2話‐6
声のした方向には、予想外の人物の姿があった。
……そういえば、二郎と一緒に駅前のドーナツ屋に行っていたな。
まさか委員長がこんなに行動力がある娘だったなんて、まったくわからなかった。
……いや! 感心している場合じゃない!
「君も早く逃げろ! ここは危険だ!」
「何しやがんだ、あの女! 痛い目を見せてやる!」
警官達がいなくなっていた事に気付いたスピネが、声を荒げて委員長に手を向ける。
「この子悪党が! させるかよ!」
スピネを罵倒しながら点火装置を作動させ、右足からのジェット噴射で委員長とスピネの間に割り込む為に駆け抜ける。
片足のみのジェット噴射という事で無茶な姿勢になり何度もバランスを崩しそうになるが、転倒しないように気合で持ちこたえる。
……スピネの腕から、委員長を捕らえる為の糸が放たれ、俺は糸に向けて左手を伸ばす……が、このままでは後一歩、届かないだろう。
「間に合えぇぇぇ!」
力を振り絞って両足で地を蹴り、ジェット噴射を爆発へと変化させ最後の一歩を強引に詰める。
「……ま、マジかよ。自分自身を吹っ飛ばしやがった」
呆然としたスピネの呟きを聞きながら左腕を見ると、破損した点火装置に糸が貼りついていた。
無理をした所為で少し体が痛いけど、委員長が無事ならそれで構わない。
そう思えばこの程度、大した痛みじゃない!
「あ、ありがとうございます!」
「……礼はいいから早く逃げるんだ。俺にとってはそれが一番のお礼になる」
俺の言葉を聞いた委員長はコクリと頷くと、俺に背を向け駆け出していく。
「待ちやがれ! 逃がすと思って--ぐっ!」
「……おっと、お前の相手は俺だ。最後まで付き合ってくれよ!」
委員長を追いかけようとするスピネを、左腕に貼りついたままの糸を掴んで引っ張り引き留める。
「……よし、わかった。お前から先に始末して、その次はさっきの女だ!」
スピネがそう言った瞬間、左腕がスピネの方に引っ張られてしまいバランスを僅かに崩してしまう。
「させるか! 最後まで付き合えって言ったろ! 根競べしようぜ!」
即座に近くのフェンスを掴んで腰を落とすと、その場で力を込めて踏ん張りスピネに対抗する。
「抵抗するつもりなら残念だが、俺は能力で絶対にここから離れる事は無い。お前が疲れてしまうまで何時間でも付き合ってやる! 俺の勝ちだ!」
スピネは高らかに自分の勝利を宣言する。
……どうやら奴の言う通り、俺の負けのようだ。
「そうかい、それじゃあ根競べは俺の負けでいいや」
根競べだけなら負けかもしれないけど、最後に笑うのは俺だ!
スピネの勝利宣言を聞いた俺はフェンスを掴んでいた右手を放すと、スピネによって引っ張られるままに奴の方へと引き寄せられる。
「けどな! それだけで諦める訳ないだろ!」
スピネに引き寄せられるままに……いや、靴裏からのジェット噴射で更に加速しつつ右拳を力強く握りしめる。
「早い!? 早く糸を――」
「もう遅い!」
握り拳を作った右腕を、靴裏と肘から噴射されるジェットの勢いに乗せ、スピネの腹部目掛けて振りぬいた。
「ぐえっ……」
「まだだ!」
その場に崩れ落ちるスピネの肩を左手で掴んで無理やり立たせると、右手を大きく振りかぶる。
「こいつで止めだ」
スピネの腹部……先程殴った場所を目掛けて三度、拳を叩きこむ。
「ガハッ……」
拳の連打を受けたスピネは項垂れ、離してやると同時に力なくその場に崩れ落ちていく。
……危なかった。
何とか、勝つ事ができた。
「さて、どうやったら糸が出る――」
「君、奴を倒したのか」
スピネを拘束する為に、奴が使っていた糸を出そうとその腕に付いている装置を弄り回そうとした時、背後から声を掛けられる。
振り向くとそこには、周囲の人達の避難を終えて戻ってきたのだろう一人の警官……叔父さんがピストルを構えて俺に照準を向けていた。
「……何とかね。後は任せた。今度は逃げないようにしっかり捕まえといてくれ」
……後は警官に任せて大丈夫だな。
「待つんだ!」
向けられたピストルを気にする事無く歩き出した俺を、叔父さんは呼び止める。
「何? 俺も暇じゃないんだけど」
「助けてくれたのは感謝するが、君にも事情を聴かないといけない。……私と一緒に来てもらおうか」
……やっぱりそうくるよな。
それじゃあ、こういう時に使ういつもの手段だ。
「すいません、耳が遠くてよく聞こえませんでした! じゃあな!」
炎の壁を噴き上がらせて叔父さんの目くらましをすると、バイクを取り出して即座に発進の準備を済ませて跨り、エンジンを回す。
「ま、待て!」
叔父さん……というか、警察の事情もわかる。
傍から見れば、俺も事情聴取されてしかるべき不審者。
警察からすれば今は自分達に味方しているが、いつ悪事を働くかもわからない以上は拘束や身元の確認もするべきと考えているのだろう。
だけど、はいそうですかと付いていって捕まる訳にもいかない。
そんなことを考えながら、バイクを加速させてこの場を後にした。
 




