4話‐3
「……フレーダーの奴。この二週間、滅茶苦茶に暴れてやがる」
昼飯を食べ終わって校庭のベンチで休んでいると、二郎が新聞記事を片手に話しかけてくる。
「ああ、そうみたいだな」
「そうみたいだなって……まるで他人事みたいだな。何とかしたいって思わないのか?」
二郎は俺の返事を聞くと、周囲を見渡して人がいない事を確認してから小声で喋り始める。
……大声で喋ったらどうしてやろうかと思ったが、流石にそれくらいの気は回るようだ。
「何とかしろって言われても、俺の前に奴が出てこない事にはどうしようもない」
フレーダーと戦闘から二週間が経った。
俺は変わらずパトロールを続けているし、奴は先程も言った通り二週間の内ほとんどを暴れまわっているのだが、生憎と俺達が出会う事は無かった。
「……悪い。俺が実際に戦う訳でも無いのに、妙に焦っちまって。それにしてもフレーダーの奴、どうしてお前と会わないんだ? これだけ派手に暴れてるんだから、一日くらい遭遇してもおかしくないだろ」
「さあ? そんな事、俺が知るかよ。……学校を抜け出してパトロールしに行く訳にもいかないしな」
この二週間のフレーダーの動きをまとめてみると、奴が暴れているのは平日の昼間に限られていた。
そして、警察が現れる前にそそくさと撤退するという事を繰り返している。
俺の活動が平日の放課後と土日祝日にパトロールなので、奴との活動時間が全く噛み合っていないのだ。
「あの野郎、どういうつもりだ? 完全週休二日で祝日休みの仕事でもやってるつもりかよ。犯罪者の癖に。おかげで奴を止める事もできない」
「……ショウ、それは冗談のつもりか?」
「冗談でも言わないとやってられん。俺にできるのは奴ともう一度会った時、今度は逃がさずに仕留める事だけだ」
自身に気合を入れる為に、掌を拳で軽く叩く。
「……そうだな。俺もサポートを頑張って――」
「いたいた! 火走君に一条君、少しいいかな?」
俺に続いてあまり意味の無い決意表明しようとした二郎の出鼻を挫く様に、快活なイメージを抱かせる、茶髪のポニーテールが特徴的な女子生徒が話しかけてくる。
……確か、同じクラスの生徒だった筈だ。
何度か見かけた事がある。
「俺達に用事? えっと……」
「鳥野さんだろ。ショウ、お前クラスメイトの名前も憶えてないのかよ。ごめんね鳥野さん、コイツ、こういうところがあるから……」
そうだ、確かそんな名前だった。
……二郎、そんな可哀そうな物を見るような目で、俺を見るな。
「ご、ごめん。鳥野さんと話した事なかったから。……それで、何の用?」
「クラスメイトの名前位、憶えといた方が良いと思うけどな……。まあいいや、君達
は明後日の創立記念日に予定とか入ってる?」
この学校の創立記念日か。
学校自体が休みになるし、朝からパトロールにでも勤しむかと考えていた所だ。
「委員長が忙しいから代わりに伝言を頼まれてさ。二人が良かったら、またヒーローについて教えてほしいって言ってるんだよ」
「……委員長が俺も誘ったの? 二郎がヒーローに詳しいから誘われるのはわかるけど、何で俺?」
「火走君を誘う事にしたのはアタシだよ。委員長を男子と二人だけで遊びになんていかせられないでしょ」
……確かに、俺が委員長と友人だったらコイツと二人きりにさせるのは避ける。
「何だよそれ!? 俺が委員長に何かするとでも思ってるのか! そんな度胸ないぞ! ……まあ、いいや。俺は問題ないぜ」
……誘いは嬉しいけど、フレーダーを一刻も早く捕まえる必要がある以上、遊んでいる暇は無いか。
「……俺はやめ――」
「ショウも行くよな! よし、決まりだ!」
誘いを断ろうとするが、二郎が割り込んできて勝手に返事をして、話を強引に進めていく。
「オッケー。アタシから委員長に伝えとくから。集合場所や時間はまた後で連絡するね」
「お、おい! 俺は――」
「ありがとう、鳥野さん。委員長に宜しく」
俺が喋ろうとするのを二郎が妨害し、鳥野さんはそのまま立ち去っていく。
……結局、誘いを断る事ができなかった。
「おい二郎、どういうつもりだよ」
「何の話だ?」
二郎を問い詰めるが、こちらから視線を逸らしてくる。
コイツ、すっとぼけるつもりか。
「断るつもりだったのに、勝手に話を進めやがって。早いとこフレーダーも見つけないといけないのに……」
「お前、さっきから自分は焦ってないように振舞ってるけど、本当は滅茶苦茶焦ってるだろ?」
……こいつ、いきなり突拍子も無い事を言い出したぞ。
俺が焦っているだって?
「は、はあ!? 俺が焦ってるって……そんな訳ない」
「……その反応が、既に焦ってるって言ってるようなもんだけどな。とにかく、お前は最近余裕が無いだろ? 少し息抜きが必要だって思ったんだよ」
二郎の奴、俺が焦ってないように振舞っているだの、息抜きが必要だの、勘違いで余計な気を回しやがって。
……スピネに続いて、フレーダーまで逃がして被害を拡大させている以上、まったく焦ってない訳ではないが、二郎が言うほど焦っている訳でも無い。
「……今更、断る訳にはいかないしな。仕方ないから付き合ってやるよ」
「いやー、悪いな。話を勝手に進めちまって」
俺が折れたのを見て、二郎はヘラヘラと笑いながら謝罪の意を口にする。
……表面上謝罪しているけど、まったく悪いと思ってないな。
「ただし、何か事件が起きたら俺はすぐに抜ける。その時はお前にも協力してもらうぞ」
「わかってるよ、相棒」
二郎は俺の背中をバシッと叩きながら、意気揚々と返事を返す。
……実際に事件が起きて俺が抜け出す時、どうやってコイツに恥をかかせてやろうか。




