2話-2
街中から離れた郊外にある廃屋の地下。
一見人が棲めるような環境には見えないがこの廃屋には隠された地下室は存在し、とりあえず生活はできるようになっている。
……とはいえ設備は少なくカーテンで仕切られた簡素なベッドが二つに、水場が一つ。
一応電気とガスは通っている六帖程度の、二人で過ごすには小さな部屋だ。
別室にトイレとバスルームが備え付けられているこの場所が、俺達のアジトだ。
「おい池羽! こいつはどういうことだ!」
そして俺はヒーロー野郎と一戦を交えてアジトへと帰り着いた直後、池羽によって襲われ碌に抵抗も出来ずにロープで簀巻きにされていた。
「煩いぞ、お喋り馬鹿。少しくらい黙る事はできないのか?」
……池羽の野郎、あのヴァッサとかいう奴に助けられてから露骨に俺への態度が悪くなってやがる。
「生憎だけど、口煩いのは性分なんでね。それよりも、何で俺が拘束されてるんだよ」
「ボスの命令だからな」
ボス?
ひょっとして、ヴァッサの事をそう呼んでいるのか?
「お前、あんな怪しい奴の事をボスって呼ぶのか。随分と飼いならされた――」
『言いたいことがあるのなら、直接言ったらどうですか?』
噂をすれば影が差すってやつか。
……聞きなれてきた機械音声がした方向へと身を捩る。
「なんだ、いたのかよ」
この場には仲間しかいないというのに、装甲服で正体を隠したままのヴァッサが簀巻きにされている俺の事を見下ろしている。
『いたのかとはこちらのセリフです。何故貴方は今、ここにいるのですか?』
「警察が来たからな。あれ以上あそこに留まっていたら面倒な事になりそうだったからさっさと逃げてきた。そんな事より早くこれを解いて――」
そう言った次の瞬間、顔の横を何かが横切ったかと思うと頬を生暖かい感触が伝い、その直後に鋭い痛みが走る。
「い、いきなり何しやがる!」
『……自分の立場が分かっていないようですね。あなた達を襲ったヒーローの勧誘、または抹殺というのが貴方の任務だった筈ですよ。その任務に失敗しておめおめと逃げかえってきて、何故そんな口が叩けるのですか? しかも、私が助けていなければ刑務所に入っていた分際で。……身の程を知りなさい』
ヴァッサはそう言い放つと、再び俺に向けて手を翳す。
……ヘルメットに隠された表情はおろか、声色すらわからないので内心何考えているのかを伺い知る事はできないが、恐らくは大層ご立腹の様だ。
とにかく、再び訪れるであろう痛みに対して備えるように身を竦めて目を瞑る。
……しかし、何時まで経っても痛みを感じることは無い。
『……何をやっているのです? 縄を切っただけですよ?』
「は、始めからそう言ってくれよ。無駄に身構えちまったぜ……」
俺は起き上がると、頬から滴り落ちる血を拭う。
『今度こそあのヒーローを確保してください。……確保が不可能ならば、必ず抹殺するように。次はありません』
そう言うとヴァッサは、アジトの出口へと歩を進める。
「お、おい、どこに行くんだよ」
『私はあなた方の様な暇人と違って忙しいのです。それに、指名手配されている訳でもないので、隠れる必要もありません』
そう言ってアジトから出ていくヴァッサの背中を、俺達は黙って見送る。
……まさかあの恰好のまま、外で活動してたりしないよな?
「……本当に何者なんだよ、アイツ」
「どうでもいいだろ。それよりも、そんな事を考えている暇があるのか? お前にはもう後が無いんだぜ。……どうするつもりだ? 泣いて頼むのなら、俺が手伝ってやってもいいぜ」
池羽は普段の無愛想な表情と違い、ニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべながら俺の事を見ている。
……クソ、イライラしてくる。
「うるせえ。あんなヒーロー気取りの勘違い野郎の相手なんざ、俺一人で充分だ!」
俺は池羽を怒鳴りつけると、奴を背にする形で寝床に横になる。
「どうした? すねたのか?」
「寝る。体力を回復させたら、あのスカしたヒーローを倒すんだよ」
……今は奴との対決に向けて、万全を期すべきだ。
池羽の相手なんざ、している暇はないんだ。




