森の果てを、目指して歩く
森はとても、とても深い。一生かけても歩き通せないくらいに。
私は生まれてからずっと、森で暮らしていた。森を歩いていた。深い森に果てがあるのか、森はどこまで続いているのか。森は一体何なのか?
わからないことだらけで、だからずっと歩いていた。
『どうぞ』
ある時そんな声が聞こえて、一つの果実が目の前にあった。
枝からそっと千切って、私はその果実を口に含む。とても甘い。それに、瑞々しくて、美味しかった。
「おいしい! ありがとう。あなたは誰?」
『どういたしまして』
声は答えず、果実だけを残して消えてしまった。私は一体何だったんだろうと考えながらも、果実を食べ終わるとやがてまた立ち上がって、歩き始めた。
ある時、森はとても冷たい風が吹き抜けていた。森にはたくさんの木が生えているのに、風だけはそれらの隙間を通り抜けていけるようだった。
私は腕を目に当てて、歯を食いしばって歩いた。負けてやるもんかと、樹の陰で体を休めることさえしなかった。そのうちに夜が来て、ますます寒さは厳しくなって。歯の根をがちがちと鳴らしながらも、私は一歩一歩。ゆっくりと前に進み続けた。
やがて風が止む頃には、私は疲れ果てて、もう一歩も歩けなくなっていた。ここで終わりなのだろうかと、果てなんてちっとも見えない森の中で私は呟く。
そして、それに答える声があった。
『これを。どうぞ、あなたはまだ歩けるから』
ふと気付くと、隣に湧き水が湧いていた。私は夢中で口をつけた。澄んだ色の冷たい水が喉に流れ込んで、体の中で力に変わる。私はいつの間にか、また立ち上がっていた。
私は呟く。
「ありがとう。まだ、見ていてくれる?」
『どういたしまして。気をつけて』
そんな声を聴いて、私は森を歩き出した。
木の根が張り出して、歩きづらい場所もあった。獣のうなり声で眠れない日も、転んだ傷がじくじくと痛んで血を流す日もあった。
けれどある日。葉と葉の間に、私は木漏れ日を見つけた。
暖かなそこはとても穏やかで、まるでこの世に嫌なことなんて何一つないかのように思えた。私は森がとても、とてもとても好きだなぁと思った。良いことなんて滅多にない。苦しいことばかりで、この果てしない森が。それでも。
『ここで休みますか?』
「うん、ちょっとだけね。でもまたすぐに行くよ。まだ、終わりじゃないから」
『そうですか。まだ、歩けますか?』
「うん、きっと。ありがとう」
『どういたしまして』
そんな風に、声は言って消えていく。私はそよ風の吹く木漏れ日の下で、少しだけうたた寝をして、それから立ち上がる。
森は広い。どこまでも深い。一生をかけても歩き通せないくらいに。
それでも私は、また歩き出した。
森の果てを、目指して。