを倒し、貴重な機械人形を破壊した憎い敵だぜ?」
……もっと近づけるか?
ヴァッサの気を逸らす為に話を続けながらも、ゆっくりと歩き続ける。
『……それくらいなら良いでしょう。貴方が仲間になれば、彼らと機械人形を引き換えにしてもお釣りがくるほどの戦力アップになるという、単純な話です』
「……そいつはちょっと、買い被り過ぎじゃないか!」
俺にとってあまり興味が無い話を聞き終えると共に、一気に駆け出す。
こちらの動きを見て、ヴァッサは再び掌から何かを射出して迎撃を行う。
「相手の戦力分析をしてたのは、お前だけじゃないんだよ!」
此方に迫るソレ……高圧で射出された水に対して、火炎放射をぶつけてやる。
俺の炎は水により消火されてしまうが、奴の高圧水流も俺に届くことなく蒸発する。
「お前の超能力は、『水』! 俺の超能力にとって天敵とも呼べる超能力だが、こっちの炎で全部蒸発させてやる!」
……大きな口を叩いたはいいが、ヴァッサがどの程度の能力を有しているかまではわからない。
水を操るだけなのか、はたまた生み出す事まで可能なのか?
一度にどの程度の量まで操る事ができるのか?
……わからない事は多いが、対抗は可能だということはハッキリしたのは俺にとって追い風になる。
俺に向けて放たれる水流。
その悉くを蒸発させながら、ヴァッサの元へ着実に近づいていく。
「うおォォォォォォ!」
雄叫びを上げ、床を蹴って跳躍し、右腕を大きく振りかぶる。
ヴァッサもタダではやられまいと俺に向けて水を射出するが、左腕の点火装置から生み出した炎で相殺する。
そして俺は、奴の頭部目掛けて拳を振りぬいた。
「……は? 嘘だろ?」
振りぬかれた拳はヴァッサの頭部を捉え……そのまま俺の腕が首の上を通り抜ける。
そして、ヴァッサの頭部が勢いよく吹き飛んで床に転がった。
 




