変態3
『私の優子にまた会えたのだから』
彼女はその言葉の意味を知ろうと脳を働かせたが。ベッドの側に歩み寄る愛花に思考は停止し、瞬間的に強張り目が泳ぐ。
「黒原さん、その……」
限界を超えた優子は、ついに掛け布団から顔を出す。
「愛花でいいわ。そう呼んで」
すでにベッドに腰を掛け、身を乗り出すような姿勢で、愛花は優子に視線を合わせていた。
身も蓋もなく「お願い、今日は帰って」と言うつもりでいた優子は驚き、言葉を呑んだ。
大人びていて、反応を伺うかのような眼差しと落ち着いた物言いが、彼女の耳の先までを赤くして体を丸めさせる。
自分はすでに親しみを込めて呼び捨てている、だから彼女にも心を開いてほしいと愛花は求める。
「愛花、さん……」
「ダメよ優子。気に入らないわ。さん、はイヤ……せめて」
「…………愛花ちゃん」
「そう、そうよ。いい子ね」
抗えない。戻れなくなる。そう思わせる瞳だった。
しかし戻る必要があるのかを深く考える。
優子が愛花に感じていた特別。それは恐らく……。
「――、っ」
ベッドが軋む。
おもむろに愛花は優子の片腕を掴んだのだ。
しかし壁を背にした優子は臆する素振りをみせない。拒絶がない。
吐息が触れ、艶やかな髪から香る匂いに、次第と互いの頬が赤く染まりだす。
「クラスの皆は知らない」
「――――」
そう言うと、愛花は口元を微かに緩め、笑みを浮かべる。
優子の見開いた瞳には、もはや一人の魔女しか映ってはいなかった。
「……あれは、偶然?」
「もちろん違うわ。昨日、体育の授業の時。優子が私を求めるのだと、それを知ってた」
「……」
「見てた、だから今までずっと見てきたの。必然よ」
愛花のもう片方の腕は、壊れやすいガラス細工を扱うように優子の頬に触れた。
「友達だから?」
「もう、仲良しな友達だけでは終われないわ。気付いているでしょ優子?」
掴んだ腕に力が入る。
小刻みに震えて戸惑いはじめる優子を見て、愛花は手を止め、密着するように近づけた体を自ら離す。
彼女は闇――。
教室を出るあの時、優子が愛花を見て思った印象。
だが、不安を感じる一方で、引けない自分がそこにいた。
本当はすでに答えが出ている。望んだ特別がそこにある。
優子の脳裏には後悔の二文字はない。
しかし、それでも優子には、彼女の闇を受け入れる勇気が持てないでいた。
「優子!」
魔女からの突然の抱擁。
主導権を握られ、強く強く抱きしめられた優子の心には、いとも簡単に闇が加わる。
「あなたが好きよ」
「…………」
耳元で囁くように、愛花は素直に想いを伝えた。
「優子も、私のことが好きなのよ……」
「……うん」
首を縦に振り、刹那的に堕ちた恋に酔いしれた。
その眼に涙を浮かべながら、優子は“特別”に浸る。
普通ならば理解は出来ないのかもしれない。
だが、人によっては道理から外れることを望む者もいる。
「あなたの事ばかりを考えて、あなたの事ばかりを見ていたわ。この家の近くにある公園で、二人で遊んだ事もある。覚えてる?」
「小学生の時だったよね、覚えてるよ愛花ちゃん」
学園に通う前から、二人は知り合い、友達だった。
ただ、出会ってから今までは“友達”でいて、この特別な愛の形を隠して生きてきたのだ。
異性には見向きもせず。恋におちることもなく。
そもそも二人には、それは歪んで見えていたのだろう。
そして今日。二人の愛が成り立った。
「もうダメ。無理だわ」
「? 愛花ちゃん?」
愛花は優子の両肩に手を乗せて再び距離をとり俯いた。
そんな彼女の顔を覗き込む。
「……興奮してるの?」
「えぇ、ごめんなさい。この部屋に入った時から、ずっと狂いそうなの。ドキドキする。優子といるだけで……変よね?」
「ううん、変じゃないよ。私もだから」
実は愛花は優子の前で冷静を装っていたのだ。
顔を上げ、見つめ合い。
二人は涙を浮かべながら、微笑み、関係を築き、お互いの両手の指を絡ませ、二度と離れないくらいに押し付け合う。
「付き合いましょう優子」
「はい……。よろしくお願いします」
二人は恋をする。
それは危険な恋のはじまり。
――そして。
「…………」
二人はキスを交わした。
「完了よ。このキスは誓約。優子と私との」
「うん。ずっと一緒にいようね」
“証明するため”。
物語は始まる。
これは二人の物語。
二人だけの物語。